第十八話 鬼龍寺鉄馬は特別に憧れる
「ねえ。その人、どんな人だったの?」
カポカポと、馬の蹄が土を蹴る音に耳を傾けながら呟くと、荷台に座っていたテッドが顔を上げた。
今、俺達は町を出て、買った馬車に乗りながら王都の方へ向かっていた。
本当ならまだまだ王都まで距離があるし、体力的に問題がないから歩いて移動してもよかったのだが――まあ、あれだ。
モンスターを退治した時に犠牲となったテッドの先輩騎士を置いていくことも出来ず、だからと言って遺体を背負ったまま長旅をするというのも気が引けて、モンスター退治の報酬で馬車を買ったのだ。
それなりに頑丈な造りで真新しく、これしかないからと無理矢理買わされたような馬車の値段はモンスター討伐の報酬のほとんどを使ってしまったほど。
それでも、金を出した側のテッドとカルサのおっさんが何を言わなかったから、オレとコールが何かを言うべきではないのだろう。
ただ、それなりの金額がした馬車を買ってまで遺体を家族の元へ届けてやりたいと二人が思うほどの先輩騎士がどいう人なのか、聞いてみたかっただけの質問だ。
手綱を握り直し、御者台の上で背筋を伸ばす。
背中の筋が引っ張られて気持ち良いが、どうにも御者台が固くて尻が痛い。
クッションのようなものでも買って来ればよかったと、さっそく後悔している。
「厳しい人だったよ。騎士としての在り方とか、立ち振る舞いとか、王都では町の人達にどんな態度を取ればいいのか教えてくれたんだ」
「ま、堅物だったな」
「二人で少し、印象に差異があるようだな」
テッドとカルサのおっさんの感想に、コールが律義にツッコミを入れた。
俺はともかく、出会ってまだ一日しか経っていないけど、二人とコールの関係はそれなりに良好だ。
まあ、三人とも人見知りをするような性格でもないし、そんなに気にしなくても問題はないだろうけど。
ちなみに、荷台に座らなくてもいいアルフォニカとフィオカは、荷台に張られた帆の上でのんびり日向ぼっこをしている。
なんとも平和な事だ。
ただ、朝からアルフォニカとはあまり話せていないのが少し気になっている。
たぶん、昨日の事だろう。
アルフォニカと王都へ行くことになって、アイツの口から『王都に行かないといけない』と出てから……ちょっと様子がおかしかった。
大体、「行かないといけない」ってなんだ、と俺も思ったのだ。
その言い方だと、なんだか強制されているみたいじゃないか。
……まあ、それを指摘できるような雰囲気じゃなかったし、言えなかったんだから俺が悪いのかもしれないけど。
だからアルフォニカの事を気にしないように、テッド達に別の話題を振っていた。
「この人とは、ドラゴンと戦った時に知り合ったんだ。一緒に戦って、一緒に生き残れた」
「そっか」
それだけで、テッドがその先輩騎士を尊敬しているという感情が伝わってきた。
どういう人柄なのか、どんな人格者だったのか――俺には分からない。話したことも無いのだから。
でも――テッドが家族に遺体を届けたいというほどの人物だったのだろう。
そしてきっと、騎士団の中で面倒見が良い人だったんだろう。そう思う。
「人間、死ぬときはあっけないものだ」
「……うん」
コールに悪気はなかったとはテッドも感じたのか、反論はない。
カルサのおっさんも――少ししんみりした様子で荷台に座っている。
……話題、間違えたな。
空気が凄く重いんだけど。
「えっと……そういえば、そう。コール、昨日アルフォニカにも言ったけどさ、ドラゴンって実在するらしいんだけど?」
「そうみたいだな」
「そうみたいだな、って……思いっきり信じてた俺を笑ったくせに」
「普通は信じないだろ。突拍子もない――あんな、初めて見る得体のしれない怪物を見た後じゃなければ、私だってドラゴンやモンスターなんて存在は信じないぞ」
そりゃそうだけどさ。
くそー……こう、なんだか納得がいかない。凄く、納得できない。
一言で良いから「ごめんなさい」くらい言ってほしい。
「けどさ。そうすると、竜神信仰の連中が生贄を攫ってるって話、本当にドラゴンを蘇らせるためなのかな?」
「だろうな。モンスターが出現し始めたのも、ドラゴン復活に関係しているかもってのがアロンソの考えだ」
「テッドの親父さんが……」
「今は王都で文献を手当たり次第に調べてるはずさ――もう一度ドラゴンを封印する方法もな」
……ん?
