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第二十二話 鬼龍寺鉄馬に出来る事


 剣を握ることに躊躇いは無い。

 自分の身を守るためだし、そこに罪悪感を抱いていたら死ぬのは自分なのだと理解している。

 ただやっぱり、今は、剣が少し怖い。

 剣というか、人を、他人を、人間を殺すことが。

 もう何日か経ったけど、剣を握ると、盗賊を斬った時の事を思い出してしまうから。

 神殿で用意してもらった部屋は高級な装飾品と柔らかなベッド、それに冷たい水が用意されていたけれど、なんとも居心地が悪かった。

 気持ちが安らいで、突かれている身体は休息を欲して眠り――夢を見た。

 人を斬った時の夢を。

 それと、ちょっと言い訳をさせてもらうと――今まで生きてきた十五年……もうすぐ十六年という人生の中で、あんな高級品に囲まれたまま眠るというのは初めての経験なのだ。

 そりゃあもう、尻込みするというか、気が休まらないというか。

 用意してもらったのが一階の部屋でよかったと思う。

 簡単に窓を使って人目に付かないように部屋を抜け出す事が出来たから。

 そうして部屋から抜け出した俺は、なんとなく……まあ、気が向くまま適当に神殿の中庭をぶらついて、目についた丁度良い大きさの岩の上に腰かけていた。

 まだ夜が明けきっていない薄暗闇の世界でも神殿の中庭に植えられた色とりどりの花はうっすらと見えて、それが風に揺らいでいる。

 涼しいというよりも、少し肌寒い。

 そういえば、と。

 用意されていた寝間着も高級品で、薄くて肌触りの良いシルク地のシャツとズボン。こんな薄着で出歩けば、確かに肌寒いのも当然だ。


「…………」


 いつもならここでアルフォニカから小馬鹿にするようなツッコミが入るのだけど、今日はそれが無い。

 理由は簡単で、テッドと契約した彼女は彼と行動を共にしている。まあつまり、今までの俺達がそうだったように、寝食を一緒にしているという事だ。


「うーん」


 まあ、アルフォニカもテッドに慣れているし、そんなに変な間違いは起こらないだろうけど。それでもちょっと心配してしまうのは、子供の頃から一緒に居たアルフォニカが傍に居ないからだろうか。

 それを「馬鹿な事」と考えながら苦笑して、部屋から唯一持ってきた剣を、眼前に掲げた。

 テッドが砕いた俺の剣の代わりにと神殿の神官が用意してくれたのは、元の安物とは全然違うと一目で分かるような名剣だ。

 何故かって?

 まず、装飾が全然違う。柄、柄尻、鍔に刀身にまで細かな意匠が凝らされていて、それは鞘にも及んでいる。

 店で買った時は安物だが丈夫な造りの革製だったが、神殿が用意してくれたのは鞘まで真っ白。精霊を崇める神殿らしく、白は清廉を現す色合いなのだとか。

 その白い鞘が金色の金属で彩られている美しさは、美術にあまり興味がない俺でも初めて見た時は目を奪われてしまったほど。

 こんなに高価な剣を用意してもらってよかったのかと問うと、アルフォニカを連れてきたお礼なのだとか。

 ……俺が連れてきたわけじゃなくて、テッドが声を掛けて、あいつが自分の意志で来たんだけど。


「よお、テツマ。朝が早いな、相変わらず」

「あれ、カルサのおっさん……相変わらず?」

「村にいた時も朝は早かっただろ?」


 そんな事を考えていると、聞き慣れた声。

 考え事をしていたから、それほど驚くようなことは無かったのは幸いか。いや、声を掛けられて驚いてしまったら格好悪いし?

