第十五話 鬼龍寺鉄馬と初めての魔物退治 後編
「――っていうか、テッド。コレ、何なんだ?」
再会から十数分は経っただろうか。
テッド達とコールが軽い自己紹介をしている間も不気味で目を離せなかったソレを指さしながら聞くと、テッドとカルサのおっさんは困ったようにため息を吐いた。
いやいやいや。
ため息を吐きたいのはこっちなんだけど。
先ほどオオカミの形をした怪物を持ち上げて投げたせいで軽い筋肉痛になっている左腕を解すように揉んでいると、俺の隣にカルサのおっさんが並んだ。
この八年で見違えるほど成長した彼女――でいいのだろうか?
聞いたところだと、相変わらず中身は男性なのだそうだが――綺麗になったおっさんに、一瞬だが見惚れてしまう。
長い銀髪は青い大きなリボンを使って首の後ろで括られ、十人なら十人全員が『美人』と形容するだろう容姿。
身長も俺よりちょっと低いだけで同年代の女性と比べると少し高い。
纏っている鎧や厚手のズボンのせいもあって、美しい女性というよりも、凛々しい男装の美女と言った風貌だ。
八年前も美少女だと思っていたけど、この八年で物凄い美女に成長したものだ。
これで中身が男だと知らなければ、一目惚れくらいしていたかもしれない。
「なんだお前、これが何なのか知らないのか?」
「いや、知らないよ。知っていたらさっさと逃げるって」
なにせ『不死身』なのだ。
冗談でも比喩でもなく。
俺から投げ飛ばされて全身を複雑骨折し、内臓すら零し、更にテッドが持っていた鉄の体験で頭を地面に縫い付けられ――たぶん脳を潰している。
――それでも、このオオカミの形をしたバケモノはまだ動いており、しかも傷が徐々に回復している。
頭部を地面に縫い付けていなければ、おそらくもう一度襲い掛かってくるだろう……そんな怪物なんか知るはずもない。
「まあ、半年くらい前から現れだした怪物だからな。田舎の方だと、まだ知られていないのか」
「半年前……」
まあ、確かに。その頃は田舎の村で畑を耕していたから、世界でどういう問題が起きたのかを知らないけど。
まさかこんな不死のバケモノが出現しているだなんて、想像もしていなかった。
人間の敵は人間。
俺達村人は田畑を耕して農作物を売り、その農作物や売り上げを盗賊が狙う。
時折、確かに人間外――オオカミやクマ、イノシシなんかを殺すことはあっても、それは戦いではなく狩りだ。
戦闘じゃない。
先日だって、初めて人を殺した感触をいまだに覚えているくらい――この世界は平和で、死とは縁遠いモノ……だったはずなのだ。
だというのに、今はこんな“死”が無い存在が居るだなんて……と。
「王様がモンスターなんて名前を付けてな。今ではそう呼ばれているよ」
「……モンスター」
知っている単語だ。この世界では初めて聞いたけれど、異世界――前世の記憶では何度も聞いた言葉。
怪物。
人間に倒される、人間の天敵。そんな怪物。
それがモンスター……のはずだ。同じような感じなら。
ただ、ここ最近でいきなり普及し始めた米といい、このモンスターという単語と言い。この国の王族、もしくは近しい貴族に俺みたいな前世の記憶的なものを持った人物でも居るのだろうか。
「その、モンスター? そう言い始めた人って誰か分かる?」
「さあな。それより、テツマ。お前が居てくれて助かったよ」
「なんで?」
『剣で殺せないなら、魔法で封じるしかないからね』
「ご名答。アルフォニカの方が冴えているな、相変わらず」
なんだか小馬鹿にされたような気がしたけど、気にしないでおく。
それでも、八年越しの再会は嬉しいものなのだ。
「封じる?」
「お前、オレと初めて会った時に氷を作り出しただろ? 涼しくするために」
「ああ。よく覚えてるな」
