第十七話 鬼龍寺鉄馬の選択
「それで、テッド。お前達ってこの八年、何してたんだ?」
「何って言っても……うーん。別に普通だと思うけど」
「お前の普通ってのも、なあ」
モンスターを討伐したその日の夜、俺達は町で一番大きな宿に集まっていた。テッドとカルサのおっさんが泊っている宿だ。
俺達が借りている部屋とは内装からベッドの柔らかさまで全然違う、一目で『高級』と分かる部屋だ。
なんとなく部屋に用意されている椅子ではなく、ベッドの上に腰を下ろす。
……柔らかすぎて寝づらそうだな、というのが最初に浮かんだ印象だ。
ちなみに、モンスター退治の報酬のほとんどはテッド達の方に渡ってしまった。まあ、最初に依頼を受けたのはあっちだから、それもそうかと思う。
俺がしたことって言えば、モンスターを凍らせただけだし。
七割がテッド達、二割が依頼を受けてきたコールが受け取り、俺には一割だけ。
けれど、それだけだって五十ゴールドもの大金だ。
一年かけて作った米やら不要になった馬車やら売って約二百五十ゴールドだったのだから、冒険者の依頼がどれだけ高額なのか伺える。
それにしても、少し気になるのは凍らせただけのモンスターだ。
あれって時間が経てば溶けるけど、それより先に凍結したモンスターの細胞が再生能力を失うんだそうだ。
以前、王都の方へモンスターが現れた時も、半分はそうやって倒したらしい。
やっぱり、討伐経験があるやつがいると戦いやすい。
「だって、魔法学園に行って勉強して、いきなり現れたモンスターを退治したんだろ?」
そんな事を森で聞いたのを思い出す。
俺がそう言うと、テッドは苦笑いをした。
借りた宿の一室――テッドとカルサのおっさんは当然のように別々の部屋で、俺たちは今、テッドの部屋に集まっている。
なんとなく、昔話に花を咲かせたかったからだ。
コールは特に興味が無いらしく、先に宿で眠っていると言っていた。
「そうだけど……でも、父上は魔法学園の教師だし、目の前に困っている人が居るなら助けたいって思うでしょ、テツマも?」
「まあ、そりゃ……思うかもしれないけど」
思っても、実際に行動できるような人間は少ない。
特に、命の危険が間近に迫っているなら、なおさらだ。
やっぱりテッドは凄いよなあ、と。素直に感心する。
俺がその場に居たら、初めて見たモンスターを相手に戦えるだろうか?
……もしもの話なんてアテにならないだろうから口では何とでも言えるけど、正直、自身が無い。
昼間に見た大きなオオカミの怪物だって腰が抜けそうなくらい怖かったんだ。
コールが居なかったら、アルフォニカが居なかったら、俺一人だったら――逃げる間もなく死んでいたかもしれない。
だから、素直に――。
「お前は相変わらずみたいだな、テッド」
「相変わらずって?」
「魔法が使えないから田舎に逃げてきたって子供の頃に言ってたけど、魔法が使えないからっていじけるより、使えないなりに別の生き方を探そうとしていただろ?」
それが、体術。剣技。
体を鍛えて、しっかりと真っ直ぐに生きていた。
その生き方のまま、成長したんだと思ったのだ。子供の頃のまま、ちゃんと真っ直ぐに。
「そういうところは、素直に凄いと思うよ。うん」
「テツマにそう言われると恥ずかしいなあ」
「……なんでだよ」
いつもならここで俺を茶化すはずのアルフォニカの声は、無い。
あいつは女の子同士とかいうちょっと自分の年齢を考えろとツッコみたくなる理由を言いながらカルサのおっさんと一緒に入浴中である。
……精霊は体が汚れないからお風呂は必要ないしトイレもしないとかなんとか、ずっと昔に聞いたような気もするけど。
っていうか、カルサのおっさんって中身が男なんだけど。アルフォニカ的には大丈夫なんだろうか。
「そういえば、テツマはどうしてたの?」
「俺? 俺は別に……あの頃と変わってないよ。家の手伝いをして、終わったらアルフォニカと二人で魔法の訓練をして、陽が落ちたら家に帰って寝る。そんな生活だったよ」
代り映えのしない、面白味のない田舎生活。
けど、それももう失った。
「親父も母さんも、死んだんだ」
「え」
「母さんは流行り病で。親父は仕事の帰り、夜盗に襲われて」
「……そうなんだ」
「別に、お前が悲しむなよ。……その、なんだ。せっかく再会したんだし、暗い顔は無しにしよう」