 そうして視線を声がした方へ向けると、俺とは違ってちゃんと厚手の服――黒を基調とした軍服っぽい服装のおっさんがこっちに歩いてきているところだった。


「どうしたんだ、こんなところに?」

「声がしたから見回りだよ。なんだ、一人が寂しくて部屋から飛び出したのか?」

「……違う。柔らかいベッドだとあまり寝れなくて」

「ぷっ。かっこ悪っ」


 そうかなあとつぶやくと、また笑われてしまった。

 まだ薄暗い空に、小さな笑い声が響く。

人が居ないからか、その声はとても大きなもののように聞こえてしまった。


「笑い過ぎだって……」

「悪い悪い。なんだ、アルフォニカが一緒じゃないから、寂しかったのか」

「それも違う」


 別に寂しい――というわけじゃないと思う。

 ただ、今までずっと一緒だったのに、今は一緒じゃない。そのことに慣れていないだけなんだと……そう思う。


「テッドのやつなら、もう起きてるぞ」

「早っ――あいつって、こんなに早起きだったっけ?」

「いんや。今からモンスター退治……あれだ。アルフォニカに慣れるためだろ」

「……ああ」


 精霊を肉体に憑依させる魔法。

 一度見たけど、目で追えないくらいの身体能力を得るあの魔法はテッド専用だ。そして、聞くところによると強力らしいアルフォニカを身体に宿せばどれほどの力になるのか……。

 それが、ドラゴンを倒すための切り札なのだとしても、なんとなく面白くないように感じてしまうのは俺が狭量だからだろうか?

 そうじゃないと思いたいところではあるけど。


「くくく、悩んでる、悩んでる」

「悩んでないって――なにさ、おっさん。今日はやけに絡んでくるね?」

「そりゃあ、そうだとも。こちとら、言いたいことが山ほどある」


 そう言って、カルサのおっさんは俺に近づくと、膝を軽く蹴ってきた。

 座っている岩の端へ寄れという仕草だ。

 黙って移動すると、俺の隣におっさんが腰を下ろす。

 ……昔は同じくらいの慎重だったのに、こうやって並んで座ると随分小さくなったなあ、と。

 こっちは男で、おっさんは女。成長に差が生じてしまうのは当然なのだろうけど、なんだかおっさんを普通の女の子のように感じてしまってちょっとドキリとしてしまった。


「どうした?」

「いや、おっさんが随分縮んだなあ、と」

「……お前がデカくなったんだよ。ったく」


 うん。この口の悪さはカルサのおっさんだ。

 たったそれだけの事なのに、それが確認できただけで気持ちが落ち着いた。


「アルフォニカが愚痴ってたけどさ……お前なあ、もう少し女心ってのを勉強しろよ?」

「いきなりそれ!? なんでさ」

「アホか。世界の為だとかオレとカリーナの為だとか考えて、アルフォニカをテッドに渡したんだろ?」

「渡したって……あいつは物じゃないんだけど」

「お前はそう考えてなくても、あっさりテッドと契約させたらしいじゃねえか。滅茶苦茶機嫌悪かったぞ、アイツ」

「……えぇ」


 それ、俺が悪いの?

 ついついそう考えてしまうと、それが表情に出たのか、俺を見上げていたカルサのおっさんは下を向いてものっ凄く重いため息を吐いた。


「大体だな、魔法使いと精霊っていうのは一心同体だ。替えの利かない、一生の相棒だ……だってのに、古い付き合いがあるとはいえ他人に渡すかよ。普通」

「ぅ……そ、そういうものなの?」

「そういうものなんだ。それに――」

「それに?」


 まだ何かを言おうとしたカルサのおっさんだが、そこで口を噤んでしまう。

 なんだろうか?

 それはとても大切な理由のように感じて次の言葉を待っていると、そんな俺の視線に気付いたおっさんはあからさまに俺から視線を外してしまった。


「とにかく。今度会ったら謝っとけよ」

「わ、分かった……と、ところでさ」

「あん?」

「アルフォニカ……どれくらい怒ってた?」

「知るか。そこまで面倒は見てやらねえよ――」


 なんでさ。

 親切にこうやって教えてくれたのに、なぜか最後は怒られてしまった。

 こう、そこはかとない理不尽さを感じながら、テッドがモンスター討伐から戻ってきたら謝ろうと思う。

 今も起きているんだから、早く謝った方が良いって?