「もう一度封印って、ドラゴンは倒したんじゃないのか?」
「倒したなんて一言も言ってねえだろ。退けたんだよ。魔法陣から上半身だけ出したドラゴンを、魔法陣の向こう側に押し返したんだ」
「……想像するのが難しいけど、なんとなく想像できるな、それ」
あれだ。
レトロゲームのラスボスとの戦闘に、そんな演出があったようななかったような。
こんなところで俺の中にある『前世の記憶』が役に立つとは……役に立っているのか?
まあいいや。
「じゃあ結局、ドラゴンは復活したままなのか?」
「ああ。俺かカリーナ姫が傍に居れば弱体化するし、その状態なら精霊を憑依したテッドでも押し返せる」
「……凄いなテッド。カルサのおっさんが手放しで褒めてるぞ」
「はは」
「ふん」
まあ、正確には褒めているというのとは少し違うんだろうけど。
テッドが嬉しそうに笑うと、カルサのおっさんは照れ臭そうに鼻を鳴らした。
その様子は、男勝りな女の子といった雰囲気そのもので、昔とはちょっと変わったな、と。改めて思う。
視界の先を、瑞々しい草原が過ぎていく。王都はまだまだ遠く、馬車でもまだ五日はかかる行程だ。
話を聞く限り、こんなにのんびりしていていい状況でもないように思えるが、テッド達に焦った様子はない。
「なあ、ドラゴンって危険なんだろう? 騎士団としては、放っておいていいのか?」
「いいわけじゃないけど、倒し方も分からないし……今は騎士団全員で竜神信仰の信者達を調べまわってるところなんだ」
そういえば、アロンソさんがドラゴンの封印を調べているって言ってたな。
封印の仕方を調べて、信者からドラゴンの居場所を聞いて、そして封印するという流れなのかな?
「ふうん……王都の方は精霊信仰は盛んだって聞いていたけど、それだと竜神信仰の信者は居場所が無いんじゃないのか?」
「それがなー……連中、地下に祭壇を作ってたり、精霊信仰の信者を装っていたりして、結構な数が王都に住んでいるらしいんだよ」
「モンスターが出現する前までは、王都の大通りで普通に布教活動をしていたしね」
「……自由だなあ」
まあ、聞けば昔から過激すぎる思想を持っている危険人物は牢屋に入れていたらしいけど。
最近は街頭で布教する信者がめっきり減ったそうだ。
まあ、ドラゴンやらモンスターやらが出現し始めた原因だし、王都の連中からも後ろ指をさされるだろうしなあ。
それで今は、騎士団総出で信者探しをしているんだとか。
そして、テッド達はアルフォニカを探しに田舎に来た……と。
どうしてそこでアルフォニカが関わってくるのか、アルフォニカ本人が口を開かないので分からないが――それも王都へ着けば分かるだろう。
……そして、その辺りの理由をアルフォニカ本人から説明してもらう。
…………してくれるといいなあ。まだあと数日の猶予はあるが、今から少し不安である。
「コールは王都に着いたらどうする? 俺とアルフォニカは多分、テッド達と一緒に行動すると思うけど」
「そうだな……私は待ち合わせの場所に現れなかった知人を探すことになると思う」
「そっか」
そういえば、そんな事を話していたな。
知人と待ち合わせていて、水が無くなって倒れたとか何とか。今思えば、倒れているところをモンスターに襲われなくてよかったな、と思う。
村を出たばかりの俺にも言えた事だけど。
村を出て半日でモンスターに襲われて死んだ、なんて笑い話にもなりはしない。
まあ、夜盗には襲われたけど。そういう意味では、俺達は運が良かったのかもしれない。
「ドラゴンにモンスター、ねえ」
話を聞いて、実物を見ても、なんとも信じ難い話だ。どうにも現実味がない。
まあ、普通の人には見えない精霊という存在も居るんだし、そんなに変な話でもないんだろうけど。
「なあ、フィオカ」
『どうなさいました、テツマ様?』
「テッドの学園生活って、やっぱり周りに女の子がいっぱい居たのか」
「……なんで今の話題から一気にそっちへ行ったの、テツマ?」
いや、気になったから。
「だってお前、おっさんと同じ顔をしたお姫様とも仲が良いんだろ? だったらこう、同い年の女の子たちとも仲が良いのかなあ、と」
「ああ、凄かったぞ」
「カルサさん!?」
ふう、ようやく雰囲気が少し明るくなったような気がする。
やっぱり、旅の間は明るい雰囲気の方が良い。俺が話題を間違えたからだけど、暗い雰囲気だと馬車の中の空気が重苦しくて辛いから。
「確かに、顔は良いものな。身長も高いし、女性受けしそうだ」
「騎士団ではまだそこまで知られていないが、十五で騎士団に入団して、親は魔法学園の教師。しかもカリーナ姫からの覚えもいいとなれば、将来有望だからな」
「女の子からしたら、夢の貴族暮らしにも手が届くかもしれない、と」
「夢かどうかは知らんが、このままいけば確かに貴族くらいにはなれるだろうな。ドラゴン討伐の褒賞に、土地でも貰って」
「だーかーらー。なんでそんな話になるのさー」
冗談で言ったんだけど、カルサのおっさんの口ぶりからすると、割と現実味のある将来のようだ。
えー……テッド、凄いとは思っていたけど、お前貴族とかになるの?