そっちの方に感心しながら、なるほどといまだに地面に剣で地面に縫い付けられているオオカミの怪物――モンスターを見た。
これを凍らせればいいのか。
それなら、持ち上げるより楽そうだ。なにせ、持ち上げるとなるとその負荷の一部を自分の腕で感じることになる。
今までもそれなりに重いものは持ち上げていたし、一部だけなのでそんなに負担はなかった。
けれどこのオオカミの怪物は体感だが百キロを優に超えている。そんなものの一部とはいえ、片腕で支え切れるものじゃない。
それよりも、三メートルは越えている巨体を氷に閉じ込める方が簡単だ。
「こんな感じ?」
無事な右腕を一振り。
太陽の明かりを木々に遮られた薄暗い森の中、ひんやりとした空気が頬を撫でたかと思うと、目の前に白い靄――冷気が生まれる。
それはあっという間に氷という塊となって、それが徐々にモンスターの全身を覆い――次の瞬間には氷塊が出来上がっていた。
中には、頭を剣で潰されたモンスターの姿。
しかしその前身の傷は、完全に癒えている……その事に、改めて恐怖を抱く。
これ、まともに戦って殺す事が出来るのか? こんなバケモノを。
「おお、そうそう。相変わらず魔法は上手だな」
「魔法だけなー」
『まあ、うん。運動神経は人並みよね』
ひどいな、この女性陣。どっちも純粋に女性と言っていいのかは悩むんだけど。
片方は中身がおっさんで、もう片方は精霊で……。
「この調子で後二匹……頼むな」
『後二匹も居るんだ』
「マジか」
こんなのが後二匹?
……勝てる気がしないんだけど。
「初めての仕事がコレって……難易度が高過ぎる」
「すまないな、テツマ。まさかこんな事になるなんて」
俺の呟きが聞こえたのか、テッドと話していたコールが謝ってきた。
いや、いいんだけどさ。
こういう理不尽というか、危険も冒険の醍醐味……と思うには、少々命の危険が高すぎるように思うけど。
「しょうがないさ、コール。こうなるだなんて、誰も予想できないって」
『そうそう。それに、最初でこれだけ危険な目に遭うっていうのも――』
中々出来る経験じゃない――アルフォニカがそう続けるより早く、周囲の草むらが揺れ……それだけじゃなく、少し離れた位置にあった大木が音を立ててへし折れた。
「来たぞ、テッド!」
「うん。それじゃあ、コールさん。打ち合わせ通りに!」
「分かった! テツマ、とどめは頼むぞ!」
そう言うと、あっという間に俺はカルサのおっさんに襟首を掴まれて、大木が折れたのとは逆の方向へ引き摺られた。
いやいやいや!?
女の子の力じゃないだろ、これ!? 両足で踏ん張るより先に足が地面を擦り、まるで人形に用に運ばれてしまう。
その間に、俺達の前にテッドとコールが出た――。
「って。テッド、剣!?」
「あ」
そのテッドの腰には、剣が納められていない空の鞘。そこに納められるべき剣は、今はモンスターと一緒に氷の中である。
俺はおっさんに引きずられながら、腰にある剣を抜いてテッドの方へ投げた。
「安物でスマン」
「剣さえあれば大丈夫――いくよ、フィオカ!」
『はい、テオドア様。ご存分に――』
草むらから先ほどと同じ、黒い体毛に覆われたオオカミに似たモンスターが出現する。
その様子が怒っているように感じるのは、仲間が封印されたからだろうか。
さっきのとは違い、最初からもう余裕が無い。怒りに喉を鳴らし、殺意に染まった瞳を向けてくる。
それが前衛に立った二人に向けられているのだと分かっていても、全身の毛穴がキュウっと締まったように感じた。
だが、その恐怖も一瞬。
次の瞬間、テッドの方に座っていた猫のような精霊のフィオカが、テッドの中へ消えていったのだ。
