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第二十三話 鬼龍寺鉄馬と最初の戦場


「なっ――あいつら、オレを置いて行ったのか!?」

「そうなりますね。私はてっきり、カルサ殿にも声を掛けていったものだとばかり……」


 カルサのおっさんに案内されて古い書物などが保管されているという神殿の地下へ進むと、そこから更に進んだ奥でカルサのおっさんの大きな声が反響した。

 人が少なく、地下なので天井が崩れないようにと石壁や石柱で補強された場所だからか、まるで鼓膜を針で刺激されたような大声だ。

 顔を顰めると、そんな俺を見てアロンソさんが苦笑する。


「随分と大きくなったね、ジミー君。健康そうでよかった」

「あ、いえ。久しぶりです、アロンソさん。そちらもお元気……ではなさそうですね」

「ははは。ここ十日ほど、ずっと地下に籠りっぱなしでね」


 以前見た時よりも少し痩せただろうか?

 それに、髪の半分くらいが白髪に変わり、無精ひげも剃られていない。

蝋燭の明かりで照らされた地価という事もあって顔色も悪いように思え、記憶の片隅に残る『貴族の男性』という風貌だった姿とは全然違う現在の姿を見ていると不健康という単語が頭に浮かぶ。

 それにしても、ジミーと呼ばれるのが随分と久しぶりに思えてしまう。

 村を出てまだ一月も経っていないのに――それだけ濃密な時間を過ごしたという事なのだろうか。実感はないけれど。

 それとも……村でも名前を読んでもらえていなかったからか。


「おいおい。挨拶は後にしてくれ――で、アロンソ。テッド達はどこに行ったんだ?」

「王都から東にある廃城だよ。竜神信仰の信徒がそこに集まっているという情報があってね」

「言えよ!?」

「私もそう思ったが――まあ、座ってくれ。お茶でも淹れるよ」


 カルサのおっさんの苛立ちを正面から受けながら、しかしアロンソさんに動揺の色はない。

 むしろ、怒っているとすら言えるおっさんを落ち着けようとする余裕すらあるほどだ。

 言葉通りに、地下だというのに用意されていた紅茶の茶葉とお湯を使ってお茶を用意するその背中を、カルサのおっさんは忌々しげに睨みつけていた。

 その間に、周囲を見回す。

 神殿の地下だというのに明るいのは沢山の蝋燭が焚かれているからだ。

 周囲は石壁と石柱で囲まれ、人間が十人ほどは入れそうな広さがある一室には四つの本棚と、テーブルが二つ。

 テーブルの上には古ぼけた本や書類が乱雑に置かれ、きっとその本一冊一冊にとんでもない値段が付けられているのではないだろうか。

 埃っぽく、せき込んでしまいそうなにおいが充満していた室内に、紅茶の香りが僅かに薫る。

 それだけが原因ではなかったのだろうけど、紅茶の匂いで少しだけカルサのおっさんは落ち着きを取り戻したようだった。

 カリーナ姫と同じ美貌を持っているからか、なんというか起こるととても怖い顔になるんだな、と。

 なんとなくその横顔を眺めていると、視線に気付いたおっさんがこっちを見た。


「なんだよ?」

「いや、怒ったところを初めて見た気がして」

「そうだっけ?」


 多分だけどと呟くと、おっさんは近くにあった椅子を適当に引っ張ってきて、テーブルの傍に座った。