「夢があるなあ……お前が土地を貰って貴族になったら、俺に土地を売ってくれよ。安く」
「テツマまで……僕だけでドラゴンを退けたわけでもないし、倒せるとも思えないんだけど……」
そう言って、テッドが肩を落として項垂れた。
その様子を見て、俺達は笑う。明るく。
……荷台の隅で清潔な布に包まれている先輩騎士も、この明るい雰囲気を感じれば笑って成仏してくれるだろうか?
してくれるといいな。
『ですが、現状でドラゴンの討伐を果たせるのはご主人だけですよ』
「フィオカまでそう言う……僕一人には荷が重すぎるよ」
「そうなの?」
顔を上げると、大柄な猫のような精霊、フィオカが帆の上で欠伸をしていた。
……話題の割に、のんきだなあ。さすが猫。
『王都の魔法使いの中でも、精霊を憑依させるに至った人間はご主人だけですから』
「ああ、あの――俺、動きが速すぎて眼で追うことも出来なかったんだけど。あれってやっぱり凄いんだ」
『文字通り精霊を憑依させる――人間とは違って肉体を持たない我々は、魔力の塊のような存在です。それを器に納める事が出来る人間は……魔法の才能が有りながら魔力を持たないご主人だけでしょう』
テッドが子供の頃から悩んでいたことだ。
精霊を見る事が出来るのに、魔法が使えない。
それは、この時の為――普通の魔法使いでは辿り着けない『精霊をその身に宿す』能力を得るための体質だったのか。
フィオカのその言葉に、テッドは恥ずかしそうに、けれど嬉しそうな顔をしていた。
……魔法使いから生まれた、魔法を使えない子供。
ずっとその事を気にしていたけど、テッドは遂に魔法使い――いや『精霊使い』に至ったのか。
昔、アロンソさんが自分の事を魔法使いではなく精霊の使徒と称していたのを、ふと思い出した。
精霊に支えられて魔法が使える自分たちは、精霊の使徒なのだと、そう言っていたことを。
「それって、俺には使えないのか?」
『普通の魔法使いでは無理です。そうですね……魔法使いは皆、魔力を持っているでしょう?』
「そうらしいな」
自分ではよく分からないけど、魔法を使うためには魔力が必要で、それは使うたびに消費されていく。
そして、体を休めれば体力と一緒で回復する力だ。
『その魔力を貯めておく為の器が体内にあると考えてください』
「ああ」
『私たち精霊が人の器に収まるという事は、その器に宿るという事です』
「つまり、元から魔力が溜まっている器だと精霊は宿れないってことか?」
『その通りです』
なるほど。
なら、魔法使いとして活動する人間は、全員が精霊を憑依させる事が出来ない――俺が知る中ではただ一人、『精霊が見えるのに魔法を使えない』テッドだけの特殊な能力というわけだ。
「凄いな、テッドは」
「……僕もようやく、テツマとはちょっと違うけど、魔法を使えるようになったよ」
「まあ確かに、物凄い身体強化の魔法……なのか?」
はははと笑いながら、心の中でため息。
やっぱり凄いな、テッドは。
俺はそれなりの魔法使いだと思っていたけど、『特別』なテッドと一緒に居ると『普通』の魔法使いでしかないと思い知らされる。
それが悪いとは思わない。
本当に。
ただ――そう、ただ……俺も少しくらい『特別』になりたいなあ、と。一緒に居ると思ってしまうのだ。




