第二十五話 鬼龍寺鉄馬の抵抗
「ん……?」
意識を取り戻して最初に感じたのは、地面が揺れているという事だった。
薄目を開けると自分の体が地面より高い位置にあって、両足が地についていない。
浮いている。
浮いたまま動いている。
その奇妙な感覚に慣れなくて身動ぎをすると、耳元で聞き覚えのある男の声がした。
「起きたか、テツマ?」
「……コール?」
「ああ。まったく――子供の声が聞こえたと思ったらお前がモンスターに襲われていたからな……見た時は驚いたぞ」
「こども?」
そんなに俺の声は子供っぽいだろうか。
痛みで鈍った頭がそんな事を考えていると、視界の隅に人影が写る。
その影の方を見ようとして、首が酷く傷んだ。自分では我慢したつもりだったけど、悲鳴が漏れてしまう。
「あまり無茶をするなよ。お前、モンスター四匹に囲まれて嬲り殺される寸前だったんだからな」
「……生きてるって素晴らしい」
「本当にな。子供たちに感謝しろよ」
そこでようやく、オレを背負って移動しているコールに並走している人影が子供の物だということに気付いた。
ああ。
俺がモンスターに襲われた家に隠れていた住民だ。
大人が二人に、子供が一人。夫婦の方は、どこかバツが悪そうな顔をしている。
たぶん、オレを置いて逃げる事を優先しようとしたんだろう。
そして子供たちの方が、オレを助けるためにコールを呼んでくれた……と言ったところか。
痛む首を必死の思いで持ち上げると、心配そうな顔をした五歳くらいの子供が二人、オレを見上げていた。
大丈夫――と笑顔を向けようとしたが、たぶん痛みで引き攣っていたと思う。
でも、そんな表情でも安堵してくれたのか。子供たちの表情が少し柔らかくなったような気がした。
「なんでコールが?」
「この騒動だからな。見て見ぬ振りも気分が悪いし、逃げ遅れた人達を探していた所だ」
「なるほど」
そこでふと、もう一人……いや、一匹か。
俺以外にもあの場所に居たことを思い出す。
「フィオカ……猫の姿をした精霊を見なかったか?」
『お呼びですか?』
その声は、頭上から。
どうやら俺の頭の上に居るらしい――精霊は体重みたいなものが無いから、意識していないとどこに居るのか分からなくなってしまう。
まあ、今は体重が無いことは救いなんだけど。
「思いっきり蹴られたみたいだったけど、無事だったか」
『精霊に肉体はありませんので。怪我をしても、契約者から魔力を補給してこの体を治療できます』
「便利だな、それ」
知らなかった。
――アルフォニカも怪我をした時は俺の魔力を補給していたのだろうか?
ああ、でも。アイツって結構面倒臭がりだったから、怪我をするような場所には近づかなかったか。
そんな事を思い出していると、今度は本当に地面が揺れた。
こちらが知覚する前に周囲の建物がその振動で揺れ、衝撃が強かったところは屋根が崩れて窓ガラスが砕け散る。
「ドラゴン――俺、どれくらい気を失ってた?」
『僅かな時間です。まだ、カルサ様はあのドラゴンを王都の外まで誘導できていません』
「……コール、下ろしてくれ」
そう言って落ちないように首へ回されていた腕でコールの肩を軽く押すと、バランスを崩して移動しづらくなったのか、コールが足を止めた。
「そんな体でまだ何かするつもりなのか!?」
「おっさんが頑張ってる……力を貸さないと」
『その体では足を引っ張るだけだと思いますが』
「俺一人だったらな――けど、お前が居るだろ。力を貸してくれ、フィオカ」
そのままコールの背中から降りようとしたが、俺の足を支えていた両腕に力が込められて降りる事が出来ない。
「コール?」
「今のままじゃまともに動き回れないだろ。私が足になる」
「いや、それだと逃げ遅れている人達が……」
「避難所になっている神殿はすぐそこだ。あとは近くで避難誘導をしている兵士たちに任せるさ」
そう言ったコールの視線を追うと、確かに神殿の屋根が少し離れた場所に見える。
そして、そこを目指して進む避難民たちの姿と、それを誘導する兵士達の姿も。
痛みでそんなところも見えていなかったのかと、自分の視野の狭さにため息を吐く。
「ありがとう。助かったよ――行こう、コール、フィオカ」
俺がそう言うと、二人の子供は心配そうに、けれどしっかりと頷いてくれた。
言葉は無い。
まあ、こんな状況だ。精神的にかなりショックだったのだろう。
問題はモンスターだが……しかし、神殿近辺にその気配は無いように感じた。
「モンスターは?」
『騎士たちが相手をしています……が、無力化の方法が凍らせるか跡形もなく焼き尽くすかしかない現状では、一匹を屠るのにも時間がかかっているのでしょう』
その言葉で、ようやくどうして俺がサル型のモンスターに不意打ちされたのかを理解した。
あれだ。
屋根の上で叩き潰した二匹。
あれが速攻で再生したのだ。凍らせなかったから。
……テッド達と再会した時に倒し方は聞いていたはずなのに。俺の馬鹿。
まあ、落ち込むのは後だ。
「なるだけ早く終わらせてくるからな」
『私達だけでは難しい問題ですが』
「あのデカブツを王都の外へ誘導するくらいはなんとか出来るだろうさ」
後は、テッド達が戻るまでドラゴンの相手をする……移動するだけで地震を起こすような相手と戦い続けるなんて生き残れる想像が出来ないが、それでも何故か“やろう”という気持になっている。
俺が一人じゃないからだろうか?
