日常の崩壊
なんと、僕の住んでいた部屋は、使用人専用だということが判明した。僕は別に不自由もなく、それでよかったのだが、ディスアキアの計らいで彼女の部屋から程近い1室へと移ることになった。
舞踏会の夜以降、朝から晩まで彼女と過ごす時間が増え、親しくなっていった。女の子らしい面も発見できたりと、ドキドキする場面に出くわすことが多くなった。
今まで僕は、ディスアキアに対していくらか偏見があったのかもしれない。この世界に来て間もない僕でもそうなのだから、他の人はもっとだろう。悪魔の花嫁なんていうのは、やはり彼女を避けたいがための、ただの言い訳に過ぎないと思う。
城下町のいつもの定食屋でディスアキアとご飯を食べに行った時のことだ。
この店を切り盛りする、厳つい顔の店主が言う。
「皇女殿下自らこの様な平民の食事処に……粗末なもので恐縮でございます」
「いいって、そんなの。それより、エールもう1杯お願いね」
「畏まりました」
いつもとのギャップがすごい。
それにディスアキアの態度は全くもって皇女らしくはないが、平民の生活を知っている良い指導者になれると思う。
「はい、アーン」
とご飯を出される。
「いや、いいって。1人で食べられるし」
「えー、こういうの、1回してみたかったんだけどな」
「僕は嫌だ。恥ずかしいし、それこそ効率が悪いじゃないか」
違うのだ。効率云々ではなく、適当な理由をつけられればそれでいい。
「お待たせいたしました。特製エールです」
僕たちは昼からビールを頼んでいるのだった。神聖帝国は他の国よりもビールが美味しいらしい。
「はい、ありがとう」
「いやぁ、兄ちゃんがまさか勇者だったとはな! あのお嬢ちゃんみたいな兄ちゃんは今日は一緒じゃないのか?」
と言った途端、店にローランが入ってきた。
「おーい、ファウスト〜!」
「あのお嬢ちゃんが来たよ」
「あいよ、じゃあエール1杯追加だな!」
「これは皇女殿下、近衛団所属のローランです」
「いいよ、いいよ、堅苦しい」
「では失礼致します。ファウスト、久しぶりだね! 最近は元気にしてた?」
「久しぶり、!」
事件翌日からローランは遠征に出ていたので結局あれ以来会えていなかったのだ。
「本当に心配したんだから、もう。でも大丈夫そうで、なにより、だよ……」
ローランは俺とディスアキアの様子を見て何かを察したのか、黙り込む。
「ファウスト、最近僕と会ってくれないと思ったら……ずっと皇女殿下とご一緒だったんだね」
声が、何か、感情を含んでいる気がする。
え、まさか、怒ってる……? まさかな。少し寂しいだけ、かな?
そのまま彼は僕の隣に座り、2人に挟まれる形になった。
「い、いや、だって遠征でしばらく出ていただろ……?」
「そんなことないよ。4日前に帰ってきたもん」
「はい、アーン」
「いや、いいって」
「えぇ〜」
「ファウスト……もうそんなことまで……!」
「いや、これは誤解だ!」
「ファウストはもうボクのモノだよ、ローラン君」
「そ、そうなのですね。それは致し方ありません……」
「ボクとファウストの相性はすごくいいからね。この間のメドゥーサなんか目じゃなかった」
「それはディスアキアの圧倒的強さのおかげだって」
「メドゥーサって、石化した村の調査に行った騎士団の遠征隊を全滅させたっていう、あの魔王のモンスターのこと?」
「そうそう。僕も危うく目を見そうになったけど、ディスアキアに助けられてさ。それにちょうど携帯魔法鏡を持ってたから――」
「それをファウストが投げて貸してくれて、ボクがメドゥーサに魔法鏡を見せてやったってわけ。あんなに楽しい戦いは久しぶりだったよ。さすがは悪魔の花嫁のフィアンセだ」
「フィ、フィアンセ……? そ、そうなんだ……」
「ボクと毎日修行してるし、部屋も近いからギリギリまで一緒にいられるしね」
「いや、ディスアキア、鬼だよ、本当」
修行と遠征が続いて、僕は一気にLv.18まで成長した。仰る通り、ほとんど彼女のおかげだが。教師期待効果もあるのかもしれないな。
「魔女1人から助けられなかったキミとは、こうはいかないだろうなぁ」
意地悪するような顔でディスアキアが脅迫めいた物言いをする。
小さな肩を竦めてローランは困っている。
怖い。ディスアキアが怖い。まさかその件でローランに怒っているのか……?
こんな感じで、勘違いしかねない好意に、僕はしどろもどろになった。
それに、彼女といる時は他の騎士達もあからさまな嫌がらせはしてこなくなった。なんと言うんだったか――、そう、虎の威を借る狐とはこのことだろう。
それにディスアキアは魔女に対しても他の騎士とは違い、あらゆる面で優遇していることに気がついた。彼女の母が魔女だったからだろうか、その辺の話題にはまだ踏み込む勇気はない。
相変わらずこの世界での生活が短調で、そこまで好きにはなれなかったが、そんなこんなで以前より少し、スパイスが効いたような新鮮味があった。
いや、実を言えば、楽しくなってきたのだった。
だが、それも長くは続かなかった。
モンスター討伐から帰還する道中、サヴォナローラにそっと耳打ちされた。
「勇者どの、かなり厄介なことになりました」
「どうしたんですか?」
「勇者どのの3人の魔女なのですが、実験の被検体に使われることに決定しました。すぐに実行される予定です」
嫌な予感がする。
「それって、どんな実験ですか?」
「魔女の核を取り出して、いろいろ新しい魔法道具の生産に使用されるそうです」
おいおい……
急に目眩がした。
上手く波に乗り出したとたん、横槍が入ってきた。
「サヴォナローラさんの力で、中止や、その……」
他の魔女で代替できないか、だって?