それは初めて見る光景で、同じ精霊であるアルフォニカにどういう事か聞くために視線を向けると、アルフォニカは感心したように頷いていた。
『あの子、あの若さでもう憑依魔法まで使えるようになったんだ』
「ああ。偶然だったけどな――お陰であいつは、今では立派な騎士様だ」
「なにその、憑依魔法って?」
『フィオカみたいな獣系の精霊が得意とする魔法よ。契約者に憑依して、その肉体強度を跳ね上げるの』
「オレが得意な身体強化の魔法より何倍も強力でな。あれ、正直な話、本気でシャレにならん」
そんなに凄いのか――と思っている間に、モンスターが動いた。
テッドを脅威と判断したのか、その巨体が霞むほどの速さでテッドへ襲い掛かり――けれどその巨体はテッドへ届く直前に、真横へ吹き飛んだ。
俺が魔法で拘束し、投げたのとは違う。
テッドが、俺が貸した鉄の剣で“薙ぎ払った”というのは彼の体勢から何とか気づけたこと。
実際には何も見えず……しかもおそらくたった一撃で、安物とはいえ鉄の剣が根元から砕けていた。
折れたのではない。
鉄が、砕けているのだ。
いったいどれだけの力が働けば鉄が砕けるのか――想像もできない。
「テツマ、凍らせて!」
「あ、ああ――」
テッドの声で我に返り、先ほど彼が吹き飛ばしたモンスターの方を見る。
……カルサのおっさんに引きずられたままだったので、なんとも間抜けな格好だと気付いたのはこの時だ。
気付かないフリをしてゆっくりと立ち上がり、息を一つ吐く。
『格好つけている暇があったら、早くしなさいよ』
「ぅ、うるさいなあ……」
そんな俺とアルフォニカのやり取りを聞いて、傍に居るカルサのおっさんと、驚異的な力でモンスターを吹き飛ばしたテッドが小さな声で笑った。
うぅ……。
「っていうか、俺って居る必要ある? テッドが全部吹き飛ばしてしまえばいいじゃん」
「そうもいかないよ。確かにこうやって吹き飛ばせるけど、しばらくすると回復しちゃうし……この状態ってあんまり長く使えないんだ」
まあ、それなりに鍛えている俺が目で追えないような動きを、俺以上に鍛えているとはいえ十五歳の男子がそうポンポンと使えたらそれこそ出鱈目とか卑怯とかズルいとか、そんな感じだ。
「コールさん!」
倒れて再生の途中のモンスターその傍まで移動した時だった。
テッドがそう言うと、そのテッドより俺に近い位置に居たコールが反応。俺の死角から襲い掛かろうとしたオオカミ型のモンスターを牽制するように、間にコールが立つ。
両手で剣を構えて切っ先を向け、しかしその行動に迷いはない。
さっきまで追いかけられていた時とは違う――あの時は俺とコール、まあ後アルフォニカも一緒に居たが、今はそれにテッドとカルサのおっさんまで。
戦力的には十二分。仕留め損ねても仲間が居て、何より、このモンスターが最後の一匹だと分かっているなら多少の無茶も許容できる。
「テツマ、まずはそっちを早く凍らせてくれ」
即座に飛び掛かってきたオオカミの前足、その鋭利な爪を剣で受け流し、コールが俺が居ない方向へ移動して間合いを開ける。
そうしている間にテッドも加勢すると、一気に戦況は傾いた。
カルサのおっさんは俺の傍で護衛するように立ち、二人が最後の一匹を抑えている間に再生の途中だったオオカミを氷で封印する。
……っていうか、なんて傷だ。
たったの一合で、俺が何度も木々や地面に叩き付けた最初のモンスターよりも酷い状態だ。
四本の足のうち三本がへし折れ、流れ出た血が地面に水溜まりを作り、殺意に染まっていた瞳は何の意志も宿していない。
だというのに体は傷を治そうとしていて、おそらく骨が何本も折れているのだろう――再生する筋組織が折れた骨を締め付け、ゴキゴキと内側から音がしている。
……こんな状況なのに、吐きそうになった。