だったら最初から両親の事は伏せておけ、と。今更ながら自分に悪態を吐いてしまう。
こう、ぽろっと口から出てしまったのは、テッドにはあまり隠し事をしたくないという気持ちがあったから。
なんというか、悲劇の主人公的な雰囲気を出したいわけじゃないけど、本当に田舎の生活は変わり映えがしなくて……変わった事と言えば、両親が死んだことだけなのだ。俺は。
テッドの話を聞いていると、こいつは有名な子女しか入学できない魔法学園で生活して、王女様と同じ顔をしたカルサのおっさんと同じクラスで、魔法以外の成績は優秀で、んでもって突然現れたモンスターを退治してクラスメートを救ったのだとか。
きっと、聞けば他にも沢山の偉業を成している事だろう。
……聞けば聞くほど、俺とこいつは違うなあ、と思ってしまったのだ。
俺は魔法が使えて前世の記憶があって、精霊を見る事が出来る凡人で。
こいつは精霊は見えるけどなぜか魔法が使えない、不思議な体質のイケメン。
まあ、そんな人間と自分を比べる事が間違っているのか。
「テツマの方がずっと凄いよ」
「なにが?」
「ご両親が亡くなったのに、昔とあまり変わってない――僕なら、きっと凄く落ち込んで家に引きこもるだろうから」
「は――慰めんなよ。ばーか」
お前がそんなタマかよ……けど、テッドからそう言われると、そんなに悪い気がしない。
ちょっとだけ救われた気がして、ゆっくりと息を吐く。
すると、部屋のドアが軽くノックされた。同時に、ドアを通り抜ける格好で猫のような外見をした精霊フィオカが文字通り顔を覗かせた。
『戻りました、ご主人。入室しても?』
「ああ。お帰り、フィオカ。カルサさん達もどうぞ」
テッドが言うとドアが開き、風呂上がりのカルサのおっさんが寝間着姿で部屋に入ってくる。
その後ろには、いつものようにふよふよと空中に浮いているアルフォニカ。こっちはいつも通り、装飾過多のドレス姿である。
まあ、精霊に着替えとか無いんだけど。
『ただいま、テツマ。私が居なくて寂しくなかった?』
「静かで良かったよ。テッドの学園生活の話も聞けたしな」
『まっ、失礼ね。そんなだから、私以外の女の子から距離を置かれるんだからね』
「……うるさいなあ」
そんなこと気にしてないです。
そう言うと、カルサのおっさんが空いている椅子に座りながらクスリと笑った。
綺麗な銀色の髪はまだうっすらと濡れていて、着ている服が昼間に見た騎士服とは違って臼杵という事もあって、中々に目の毒だ。
白い肌も、今はお風呂に入ったことで僅かに色づいている。
無防備な首筋が視界に入り、ため息を吐いて気持ちを落ち着ける。
いやいや。中身はおっさんだから、このおっさん。
「それで、テッドには聞けなかったんだけど――なに、こいつ。王女様と仲良いの?」
「は――テツマ、何言って――」
「ああ。カリーナ姫と仲が良いぞ。凄く」
「って、カルサさん!? 何を……」
「やっぱりか」
帰ってくる時にちょっと話していたけど、やっぱり仲が良いのか。お姫様と。
……羨ましいな。
なんだかもう、本当。物語の主人公、って感じの人生を進んでるな、テッド。
「最初はオレ繋がりで知り合ってな」
『ああ。一緒の顔だから』
「……その言い方は色々と傷付くからやめてくれ。オレだってな、少しは気にしてるんだからな、お姫様と同じ顔ってのは」
『あ、そうなんだ』
ああ、そういえば。
「それで結局、どうしてカルサのおっさんってお姫様と同じ顔なんだ?」
「それな――分からん」
「……結局分かってないんだ」
「オレが何者なのかってのも思い出せないし。結局、オレはお前達と別れた時から全然前に進めてないんだよな」
そう言うカルサのおっさんは、少し悲しそうだった。そりゃあ、自分が何者か分からないって言うのは悲しいよなあ。
「でも今は別に、そこまで気にしてないぞ」
そう思っていたら、あっけらかんとそう言った。
その表情は明るくて、さっき一瞬だけ見せた悲しさは微塵も見当たらない。
元が美少女だから、なんとも明るい顔が似合うというか……。
「お前はもう少し人を疑えよ。まあ、オレみたいな美少女が泣きそうな顔をしたら、どんな男でコロっと騙されてくれるだろうけどな」
『テツマ……ほんとう、アンタって子は』
「なんで俺の周りって、人を騙すような連中ばっかりなの?」
泣きたくなるんだけど?