こんなことは、問題の根本的解決にはなっていない。
「申し訳ありませんが、私の一存ではどうも不可能です」
「そうですか……」
「どう致しますか、勇者どの?」
と、僕を試すような視線を向けてくる。
身近な魔女から助けていきたいと、そう宣言した僕を試しているのだろう。
もう、答えは出ている。
ここで引くと、一貫性のないやつだと、やはり芯のない勇者だったと、数少ない味方にまで見限られてしまう。それに何より、何もしないのは、僕が嫌だ。
「もちろん、助けるつもりです」明言した。
「どうするかは、まだ未定ですが」と付け加えるが。
「さすがは勇者どのです。そう仰る(おっしゃる)だろうと思い、策を考えておいたのですが、どうでしょう?」
さすが高名な神学者だけあって、早くから対策を思案してくれていた。
「ぜひ聞かせていただきたいです」
「これはどうか、内密にお願いします。知っている者が少ないほど成功率が上がりますから」
「わかりました」
どんな策なのだろう。
身を乗り出して聞く。
「こちらをどうぞ、魔女に身に付けさせてください」
と、魔法石のついたブレスレット3つを手渡された。
「これは?」
「これは魔封じの鎖の効力を弱める効果があって、明日の討伐で外に出た際、これで魔女を逃します」
なるほど、それでとりあえずは逃して実験実行までの時間を稼げるということか。
「わかりました、では明日出発する前に付けさせておきます」
それと、とサヴォナローラは続ける。
「このことは皇女殿下にも秘密にして頂きます。この件で皇女殿下が同罪で責任を負うことになれば、他の貴族たちの勢力図が変わってしまい、副団長としてのキャリアが終わってしまいます」
それはダメだ。彼女は夢半ばで倒れて良いような人じゃない。
彼女は唯一、この世界に抗い、挑戦する人だ。
「わかりました。ご協力、心から感謝します」
「いえ、これも神のお導きですよ。勇者どのの決意に二言はありませんでしたから、私も応援すると言ったことに責任を持たないといけませんからね」
本心だとしても、あくまで僕に引け目を感じさせないように気遣った言い方をしてくる。とんでもなく善人だ。
聖職者とは、全員がこうなのか?
作戦決行日、どんよりと曇っていて雨が降りそうだ。
追っ手を巻くには丁度いいかもしれない。
魔女たちにブレスレットをそれぞれ手渡し、今日の作戦を伝えた。
「ということだが、君たちを助けたいと思う」
「でも、そんなことをすれば、勇者様が罪に問われるのでは……」
と少しだけ心配してくれる。
アドルフとの事件以降、関係は良好になっていったといえども、僕たちは同族狩りを強要していたのだ。心境は良くないだろう。ネメシアに至っては、さっきから何も言葉を発していない。
「そういうわけで今から奴隷契約を解除する。後で合図するから、その時に逃げるんだ。準備をしておいてほしい」
「「わかりました」」
「それで良いか、ネメシア?」
「え、ええ。わかったわ」
やはり複雑な気持ちなのだろう。
奴隷契約を解除するには、主人が利き手の掌を奴隷の頬に当てて、自分の血を付けないといけないそうだ。
「これで解除、できたみたいだね。バレないといいけど」
移動中、サヴォナローラが目で合図を送ってきた。
何か、大変なことをしようとしている自覚はあったが、彼女たちを守るためだ。
魔女たちに合図を送る。
「今だ!」
魔女たちが一斉に鎖を断ち切り、飛び出す。
「なっ……!」
ディスアキアが不意を突かれた声を出す。
だが、判断を瞬時に下して、抜剣しながら地面を蹴る。
やっぱりだ。
こうなることを僕は予想していた。
僕がディスアキアの行く道を塞ぐ。
「待ってくれ!」
「な……、どうして!」
「近いうちに3人の核が取り出されて実験にされるんだ」
「キミは……、魔女の核を知っているのか?」
彼女は困惑したように眉を動かす。
だが、すぐに声を荒げる。
「まあいい。だが核摘出の話は今のところ出ていなかったはずだ! それに、ボクのものに……奴らに勝手はさせない!」
「話を聞いてくれ、ディスアキア」
「そこを退け!!!」
ディスアキアに押し退けられたが、十分に時間は稼げた。
すでに魔女たちは逃げ切っている。
「勝手な真似を……!」
彼女の髪が逆立っている、ように見える。張り詰めたその気迫に僕は気圧されて何も言えない。
ここまで怒っているディスアキアは初めてだ。
「一旦帰還する」とだけ言い残し、彼女は帝都へ向かって馬車を走らせた。
僕もサヴォナローラも無言で従った。
別の都市にある教会本部へ魔法鏡を使って報告するため、城に着くとサヴォナローラは先に別れた。
ディスアキアが事情を報告すると、すぐに異端審問が始まった。