この前、人を殺した時もそうだけど……これはキツイ。
嘔吐感を何とか飲み込みながら、二匹目を氷で封印。
その時ちょうど、最後の一匹をコールから剣を借りたテッドが切り伏せるところだった。
首を裂こうと襲い掛かったところをカウンターで逆に前足日本語とまとめて切断し、返す一撃で首を絶つ。
――それでも血や神経が伸びて繋がろうとする光景は、絶対に夢に見る。とびっきりの悪夢だ。
「テツマ、こっちもお願い」
「あ、ああ」
けれど、そんな光景を見てもテッドの声に変化はない。
少し疲れたのか、息が乱れている程度。
……この八年で一番変わったのは、たぶんテッドだろう。
「大丈夫?」
「あ、ああ。お前、凄い……強くなったな」
「そんな事ないよ。まだまだ――俺なんかよりも強い人は沢山居るし」
それは言外に、もっと強くなりたいと言っているような……そんな声音。
そしてテッドは、俺達から視線を外して遠くを見た。
……森の出口に横たわる、騎士の死体に。
「僕たちを庇ってくれたんだ」
「そうか」
最後の一匹を凍らせる。
これで一安心。氷が解けない限り、再生は始まらない。
「僕がもう少し強かったら、助けられたはずなんだ」
「あのなあ。半年前もそうだけど、お前はなんでも気負い過ぎだって言ってるだろうが、テッド」
『半年前?』
モンスターの回復力にあまり驚いていないアルフォニカは、氷の封印よりもその『半年前』というのが気になったようだ。
いや、俺も気になったけどさ。
コールは本当にこの三匹で最後なのか気になるようで、耳だけこっちに傾けながら少し離れた位置で周囲を警戒している。
「このモンスターが最初に現れたのは大陸の北側でな――で、その直後に王都の真ん中にも表れたんだ」
『あら。それだと、犠牲もたくさん出たんでしょうね』
『はい。魔法学園の教師、生徒――テオドア様のご学友に、沢山出てしまいました』
フィオカの口ぶりだと、王都に現れたっていうモンスターは魔法学園に直接現れたのか。
その話を聞いたテッドの表情は暗い。
そして、そんなテッドの肩をカルサのおっさんが軽く叩いた。
「その時にこいつが憑依魔法に目覚めてな。犠牲も出たが、沢山の人も救われた――が、こいつは満足できていないらしい」
「満足っていうか――僕がもっと強くて、上手く立ち回れたら、もう少し犠牲を減らせたんじゃないかって……今回も。先輩を死なせずに済んだかもしれないし」
「まったく」
口調は面倒くさそうで、けれどカルサのおっさんはテッドを心配しているようだった。
その考え方は、立派なんだろうけど、どれだけ頑張っても“テッド自身が満足できない”考え方で……再開したばかりの俺でも『危うい』と感じたから。
「それより、早く町に戻って休まないか? その……先輩? 倒れている騎士さんも、弔わないといけないし、さ」
「……そうだな。町に戻ろうぜ、テッド。ちゃんと騎士団に報告しないとな」
「うん……そうだね」
テッドは確かに強くなった。成長していた。
そして……ああ、と思う。
こいつは本当に凄いな、と。
俺は、生きているだけでうれしいんだ。死ななくて良かったと安堵の息を吐いている。
正直な話、オオカミの怪物に追いかけられている時。死体を見つけても、あまり気にならなかった。
俺もこんな風に死ぬのか、と思った程度。
でも、テッドは違う。
自分が死ぬとか思うよりも――守れなかったこと、死なせてしまったこと、なによりもっと何か出来ただろうと……生き残れただけで満足していない。
きっとカルサのおっさんが気にしている事はそこだろう。
――自分の無事よりも、他人の事を考えている。
それが“危うい”。
俺は、そう感じた。
折角テッド達と再会できたのに、空気が重い。