 俺はどうしようかな、と迷っていると手で触っていないのに、勝手に椅子が移動してきた。


「くつろいでくれ、お茶を飲みながら説明するから。フィオカ、お茶請けはどこだったかな?」

『下の引き出しです』

「おお、そうだった、そうだった」

「……って、フィオカも居たのか」


 全然気づかなかった。

 テッドと契約していた猫精霊フィオカは、部屋の隅にある本棚の一番上の段に丸まっていた。

 蝋燭の明かりがあるとはいえ部屋の隅は薄暗くて、そこで丸まっている猫の姿なんて気付けるはずもない。

 カルサのおっさんも驚いたようにフィオカを見て、驚いたことが恥ずかしかったのかコホンと咳払いをしながら胸の前で腕を組んだ。起こっていますというポーズかもしれない。


「テッドと一緒じゃなかったのか?」

『ご主人はアルフォニカ様と一緒ですので――まあ、テツマ殿と同じく寂しくはありますが』

「や、俺は別に寂しくないけど」


 むしろ、小煩い小姑みたいな相棒が居なくなって静かになったと呟くと、気の無い様子でフィオカは体を丸めた。

 ……さすが猫。自由気ままだなあ。


「よく言う。朝は寂しくて、一人で星を眺めていたくせに」

「誤解を招くようなことを――俺は新しく貰った剣がどういうものか見ていただけだよ」

「はいはい」


 本当なんだけどなあ、と。

 椅子に座りながら呟くと、アロンソさんが紅茶をテーブルの上に置いた。カップは四つだ。

 ……そして、紅茶が置かれると本棚の上に居たアロンソが下りてくる。


「……飲めるの?」

『ええ。香り、味――紅茶は良いものです』


 猫なのに、味が分かるんだ。

 そんな事を考えながら、お礼を言って紅茶で舌を湿らせる。


「それで、どうしてテッドはカルサのお――カルサさんを置いて行ったんですか?」

「自分達だけで解決するつもりなのだろう。そして、アルフォニカ様の力があれば、それも可能だと」

「……この神殿もそうですけど、その、アルフォニカはそんなに凄い奴なんですか?」


 昨日も聞いた話だ。

 大精霊の娘で、何百年も前から生きている精霊。昔は神官長アーリシャと契約していた――そして、ドラゴンに対抗する力がある。知っているのはそれくらい。



「アルフォニカ様は、世界に危機が訪れる時に現れると聖書に記されている新たな大精霊となられるお方です」

「……は?」


 いやいやいや。


「大精霊? アイツが?」

「はい――大精霊スラヴァの後継。それが彼女に求められる使命であり立場なのです、ジミー君」


 アロンソさんの言葉が、全く頭に入ってこない。

 何を言っているのだろう、この人は。そんな考えすら浮かんでくる。

 けど、どれだけそう考えても、優雅に紅茶を嗜んでいるアロンソさんの表情は少しも冗談を言っている風ではなくて……どうしようもなくて、逃げるようにカルサのおっさんを見てしまう。

 そのおっさんは、疲れたように肩をすくめた。


「オレを見るなよ。初耳だ」

「昨晩、知りました。アルフォニカ様のお口から」


 それも聞いていない。

 でも――不思議と、大精霊がどうとか、氏名がどうとか、そういうのは頭に入らないのに、アルフォニカがそう言ったんならそうなんだろうな、というのは分かった。

 ずっと一緒だったから?

 アイツの言葉だから信頼できる?