この気持ちがどこから湧いてくるのか分からない。
でも、忘れたらだめだ。
俺は凡人なんだと。
テッドとアルフォニカ、カルサのおっさんやお姫様みたいに特別なんかじゃない。そして、それは俺の足になってくれると言ったコールも同じ。
「無理はしないように注意だな。この若さで死にたくないし」
「当たり前だ――だが、この状況を見過ごすことも出来ない、か?」
「ああ。コール、オレを運んでくれ。フィオカ……力を貸してくれ」
『もちろんですとも。今は貴方が私の主人なのですから――ご存分に』
その言葉を聞いて、コールが駆けだした。
さっきまでとは全然違う、フィオカの魔力で肉体を強化していた俺よりももしかしたら速いかもしれない。
あっという間に景色が後ろへ流れていき、揺れの強さが震源地に近づいている事を知らせてくる。
それと同時に、走る勢いが強過ぎて前進が痛い。物凄く痛い。
涙が出るどころか、吐き気を覚えるような激痛は我慢なんかできるものではなく、胃液が喉元までせり上がってきて、涙が勝手に零れてくる。
「ちょ、スト……まって」
「テツマ、少し激しく揺れるぞ!」
少しと激しくってどっちだよ!?
という言葉すら吐きだせないまま、コールが跳躍。ただの一跳びで民家の屋根の上まで移動する。
その人間離れした運動能力へ驚くよりも、着地の衝撃で今まで以上に全身が軋んだ。
っていうか、これって絶対に骨折とかしてるよね。
痛すぎて意識を失えないとか、初めての経験である。全く嬉しくないけれど。
『見えてきましたよ、テツマ様』
「……大きいな。あんなのを王都の外へ誘導するって考えただけで、腰が抜けそうだ」
フィオカとコールの言葉で顔を上げると、土煙を纏いながら移動する巨大な影が見えた。
大きい――神殿の前で見た時よりも近付いているからか、その威容と圧迫感はあの時以上。それこそ、コールが言う通りこれからアレと対峙すると考えるだけで気持ちが萎えそうになる。
民家十数軒を丸ごと叩き潰せてしまいそうな胴体と、その胴体と同じくらいの長さがある尻尾。
背に翼は無く、四足歩行。
頭部には髪の毛のような体毛が生えていて、色は赤。顔はどこかトカゲのようにも見えるが、身体が巨大過ぎて同じ爬虫類とはとても思えない。
そして、頭部の体毛を掻き分けて伸びる鋭利な角は二本。
歪んで伸びているからか禍々しさすら感じられ、赤い瞳と相まって『獰猛な獣』を彷彿させる。
その巨大なドラゴンが歩くたびに地面が揺れ、巨体に触れていないのにいくつかの民家が倒壊していく。
「もうちょっと優しく走って……それで、おっさんは?」
『見えませんが、まだ無事のようです。ドラゴンの狙いは自分の力を封じる事が出来る王族と、敵対している精霊の象徴である神殿。その神殿を狙っていないというのであれば、あのドラゴンが追っているのはカルサ様でしょう』
「ぐぉ、ぉ、お、お……」
コールが屋根の上を跳んで移動すると、その衝撃で口から苦悶の声が漏れてしまう。
いやもう、本当に我慢できないのだ。痛すぎて。
……情けない。
「聞いてるのか?」
「聞いてるよっ」
『それだけの元気があれば大丈夫――貴方の魔法でドラゴンの気を逸らし、王都の外へ誘導しましょう。そのための足はコール様が、誘導は私が』
「了解」
「……わかった」
どうやって?