悲しいとかじゃなくて、空しくて。これじゃあ俺、人間不信になるぞ。本当に。
と、周囲の人間関係に悩んでいると、カルサのおっさんがパジャマ姿のまま椅子の背もたれに体を預け、大きな声で笑った。
テッドも、我慢できなかったみたいでクスクスと肩を震わせている。
「そう拗ねるなよ。男が拗ねても気持ち悪いだけだぞ?」
「うっさいなあ……ったく。ちょっとでも心配して損した」
「かかか。人を心配するなんて十年早ぇよ」
まっ、確かにこっちは田舎から出てきたばかりの新人冒険者。
十年くらいは確かに早い……のかなあ?
「そうそう。テツマ、お前ってあのコールってのと一緒なら、冒険者として食っていくつもりなのか?」
「ん? たぶんそうすると思うけど……なんで?」
「いや。だったら一緒に王都の方へ来ないか?」
「あ、それ。僕が言おうと思ってたのに」
「早く言わねえからだろ……」
と、俺の意志は置いといて、二人で言い争いが始まる。
八年前より随分と仲の良い雰囲気に、離れていた年月の長さを感じ……。
『なあに? 仲が良い二人を見て拗ねてるの?』
「違う」
相変わらず頭の中がお花畑なアルフォニカの言葉を否定。
ただ、拗ねているというより……。
「なに、お前ら付き合ってんの?」
「どこをどう見たらそうなるんだ。節穴か、お前の目は」
「テツマ、疲れてるの?」
いやだってさ。
喧嘩するほど仲が良いという言葉があるように、二人の言い争いは親しげで、悲しいかな俺じゃカルサのおっさんと仲良く言い争いなんかできないし。
まあ、さすがに付き合っている云々は冗談だけど。
「そんな事より、どうして俺を王都に誘うんだ?」
『私に王都へ来てほしいからよ』
「……そういえば、アルフォニカと会うためにこっちに来たんだっけ」
その事を思い出してテッド達の方を見ると、今度は神妙な顔をしていた。
どうやら真面目な話らしい。
「テツマ。お前、竜神信仰って宗教は知ってるな?」
「ん? ああ。精霊信仰に馴染めなかった人たちが作ったってやつだろ?」
そう言ってアルフォニカの方を見ると、こっちはなんだかバツの悪い顔をしていた。
そして、いつの間にかテッドの肩の上へ移動していたフィオカがコホンと咳払い。
『お話しておかなければならない事は二つです、テツマ様』
「……初めて様付けなんてされたけど、くすぐったいな。なんだか」
「茶化すな、真面目な話だ」
いや、真面目な話って……。
「だって、竜神信仰って言うのは居もしないドラゴンを信仰してるんだろ? もうだまされないぞ、この野郎」
「……思いっきり勘違いしてるみたいだけど、ドラゴンは存在してるよ、テツマ」
「いーや、嘘だね。何日か前に、それでアルフォニカとコールから滅茶苦茶馬鹿にされたんだからな。ちくしょう。思い出したらイライラしてきた」
こいつら、俺がこの世界の歴史に疎いからって、凄く笑いやがって。
あれで俺は少し人間不信になったのだ。
……ついさっきも、カルサのおっさんの悲しそうな顔に騙されそうになったけど。
「はあ……テツマ、ドラゴンは本当に居るんだ。ついこの前、王都に現れた」
「――――はっはっは……嘘だよな?」
「本当なんだって、テツマ。魔法学園に現れたモンスターはカリーナ姫を竜神信仰の生贄として攫うためで、攫われた彼女の血からドラゴンが召喚されたんだ」