 ……ほら。起こっているなんて聞いたら、余計に顔を合わせづらいじゃないか。そういう時もあるのだ、付き合いが長いと。


「ああ、そうだ。それともう一つ」

「まだ何か、俺ってアルフォニカを怒らせるようなことをしたの?」

「そっちじゃねえ、馬鹿。どんだけ頭の中がアルフォニカばかりなんだよ」

「……そこまでアルフォニカの事ばかり考えてるわけじゃないけど」


 っていうか、アルフォニカの話題を振ってきたのはおっさんなのに……やっぱりなんだか理不尽だ。

 そう考えていると、おっさんがコホンと咳払いをした。


「そういえば昔さ、お前って『前世の記憶』があるとか言ってただろ?」

「あ、うん。そういえば、カルサのおっさんとテッドには話したっけ」


 と言っても、その記憶だって使い道があるのかと言われれば、首を傾げてしまうくらい曖昧なものだ。

 知識として知っていても、それを活用する方法を思いつかないのだ。

 根本的に、鬼龍寺鉄馬という人間は、頭が固いのだと思う。柔軟性が無い。

 前世の記憶、知識があっても、それをこの世界で生かす方法を思いつけない。

 精々が、記憶の中にあってこの世界では知識が少ない『米』の育成方法を周囲に教えた程度――活用できたのは、それくらいだ。


「でも、あんまり役に立たないかもよ?」

「かもな。まあ、一応確認ってやつだ」


 だから、気の無い言葉を返してしまうと、おっさんの方もそんなに気にしていない風に返事をした。

 さっきみたいにオレとアルフォニカの関係を呆れて居た雰囲気は消え、その表情に真剣味が宿る。

 じっと見つめられると、胸が高鳴るのではなく、どこか――嫌な予感とでもいうのか、この先の言葉を聞きたくないな、という気持ちが沸く。

 ……まあ、俺がどう思ったところで、おっさんは聞くつもりなんだろうけど。


「確認?」

「ああ。お前、ドラゴンの弱点とかに心当たりはあるか?」

「アロンソさんが調べているっていう?」

「あっちはどうにも答えに辿り着くまで、時間がかかりそうでな」

「そうなんだ」


 この世界には機械なんて便利な物は無いから、調べるとなると古い書物、文献を片っ端から読み解いていくことになるのだろう。

 たしかに、そのやり方では時間がいくらあっても足らない――が、そう簡単にポンポン便利な魔法が使えるようになるわけじゃなく、いきなり目の前に検索用の機械が現れるわけでもない。

 そして、ドラゴンの弱点を見つけられないことに焦っているのは……なぜかカルサのおっさん。

 けど、おっさんが焦る理由に心当たりはあった。

 昨日、アルフォニカの契約の件で部屋を訪ねてきたテッドとアーリシャさんの会話を思い出す。


「……お前も聞いているんだろ?」

「え、っと。たぶん――ドラゴンの力を弱めると、おっさんとカリーナ姫の寿命が縮むとか」

「あっさり言いやがって」


 怒ったような口調に、こっちが慌ててしまった。

 聞いていたけど、言葉にしない方が良かったのか!?

 いやまあ、寿命が縮むなんて他人に言われたら、確かにイラつく……だろう。うん。

 当事者じゃないから簡単に言葉にできるとか、もっと当事者に気を使えとか。

 そういう風に思う人も少なくないだろうし。


「ご、ごめん」

「ったく。お前のそういう……なんだろうな。思ったことを深く考えずに言葉にするところは、まあ、嫌いじゃない」

「……馬鹿にされてる?」

「褒めているんだよ」


 褒められている気がしないけど――まあ、ちょっと声が優しくなったし、あまり気にしないでおく。


「正直な話、オレとカリーナにはあまり時間がねえ。この前、ドラゴンを抑えた時だって、二人して三日くらい寝込んだらしいしな」

「そ、そうなんだ」


 それは初耳だ。


「それに、昔の事を覚えていないし中身が男の人格だっていう俺はともかく――テッドとイイ仲になってるカリーナが怯えている姿を何度も見るってのも、気分がよくねえしな」


 昼間に見た時は明るかったけど――と考えていると、隣に座っているおっさんから足を蹴られた。


「そういう所が女心に疎いって言ってるんだ」

「考えまで読めるの!?」

「顔に出やすいんだよ、お前は。バカ、アホ、マヌケ」

「……ひ、ひどい」


 そこまで言わなくても、と肩を落としてしまう。

 今までアルフォニカとばかり喋っていて、村の同年代の女子とすらあまり喋った事が無いから……女心なんて言う摩訶不思議で形が無い物へ対する経験知的なものが不足しているのだ――とか考えているとまた足を蹴られた。


