第二十話 鬼龍寺鉄馬と古い知人
「凄いな、これ。何人がかりで作ったんだ、こんな建物?」
「お、今回は馬鹿みたいに口を開けて驚かないのな」
「……いつまでも俺が田舎者丸出しなんて思うなよ、おっさん」
「ぷっ。そんなところが、なんだけどな」
「はいはい。仲良く喧嘩していないで中に入ろうよ、カルサさん、テツマ」
そう言ってテッドが進む――その先にあるのは、巨大な白亜の建物。
城と見間違いそうなくらい堅牢で、しかしところどころに見える窓は青や赤、緑や黄色といった色とりどりの窓……ステンドグラスで飾られている。
屋根もどことなく鋭角が目立ち、最も高い場所には十字架ではなく円と、その中央に炎と鳥を模したような紋章。
あれが、精霊信仰の信徒達が崇める大精霊スラヴァの姿なんだとか。……いや、さすがにあれが精霊の姿ってわけじゃないだろうけど。
そのスラヴァという精霊を見た当時の人達は、彼……かどうかは分からないが、最初の大精霊を炎と鳥のようなものと感じたそうだ。
「なあ、アルフォニカ。お前の親父さんって、人型?」
『ええ。浄化の炎を得意とした精霊で、宙に浮いていたから鳥のように思われたんじゃない?』
「へえ。それ、神官さん達に言ったら感激するよ」
『でしょうね』
そういうものなのかな。
まあ、歴史のようなものを詳しく調べる人からしたら、当時の情報というのは涙が出るほど嬉しいのかもしれない。
俺は歴史にはあまり興味がないけど。
そんな事を考えながら、前世の記憶の中にある同じく白亜の建物――ビルと同じくらい大きな神殿の入り口へ。
外見と同じくどこか高級感がある扉は、外壁にあった王都への出入り口とは結構違う。
同じ扉でも、こっちはあまり丈夫そうに見えないというか……この扉も含めて、建物全体が一個の『調度品』に見立てられているように感じた。
所々にボロが目立つが、それも調度品の高級感を際立たせる一因。
テッドの後を追いながら少し大きめのヒビを指でなぞると、それが長い年月で作られたものだというのが分かる。
石材の寿命なんて知らないが、数十年か、それとも百年単位なのか。
「この建物って、どれくらい昔に作られたんだ?」
『あら、歴史に興味があるの?』
「いや。他に話題がない」
『……もっと女の子を楽しませる話術を磨きなさいな。甲斐性なし』
酷い。
と。そんな事を話している間にテッドとカルサのおっさんが話を通して、神殿とやらの扉が開かれた。
歴史的な建物らしいし、扉の開閉音も凄いのかと一瞬期待したが、綺麗に油が挿されているのか軋む音一つしない。
「テツマ、それじゃあ私は外れさせてもらうぞ」
「なんだ、コール。一緒に来ないのか?」
「堅苦しい所は苦手だし、私の目的は消えた仲間を探すことだ――しばらくは酒場か冒険者のギルドへ居るから声をかけてくれ」
『そう。ここまでテツマを連れてきてくれてありがと』
「どういたしまして」
そう言うと、腰の剣を優雅にカチャリと鳴らしてこの場から離れていくコール。その後ろ姿を目で追ってしまう。
こう、格好良いなあ、と。
俺も自分の件に触れようとして――そう言えば、モンスターと戦った時にテッドに貸して、そのまま砕かれたのを思い出した。
「そういや俺の剣、テッドに壊されたんだった」
「後で買って返すよ。ちゃんと」
つい思っていた事を呟くと、後ろからテッドの声。
コールと話している間に、神殿の偉い人と話がついたようだ。傍にカルサのおっさんと、見知らぬ赤髪の美少女が増えていた。
初めて会った頃のカルサのおっさんよりちょっと小柄な、子供という年齢。
だが、身に纏っている法衣は上等な黒地の布に金の刺繍で模様が施された、見ただけで高級品と分かる物。
それだけで、その少女がそれなりに高い身分にある人物なのだろうというのが分かった。
「どちら様で?」
「初めまして、テツマ様。わたくしはセルベリド神殿の神官長を任されております、アーリシャでございます」
そう言って優雅に一礼をしたアーリシャを見て、そしてテッドを見る。
いや、高貴な身分なのかなあとは思っていたけど、神官長って……この神殿に務めている神官の中で一番偉い人だろう?