 ……なんか違う。

 でも、うん。そうだ。


「似合わねー……」


 もう冷めてしまった紅茶をテーブルの上に置いて、そう呟いた。


『王都の住民にとっては、貴方の記憶の中にあるアルフォニカ様の姿こそ「似合わない」と言うでしょうが』

「そうですね。名前も無い田舎の村でご尊顔を拝した時は夢かと思いましたが――」

「……あの時はそんな事」

「アルフォニカ様から口止めされていましたから」


 なんだよそれ。


「……なんで?」

「理由は教えてもらえませんでしたし、きっとあの方の口から直接聞くべきでしょう。ただ、私が言えるのは――」


 言葉はそこまでだった。

 まるで地震が起きたように、世界が揺れたからだ。

 天井から埃が降り、カップの中を汚す。


「なんだ!?」


 俺が驚いて声を上げるのと、おっさんが部屋の出口へ向かうのは同時。

 直後に慌ただしい複数の足音が響いてドアを乱暴に開け――現れた兵士を壁とドアの間に身を隠してやり過ごしたおっさんが、体格の良い大人の男を背後から拘束した。


「竜神信仰の信徒か!?」

「伝令です、カルサ様っ! どらご――ドラゴンが現れましたっ!!」

「さっさと教えろっ」


 天井に向けた視線を逸らす事が出来ない。

また、地震。違う。これは、ドラゴンが歩いただけで発生した振動だ。


「テツマ、オレは行く。精霊が居ないお前はここに居ろっ」

「ちょ、おっさ――」


 俺の言葉を待たないまま、カルサのおっさんは伝令の兵士を連れて地下の部屋を出て走り去っていく。

 残ったのは俺とアロンソさん、そして――紅茶を飲むのを止めて、見上げてくる猫精霊のフィオカ。

 二人……一人と一匹の無事を確認してから俺も駆け出そうとすると、名前を呼ばれた。アロンソさんだ。

 そうだった。

 いつ崩れるか分からない地下に、置いていくわけにはいかない。


「アロンソさんは」

「……先日、王都が襲われた時にね。足をやられたんだ。走れない」


 その言葉で、気付く。

 顔色が悪いと感じたのは本当で――この部屋の中が、この人の戦場なのだと。

 古い書物を漁って情報を探す。それが、アロンソさんの戦いなのだ。

 だからその声に逃げるという意思はなく、きっと彼はここで本と一緒に居続ける気なのだろう。


「君もここに居なさい。上に行けば――精霊の加護を失くした君は死ぬ」

「……なんで、そんな事を」


 そりゃあ、アルフォニカは居ないけど。それでも、何か出来ることがあるかもしれない。

 一人でも、助ける事が出来るかもしれない。

 けれどアロンソさんは、それを止めろと言った。穏やかな声で。


「君は死んではいけない。絶対に」

「断ります。俺にも出来ることがあるかもしれない」


 カルサのおっさんを追って駆け出す。やるんだ――もう一度、アルフォニカと会うために。

 だってさ、ここで引き籠って逃げだしたら、あいつはきっと俺に失望する。

 逃げ出すなんて格好悪いじゃないか。

 傍に居なくても、見られていなくても、それでも格好つけたいじゃないか。

 アイツが見ていないところでも必死に頑張って、足掻いて、一人くらい名前も知らない誰かを助けたら……テッドと一緒に居るアイツが、いつも小馬鹿にしていた俺を少しくらい見直してくれるかもしれない。

 動機が不純だろうか?

 まあいいさ。


『お待ちを』


 地下が揺れる。

 天井が崩れそうになる。けど、石柱がその衝撃を支えていた。

 だが、その声に足を止めなかったら落ちてきた小石が頭に当たっていたかもしれない。


「フィオカ」


 視線を下に。そこには、薄暗い地下を悠然と歩く猫の姿。

 歩いているのに、駆けていた俺の後ろにぴったりとくっついている辺り、身体能力も人間より優れているんだと実感させられる。


『身を守る力が必要なはずです』

「……力を貸してくれるのか?」

『貴方に死なれると、ご主人とアルフォニカ様が悲しみますから』


 駆け出すと、猫らしい身軽さでフィオカが俺の肩に乗った。


「アルフォニカが?」

『アロンソ様が言ったでしょう。貴方は死んではいけない。生きるべきだと……アルフォニカ様の為に』


 その言葉と同時に、また、天井が揺れた。

 今度は大きい。

 いや、段々と揺れが大きくなっている。ドラゴンがここに……神殿に近づいてきているのだ。


「どういう意味だ!?」

『考えなさいな――ご主人様』


 あ、と。

 胸の奥……アルフォニカとの契約が切れてから、自覚しないくらいに小さく空いていた穴。

 そこが、埋まった。埋まったと、感じた。


『生き残りましょう』

「ああっ」


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[一言] >本棚の上に居たアロンソが アロンソさんなにやってんの
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