「なんだか不服そうな顔をしているな?」

「し、してないです」


 ついつい敬語になりながら、コホンと咳払い。


「えっと、それで。ドラゴンの弱点だっけ?」

「ああ。知ってるなら……っていうか、心当たりがあるなら教えてくれ」

「そうだなあ」


 ドラゴン。

 ドラゴンの弱点ねえ……。


「俺……っていうか、前世の鬼龍寺鉄馬ってその辺りにあまり詳しくないみたいなんだけど」

「使えねえなあ」

「最後まで聞いてよ――でも、神話とかで有名な事なら、いくつか」

「へえ」


 おっさんの声が明るくなった。

 カリーナさんの事を話している時は暗かったから、たったそれだけの事で俺も嬉しくなってしまう。


「一つは、お酒」

「酒?」

「ドラゴンを酔い潰して、首を切ったって伝承があったはず」

「ほお」

「もう一つは逆鱗」

「げき――なに?」

「ドラゴンの顎の下には一枚だけ逆向きの鱗があるんだって。それで、なんだかそこが一番の弱点なんだとか」


 なんでだったかな、と。記憶を掘り起こそうとしたが、どうにも思い出せない。

 たぶん、鬼龍寺鉄馬は『逆鱗』という単語は知っていても、それにどういう意味があるのかまでは調べていなかったのだろう。

 自分の前世ながら、もっと物事を深く考え、理解していたらよかったのにと思ってしまった。自分の事なのに。

 ……強く言えないよな。

 俺――ジミーも同じようなものだし。

 もう少し、俺も物事に必死になれば……アルフォニカだって怒らなかったのかもしれないのだから。


「ぱっと思いつくのはそんなところ――もっと何か思いついたら、また教えるよ」

「ああ、助かる。その逆鱗っていうのと酒の件は、アロンソに聞いてみる」


 カルサのおっさんはそう言うと、岩から立ち上がった。

 そのまま歩き出そうとしたのは、早くアロンソさんと話すためだろうか。

 まだ早朝だけど……たぶん、起きて調べ物をしているんだろうな。ドラゴンと戦うのは息子なんだし。

 まだ挨拶に伺っていないけど、もし部外者でも会えるようなら挨拶に行こう。

 その辺りは後でアーリシャさんに確認してみようと思う。


「ねえ、カルサのおっさん」


 そんな考えを一瞬で頭の隅に追いやり、俺はありき去ろうとしていたおっさんの背中に話しかけた。

 空はもうずいぶんと白んでいて、中庭の花壇で咲く花々の輪郭までよく見えるほど。

 おっさんの顔も――良く見えた。

 たぶん、あまり眠れていないのだろう。目元に隈がある。

 ……カリーナさんが死ぬ事に怯えていると話していたけど、それはきっとカルサのおっさんも同じなんだ。

 当然だ。

 死ぬんだ。

 人生が、そこで終わるのだ。

 ――怖くないはずがないじゃないか。


「どうした?」

「う、ううん。なんでも……」


 俺は、なんてバカなんだろう。

 そんなこと当たり前のはずなのに。当たり前の事にすら気付けなかったなんて。


「おい、テツマ」

「あ、ぅん。なに?」

「……あー、その。なんだ」

「?」


 何故かしどろもどろになるカルサのおっさん。

 それを不思議に思っていると、何度かあー、とか、うーとか呟いた後。


「お前は良い奴だな」

「……また馬鹿にしてる?」

「ははっ――そういうところがだよ。話していると、気持ちが落ち着く」


 やっぱり馬鹿にされているような気がして唇を尖らせると、カルサのおっさんは体を丸めるようにして明るく笑った。


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