だっていうのに……見た目は十歳にも満たない美少女――いや、幼女と言った方が正しいかもしれない。
「テツマが何を考えているか、わかるよ、うん。僕も最初は驚いたもん」
「ふふ。ご安心ください、テツマ様。わたくし、これでも百年くらいは生きていますから」
「ん? んー……」
失礼だと分かっていても、目を閉じて目頭を指で揉んでしまった。
『テツマ。精霊と強く繋がった魔法使いは、その特性を肉体に受けるものなのよ』
「なんか、そういう事を昔言っていたな」
うん、覚えている。
そして、しばらくしてその言葉の意味を脳みそが理解した。
目を開けると、視線の先には赤髪の幼女が年不相応な落ち着いた笑みを浮かべて俺を見上げていた。
その瞳の色は黄金。
――自然に発生したというには不自然なほど綺麗な黄金色の瞳が、じっと、まるで俺の内面まで見透かしそうなほど真剣に俺の目を覗き込んでいる。
「…………」
言葉が出ない。
出せない。
まるで神像を鷲摑みにされてしまったように、呼吸すら止めてしまう。
「そう緊張なさらないでください」
そんな、息が詰まる時間がどれだけ過ぎただろうか。
その声で我に返ると、大きく息を吸って一歩、その幼女――神官長から離れる。
忘れていた汗が一気に噴き出し、背中に氷でも突っ込まれたように背筋を伸ばす。
「お久しぶりです、アルフォニカ様」
『あら、品定めは終わり?』
「ご冗談を。貴女様が定めた契約者を品定めだなど――わたくしはただ、その方を見つめただけですわ」
いや、見つめただけっていうには、こっちは寿命が縮みそうだったんだけど。
……そんな軽口すら言葉にならない。
いつの間にか隣に並んでいたテッドから、肩を叩かれた。
「僕も同じ気分だったよ」
「あっそ」
どうやら、テッドも同じ感覚を味わったらしい。
小声で話す俺達を見ていたカルサのおっさんが「男二人が情けねえ」と溜息を吐いた。
「おい、コールは?」
「酒場か冒険者のギルドだって。仲間を探しに行くって」
「ふうん。なんだかあっさりした別れだな」
いや、そう言われても。
「しばらくは酒場かギルドに居るだろうって言ってたから、気になるなら会いに行ったら?」
「ま、ドラゴンの問題が片付いて時間が出来たらな」
なんだろ?
おっさんとコールって接点が無いような気がしたけど、もしかしたら何かオレが知らないところで話したりしていたのかな?
そんな感情が顔に出たのか、カルサのおっさんは俺の顔を見てからからと明るく笑った。
「別に、なにもねえよ。分かれるなら、せめて挨拶くらいしときたいだろ?」
「あ、そっちね」
「なんだ、お前。オレの事が気になったりしたのか?」
なにさ、その厭らしい顔は。
カルサのおっさんはその綺麗な口元を下品に歪めて、俺を見た。……なんて美少女が台無しになる笑顔だ。
勿体無いとすら思えてしまう。
「まさか」
「ちぇ、面白味の無い奴」
「おっさんに面白味が無いって言われてもなあ……あ、話しは終わった?」
『ええ。よかったわね、テツマ。アーリシャが気に入ってくれたみたいよ?』
何が良かったんだろう?
俺としては、なんだかよく分からないけど物騒な子に感じるんだけど。さっき向けられた視線とか。
まだ冷や汗で背中が気持ち悪いもん。
そう思っていると、こちらに向かってくるアルフォニカの後ろにいるアーリシャさんがオレの方を見た。
「ぉう」
「あらあら。そんなに怯えられると、わたくし、傷付いてしまいますわ」
『女の子を悲しませてどうするのよ、お馬鹿』
いや、絶対傷付いてないから、この人。
っていうか、こういう冗談も口にするんだ……それだけで、なんだかまた寿命が縮みそうな気がした。
こう、落ち着かないというか、まだ何かありそうで恐ろしいというか。
同じように感じたのか、隣のテッドが口元を引きつらせていた。たぶん、オレも同じような顔をしているんだと思う。
「ふふ。可愛いお方。アルフォニカ様のお相手としては、少し気が小さいようにも感じますが」
『あら、アーリシャ。臆病なくらいが人生を長生きできるし、楽しめるのよ?』
なんか意気投合してるな、この二人。
なんだか知り合いみたいだし、付き合いも長いのだろうか?