素朴な疑問を口にしそうになったが、それは今更だ。
ここまで来たのなら何とかするしかない。全長数十……いや、百メートルを優に超える巨体に王都の中で暴れられると、どうしようもない。
戦うにしても周囲に被害が出過ぎてしまう。
「コールの方は体力、大丈夫か?」
「なんとか。運びやすくするために、お前の鎧は捨てさせてもらったし」
言われて、俺が胸当てやらの装備を何もつけていないことに気付いた。
着ているのは厚手の服だけだ。
「……俺の装備」
「安心しろ。あのドラゴンを退治したら、報奨金がたんまりだ。それで装備を新調したらいい」
『戦う理由が増えましたね』
「途端にドラゴンが安く思えてきたけどな」
そう言っている間に、ドラゴンの巨体が近づいてくる。
ほんと、近づけば近づくほど距離感が分からなくなる巨大さだ。しかも、近くで見ると全身が魚のような鱗で覆われていて、しかもそれが岩のように太い。
厚くて太い。それが、見ただけで分かる。
あんなのの気をどうやって逸らせばいいのか。
そう考えているうちに、ドラゴンの移動――カルサのおっさんの逃走ルートを先読みしたコールが屋根伝いにドラゴンの進行ルートへ先回り。
同時に、屋根の上からドラゴンを操っているのか、それとも観察しているだけなのか。
数人の赤ローブを着込んだ竜神信仰の信徒が視界に映った。
「アイツらはどうする?」
「問題無いっ」
コールは先回りをする速度を緩めない。
ドラゴンの視界に俺達は映っていなかった。たぶん、カルサのおっさんを追うことに夢中になっている。
知能はそんなに高くないのかもしれない。
それとも単に、得物を追う事に躍起になって頭に血が上っているのか。
そう考えているうちに、赤ローブの一人が屋根から落ちた。
「……あ」
遠く。ふぃろかの力で身体能力を――視力を強化してやっと見えるほど遠くに、人影。
全身を白銀の鎧で固めた、神殿などで見た騎士よりも、一段くらい格が高そうな人物。
手に持っている弓に矢は番えられておらず、代わりにその背後にはうっすらと揺らぐ精霊の姿。
人型だ。表情は見えないが、髪が長い。女性、なのかもしれない。
その人物が弓を構え、弦を引く。すると、光る……魔力の矢が番えられた。
「凄いな、あの距離から狙えるのか!?」
そして魔法っていうのは、あんな使い方も出来るものなのか。
放たれた矢は赤ローブの信徒へ迫り、直前に気付いた信徒が移動――だが、その信徒を追って魔法の矢も曲がり、その胸を貫いた。
弓矢の誘導弾。
しかも、物凄い長距離での。
俺には真似できないし、考えたことも無かった魔法の使い方。あんな使い方もあるのかと、こんな状況なのに見入ってしまった。
『コール様、お知り合いですか?』
「テツマには話したか……彼女が、私が探していた同僚だ」
彼女って、女性なのか。
「あー、会った時に言ってた?」
「竜神信徒の隠れ家に潜入していて、私は彼女が手に入れた情報を他の騎士に伝えるのが仕事だったんだ」
ふうんと気の無い返事をしながら、先ほど見た魔法を頭の中で思い描く。
不思議と、体の痛みは徐々に和らいでいた。
フィオカが『契約者から魔力を補給して体を癒す』と言っていたのと同じように、契約者もまた精霊から魔力を補給して肉体を癒すのか……聞いたことが無いけど。
まあでも、痛みが消えるのは嬉しい限りだ。集中できる。
頭の中に思い描いた魔法の誘導弾。
コールに背負われたまま左手を前に伸ばし、右手を引く。
また、地震のようなドラゴンの歩行。
いくつかの建物が崩れ、残るのは頑丈な造りの物ばかり。
赤ローブの一人が崩落する建物に巻き込まれて姿を消し、また一人が魔法の誘導弾で貫かれる。
高名な騎士なのか、彼女の補助は誰も居ない。
けれどその理由は、すぐに分かった。
カルサのおっさんだ。
王都の道を馬に乗って移動しているおっさんの姿が、一瞬だけ見えた。
そのおっさんを囲む十数人の騎士の姿も。