その神妙な口調に、それが冗談なのか本当なのか……いや、テッドが嘘を吐けるはずもないのか。冗談くらいなら口にするけど。
根が真面目なのだ。この男は。
……アルフォニカとかカルサのおっさんとは違うのだ。
「テッドがそこまで言うなら、信じるけどさ……」
「おい」
『私たちの時と反応が違うんだけど』
「うるせえ!? どうして俺が信じないのか、自分の胸に手を当てて考えてみやがれ」
俺の言葉を聞いて、律義に胸へ手を当てる二人。
そんな二人を見て、フィオカが退屈そうに欠伸をした。
『テツマ様、ドラゴンの件は本当です。ご主人はその際に精霊憑依の術を完全に習得し、ドラゴンを退けたのですから』
「……お前、そんなことしたの?」
なに、ドラゴンを退けたって。
俺なんて大きなオオカミに追いかけられただけで死にそうだったのに。
「僕一人の力じゃないよ。カルサさんやフィオカ、それにカリーナ姫が力を貸してくれたから」
「どうにもオレと姫様にはドラゴンを呼び寄せるのと、ドラゴンを封印する力があるらしくてなあ」
「……おっさん、実は凄い重要人物だったりする?」
「本人が、自分は何者か覚えていないんだけどな」
かかかと明るく笑って、すぐにため息を吐くカルサのおっさん。
喜怒哀楽が激しいなあ……ではなく。
「その時の功績でオレとテッドは騎士団に入団したんだよ。させられた、ってのが正しいかもしれんが」
「ドラゴンと戦えた僕達を戦力として加えるために、ね」
「なるほどなあ……」
たった十五歳で騎士になれたのは、そういう理由だったのか。
そこまで話してもらえて、やっと納得できた。
「それで、アルフォニカを探していた理由は?」
「……それがなあ」
そこは歯切れが悪く、テッドとカルサのおっさんはアルフォニカを見た。
『そのお方もまた、ドラゴンと因縁ある立場なのです』
『ちょっとフィオカ、勝手に言わないでよ』
「そうなのか?」
『ぅ……まあ、ちょっとだけ、ね?』
あ、こいつ嘘ついてるな。
長い付き合いだから分かるのだ。なんというか、雰囲気?
嘘を吐いている時のアルフォニカは、俺と目を合わせないからすぐに分かってしまう。
だから、俺はため息を吐いた。
……話してもらえないのは、俺が信頼されていないからだ。そう思って。
「アルフォニカ、お前はどうしたい?」
『え?』
「その、ドラゴンとかどうでもいいんだ。お前が王都に行きたいのか、行きたくないのか。それを教えてほしい」
『……テツマ』
だったら、俺に出来る事は一つだけだ。
「お前がやりたいようにしていいよ。俺は――せっかく田舎を出たんだ。お前がやりたいことを一緒にやるさ。時間は沢山あるんだしな」
『やだ、テツマが格好良いこと言ってる』
「お前なあ……人が真面目な事を言ってるのに」
なんて奴だ、まったく。
そんな俺とアルフォニカのやり取りを見て、テッドとカルサのおっさんが小さな声で笑っていた。
……俺達はきっと、お前らが思っているほど仲良しじゃねえよ。
何も知らないし。
俺は本当に、アルフォニカの事を何も知らない。
ただ一緒に居て、一緒に居るのが当たり前で……だからこの選択も、アルフォニカと別れたくないからとか、嫌われたくないとか、喧嘩したくないとか――そんな感じなのだ。
自分でどうしたいか決める事が出来なくて、アルフォニカと一緒に居られる道を選んだだけなんだ。