アーリシャさんの話を信じるなら、百年以上生きているらしいし。幼女さん。
「そうでしたね――」
「アーリシャ様。テオドア様がお戻りになられたと――」
……って、また新しい人が。
大通りの人波に揉まれて、赤髪幼女に威圧されて、こっちは精神的に疲れているというのに、ここにきて新しい人……。
美しい銀色の髪を腰まで伸ばし、神官長の法衣に身を包んだアーリシャさんとは真逆。白いシルクだろうか、綺麗なドレスに身を包んだ女性が神殿のドアから上半身だけを覗かせていた。
その顔には、見覚えがある。
というか、すぐ隣に居る。
「あれ、カルサのおっさん……じゃないよな」
雰囲気というか、なんだろう、何もかもが違う。けれど、カルサのおっさんと同じ顔をした女性はこちらに気付くと、表情を綻ばせた。
「テオドア様っ」
「あ」
「うげ」
名前を呼ばれて、隣のテッドが間の抜けた声を上げた。
今気付きましたという感じの声は、本当に気が緩んでいる声で、それだけアルフォニカとアーリシャさんの会話が自分には関係ないと思い込んでいたからか。
「おかえりなさいませ、テオドア様。ご無事で何よりです」
「ああ、いえ。アルフォニカ様をお迎えに行っただけですから……」
「いいえ、いいえ。カリーナが用意した剣を失われて――さぞ危険な輩と争われたのでしょう?」
「目敏い……」
テッドがぼそりと呟くと、離れた場所に居たカリーナという女性がその胸に飛び込んだ。
いや、ほんと。
二人っきりじゃなくて俺やカルサのおっさん、アルフォニカ達の視線があるというのに抱き着いたのだ。
「わお」
「うえ」
驚く俺とは対照的に、カルサのおっさんは気持ち悪そうな声を出す。
見ると、視線を外していた。
「分かるか、テツマ。同じ顔をしたやつが、オレの目の前で男に抱き着く気持ちが」
「分からんが……まあ、あれだ。うん。頑張れ」
何を頑張れというのか俺も分かっていないが、とりあえずそう言っておく。
それを聞いたカルサのおっさんは……思いっきりため息を吐いた。
『あらあら、お熱いこと。お姉さんもドキドキしちゃう』
「お姉さんという御年ですか――カリーナ様、流石に白昼堂々、人前での抱擁は婚姻前の女性としてどうかと思いますが」
「あら、あらあら。テオドア様が無事に戻られた嬉しさのあまり、つい。失礼をいたしました、アリーシャ様」
あ、そこで我に返るのね。
……王都に来たばかりだっていうのに、すげえインパクトのある二人に出会ってしまって、すでに精神的には限界である。
ちょっと座って休みたい。
「えっと、それでこちらは? カルサお姉様」
「やっと気付いたか……」
お姉さま!?
しかも、おっさんは別に訂正もしないし……。
「え、姉妹なの?」
「さあな。八年前からそう呼ばれてるよ――王都を出る前に話しただろ。こいつはテツマ、テッド……テオドアの友人だよ」
「ええ、ええ。お聞きしております。貴方様がテツマ様……わたくしはカリーナ。カリーナ・フォン・セルベリドでございます。以後、お見知りおきを」
「……あ、ああ」
ドレスの裾を摘まんで一礼する仕草は、確かに上品で、気品がある。
名前だけは知っていた、この国のお姫様……というのも、さっきのテッドとのやり取りを見ていても理解できる――そんな高貴さがある女性だ。
カルサのおっさんとは、全然違う。
けれど、顔は瓜二つ。
双子だと言われても納得できるくらい、そっくりだ。
ただ。
「……え、なに。好意がどうのこうのってのは聞いてたけど、付き合ってるの、テッド?」
「まあ」
「付き合ってないです」
小声で話したつもりだったけど、お姫様には聞こえたらしい。
まんざらでもない様子で赤くなった頬を両手で抑え、さっきの気品ある一礼からはかけ離れた雰囲気でくねくねと腰を揺らすお姫様。
……気品も何も、あったもんじゃねえ。
恋は盲目というか、なんというか。少し違うかもしれないけど。
「おう……気を失いそうだ」
なんか、カルサのおっさんが重傷を負っていた。心に。
カリーナ姫と同じ美貌を披露に歪め、眩暈を起こしたように一歩後ずさる。
なんだか危なっかしくて腰を支えると、さっき以上に深い深いため息を吐いた。
「疲れるだろ?」
「まあそうだけど、俺としては羨ましいかな? あんな美人に抱き着かれたら」
「そうかあ……? 後、オレも同じ顔なんだから変な事を言うなよ」
「いや、おっさんはおっさんだし」
流石に、おっさんを恋愛対象というか、素直に美人と思うのは難しいというか。
いや、美人なんだけど。腰を支えているから、カリーナ姫と同じ顔がすぐ目の前にあって……。
……そんな事を言われてちょっと意識してしまったのは秘密だ。
顔に出さないようにして、少し離れる。
「それでは、テツマ様。神殿内を案内させていただきます」
そして、アーリシャさんは物凄くマイペースで、俺達やカリーナ姫の事は全然気にしていないようだった。
……もう、何が何だか。
『テツマ、これくらいで疲れていたら身が持たないわよ?』
「じゃあ俺、多分もう駄目だよ」
『弱音が早い!?』
いや、もうね?
ほんと、色々と疲れたよ。俺は。
まだ精霊信仰の神殿の前に来ただけなのに、ここまで疲れるなんて……。
「都会って怖い」
『ぷっ』
アルフォニカから笑われた――まあ、ただこいつとまたこうやって馬鹿を言い合えるくらいにはいつもの関係に戻れたかと思うと、疲れた甲斐もあるのかなあ……。