それが限界なのだろう。
住民を避難させて、どこからか湧いて出てくるモンスターの退治。竜神信徒も倒さないといけない。
おっさんの護衛に回せる数はそう多くなく、そして同時におっさんが王都の外へ回れないように赤ローブの連中が邪魔をしているようだった。
厭らしい。
「そ、そろそろキツくなってきた」
『この二軒先が宿になっています。安宿ですが、馬が繋がれているようです』
「よし、それで逃げよう――」
「コール、動くな」
集中。
視線ははるか先なのか、すぐ目の前なのか分かりづらい巨体に向けたまま。伸ばした左手を弓に見立て、右手は空想の弦を引く。
俺が考えたことも無かった魔法の使い方。
けれど、見た。
覚えた。
ならできる。
何故なら――俺も彼女も、同じ『魔法使い』だから。だったら、彼女に出来て俺に出来ない道理がない。
だから構える。だから引く。そして番える――魔法の矢を。
「やれるのか?」
「やる」
やれる、やれない、じゃない。
やるんだ。
おっさんを助けるために。この国を助けるために。
顔も知らない。名前も知らない。俺の事を誰も知らない人たちのために。
引いた空想の弦を離す。
放たれたのは魔力の矢。特別な力なんか何もない、ただの魔力の塊。
そんなものでドラゴンの見ただけで分厚いと理解できてしまう鱗なんか貫けるはずがない。
だからきっと、あの白銀の騎士も赤ローブの排除に回っているのだろう。おっさんも逃げ回ることしかできないのだろう。
だったら一番柔らかな場所を狙えばいい。
目標は巨大だ。同時に、弱点も巨大。
狙いは、その右目。眼球。
ドラゴンは逃げない。いや、こっちを見向きもしない。魔力の矢を放った俺を完全に無視している。
当然だ。
きっと、アレには天敵がいない。
敗北の煮え湯を飲まされたのは精霊で、その精霊に力を貸した人間を憎んでいるのかもしれない。
それでも、“人間を脅威とは認識していない”のだろう。
それも、弱点の一つだ
魔力の矢はカルサのおっさんを追う無防備なドラゴンの右目へ狙い違わず命中し、その内部で破裂。
矢を誘導させている間、止めて居た呼吸を再開させ――。
『――――――――!!!!!』
声にならない、言葉でもない、激痛の咆哮に耳を押さえた。
ただの咆哮だというのに、鼓膜が破れそうな大音量。
それは俺達だけじゃない。王都に住む全員が、感じたことではないだろうか。
白銀の騎士も、カルサのおっさんたちも、騎士たちが乗る馬も。
そして、味方であるはずの赤ローブの信徒達でさえも、その動きを止める。
「逃げるぞ、コール!」
「あ? ああっ」
ドラゴンが立ち直る前に、建物の屋根から降りる。
フィオカの案内に従って移動し、最短距離で無人の宿屋へ。そこで馬が繋がれている場所まで行くと鞍と手綱を用意し――付け終わると同時に、宿が潰れた。
「きたっ!?」
「コール、アンタは――」
「来い、テツマっ。こっちだっ」
まったくっ。
ドラゴンの狙いは右目を奪った俺だ。
コールは眼中に無いはずなのに、逃げれば助かるのに――まったくっ。
コールが駆る黒い馬に先導されて、俺の栗色の馬が走り出す。
直後に馬小屋も潰れた。
舞い上がる土煙と、宿屋の破片。その隙間から覗く、ドラゴンの爛々と怒りに燃える隻眼。
右目からは赤黒い血が焚きのように零れ、それが地面に落ちて水溜まりを作っていく。
――そこで見た。
ドラゴンの血が盛り上がり、まるで粘土細工のように形を作っているところを。
「モンスターって、ドラゴンの血から生まれているのか!?」
『そんな事よりも前を見てっ』
フィオカの言葉に従うと、すぐ目の前に民家の壁。
ドラゴンの襲撃に混乱している馬は民家の壁に激突しようとする現状でも勢いを弱めず走ろうとしていて、慌てて手綱を右に引く。
その混乱でコールを見失い、仕方なく道なりに馬を走らせる。
「うおっ!?」
『私はともかく、テツマ様の現状では落馬するだけでも大怪我では済まないですから』
「それなんだけど、なんだかだんだん身体の調子が良くなってきた」
『あれだけの大怪我だったのにですか?』
いやだって、最初はコールに背負われていないと動けなかったのに、今は自分で馬に乗ってるし。
そう考えると、なんかすごい回復力だ。自分で自分が怖くなる。
『きっと、アルフォニカ様の魔力が残っていたのでしょうね』
「アルフォニカの?」
『アルフォニカ様は特別ですから』
ふーん、と。
頭に浮かぶのは小言ばっかりで自分を少女だの女の子だのと自称する過度な装飾で身を飾った妙齢の精霊。
……アイツが凄いだの特別だの言われても、やっぱりいまいちピンとこない。
でも。
「うん。悪くない。いい調子だっ」
体の調子はすこぶる良い。今なら、どこまでも逃げる事が出来そうだ。
「何してやがる、テツマ! この馬鹿っ!」
このまま王都の外まで――そう考えていると、民家を挟んだ向こう側の通りを走っているカルサのおっさんが大声で言った。
直後に、俺とカルサのおっさんが通り過ぎた民家が巨大な足で踏み潰される。
「ドラゴンの右目を潰して怒らせた!!」
「バカ、アホ、ボケっ。子供が危ないことをしやがって」
「あんただって子供だろーがっ」
また民家が潰される。
今度は直後に爆発。
片目を失ったことで狙いをつける事が出来ないのか、その爆発は俺から通路二つ分くらい離れた場所にある民家。
「アイツ、今は怒ってる! 俺がこのまま王都の外に連れて行くから――」
「一人で何が出来る!? 死ぬぞ!」
「一人じゃないっ。フィオカとコールが居るっ」
「たった三人じゃねーかっ」
間に建っていた民家の壁が途切れ、オレとおっさんが走っていた通りが合流する。
そのまま俺達も合流するが……おっさんの周りを守っていたはずの騎士たちの姿はなくなっていた。
「他の人達は?」
背後からドラゴンが追ってくる気配。その重圧に神像を締め付けられながら聞くと、おっさんは首を横に振った。
そうか。みんな、カルサのおっさんを守って死んだのか。
「お前も無茶をしないでくれ。もう、人の死は……」
「行こう、カルサのおっさんも。王都の外に」
『来ます』
フィオカの声で背後を見ると、少し離れた場所に移動したドラゴンが大口を開け――その口内が眩しいほどに輝いているのが分かった。
同時に、眩暈がしそうなほどの濃い魔力。それが圧縮される絶望感。
「おっさん、左にっ」
「ちっ。生き残ったほうがこの化け物を外に誘導するぞっ」
狙われたら逃げられないというのは、カルサのおっさんも感じたことだったのだろう。
だから別れた。
どういう理屈かは分からないけど王族と同じドラゴンの力を封じる事が出来るカルサのおっさんか。
それとも、右目を潰した人間か。
狙うのは――こっち。
俺を追って、ドラゴンの口が動く。足を止めて狙いをつけているから距離を稼いでいるはずなのに、それでも熱気で汗が噴き出す。
「フィオカ」
『存分に――』
その言葉に背中を押される。
吐きだされる火炎。ドラゴンの炎。ブレス。
馬上で背後に顔を向けると、それに向かって右手を伸ばす。
想像するのは盾。
堅固で、強靭で、巨大で、分厚い盾。
持てる魔力全部をその盾に注ぎ込み――けれど、耐えたのは数秒。まるで蒸発するように魔力の盾は消え失せ、その衝撃で乗っていた馬が体勢を崩した。
振り落とされ、地面を転がる
「く――」
「手を伸ばせっ!」
迫る炎の延長線上で倒れる俺に、向けられる声。
それは、見失ったはずのコールだった。
真横から飛び出してきた黒毛の馬を駆る彼は俺の方へ手を伸ばし、俺も即座にその手を握る。
馬にまたがっている余裕は無かった。
地面の上を引きずられながらブレスの射程から逃れ、そのまま勢いを緩めず馬を走らせる。
「このまま王都の外にっ」
「分かってるっ」
まだ生きている。
まだ死んでいない。
――早く戻って来い、テッド、アルフォニカ。
そんなに長くは戦えそうにない。




