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第十四話 鬼龍寺鉄馬と初めての魔物退治 前編


 じぃじぃと、遠くでなのか、もしくは近くなのか、虫が鳴いている。

 距離感が分からないと感じるようになったのは、町から出てどれくらいの時間が経った頃だろうか。


「なあ、コール。道はこっちで合っているのか?」

「ん? ああ。道なりに進めば坑道への入り口があるそうだ」

「……道なりに進めばいいだけなら、先に行っているはずの騎士も道に迷わないんじゃないか?」


 俺が素朴な疑問を口にすると、コールが立ち止った。

 それに合わせて俺も足を止め、いつものように空中に浮いていたアルフォニカだけが少しだけ前に進んで慌てるようにし引き返してくる。


「そうだな」

「だろう?」


 まあ、だからと言って迎えに行かないというわけじゃない。

 仕事だし。

 コールの方が前金でいくらかの報酬を受け取っているそうで、面倒だからと途中で引き返すわけにもいかない。

 けれど、この依頼がなんだか変だと感じているのは俺だけではないようだ。

 歩いている道は深い森の中で太陽の明かりはあまり強く届いていない。昼間だというのに薄暗い森の道は、しかし何度も馬車が行き来したことでそこだけ雑草が生えなくなっており迷うようなことはない。

 問題と言えば薄暗くてちょっと怖いというのと、やはり……こんな道に迷うはずの無い場所で道に迷ったのだろうという騎士。

 というか……。


「こんなところで道に迷うはずないよなあ」


 コールが困ったように頭を掻いた。

 俺は肩に掛けた傷薬や少量の食糧が入ったずだ袋を抱え直し、アルフォニカは肩を落としてため息を吐く。


『でも、依頼にあった凶暴な獣を退治するために騎士の人が出ているのよね?』

「だとすれば、考えられることは一つだろうな」


 その凶暴な獣に騎士が負けた、という事。たぶん同じことを考えているのだろう、コールの雰囲気がいつの間にか重苦しいものに変わっている。

 先日、夜盗に襲われた時。そして、町を出たばかりの頃とは大違いだ。

 アルフォニカの方も、どこかいつもの軽い雰囲気とは違っていて、それがまた俺の緊張を強めた。


「その凶暴な獣って、オオカミかクマかなにか?」


 もう騎士の人が対峙してしまっていると勝手に思い込んでいたので聞いていなかったことを、今更になって聞いてしまう。

 こういうのが旅慣れていない、冒険のプロではない――なんとなく、自分で自分の事をそう思ってしまう。

 コールの方もどこか落胆していた所があったのだろう。

 気を引き締めるように深呼吸を数回繰り返して、腰に差してある長剣と短剣の具合を確かめるようにその柄を左手の指で撫でた。


「町の人の話だと、巨大な狼らしい」

『巨大ってどれくらい?』

「人によって色々だ。普通の狼より一回り大きいくらいと言う人もいれば、クマのように巨大な狼とも」

『わお』

「怖くなって巨大だと錯覚しただけだろうと思うけど……さて、その話がどこまで本当かな」


 けれど、コールの声に緊張はない。俺達の雰囲気は少し沈んだけど、コールにはまだ余裕があるようだ。

 あと、アルフォニカも。

 まあ、こっちはいつも通りと言えばそれまでだけど。どこまでも緊張感が無い奴である。

 ……こういうところは、素直に羨ましいと思えて俺はため息を吐いた。


「取り敢えず、まずは坑道の入り口まで行こう。本当にただ騎士の人が迷っているだけかもしれないし」

「分かった」

『んふ。テツマったら緊張しちゃって』


 俺がコールの言葉に頷くと、アルフォニカから揶揄われた。

 それにムッとする余裕も無くて返事が遅れると、彼女はからからと明るく笑う。


『緊張し過ぎだよ、テツマ。ほら、深呼吸して笑って笑って』

「あのなあ」


 底抜けに明るいというか、能天気というか。

 いつも以上にテンションが高いように感じるのは、今いる場所が薄暗い場所で、俺の気分が落ち込んでいるからかもしれない。


「お前はほんっとーに……」

『本当に?』

「……おバカだなあ」

『元気づけようとしてやってるのに、お馬鹿って!?』


 先を歩きながら俺達の会話を聞いていたコールが、低い声でクツクツと笑いながら肩を震わせていた。

 あー、もう。恥ずかしいなあ。


「ほら。コールから笑われてるだろ……」

『テツマが私を馬鹿にするからじゃない。こんなに美人で、気立てが良くて、貴方の事ばかりを考えてくれている精霊なのにさー』

「自分で言うなよ」


 まあ、美人というのは同意するけど。

 気立てが良いかは分からないし、俺の事ばかり考えているというのもどうかと思う。

 どっちかというと、いつも俺を揶揄ったり小馬鹿にしている印象だ……というのは黙っておこう。きっとまた口論というか、言い合いになってしまうから。

 そのまましばらく無言になって道なりに進んでいるが、その凶暴な獣の気配や形跡は見当たらない。

 普通、獣なら自分の痕跡を残そうとするものだ。

 縄張りを主張するために。自分の力、強さを示すために。

 けれど、よくよく考えると危険な獣が現れたという坑道へ向かっているというのにその痕跡が一切ない。

 体毛や糞尿、食事の跡に――討伐に向かった騎士と争った形跡。

 そういうものが無いというのは、田舎で生活して獣の狩りを何度か経験したことがある身からすると……ただただ不気味だった。


「そういえば、アルフォニカ。お前って獣からは見えるのか?」

『は?』

「いや。人間と同じように獣からも見えないなら、ひとっ飛びしてその凶暴な獣っていうのを探してきてもらおうかな、と」

『ちょっと。精霊使いが荒くない? って……コール、どうしてこっちを見ているのかしら?』


 アルフォニカの言葉でコールの方を見ると、彼はアルフォニカをじっと見ていた。


「いや、悪くない考えだ」

『えぇ……いや、見えないけどさ。人間より獣の方が気配に敏感だから、気付かれるかもよ?』

「気付かれても構わないさ。ただの獣に精霊を傷つける事なんかできないだろうし」


 そりゃそうだ。

 精霊であるアルフォニカは怪我をしないし病気にもならない――。


「精霊を傷付ける事ってできるのか?」

『え、今更? 私と何年一緒に居るのよ、テツマ』


 そこまで話した時だった。

 突然、今まで距離感が分からなくなるほど泣いていた虫たちの声が、一斉に消えた。


「え?」


 直後、頭上でガサ、という木々が擦れる音。

 こちらが頭上を見るよりも早く、巨大な何かがコールを狙って“落ちてきた”。


「なっ!?」

『テツマっ!!』


 コールが困惑の声を上げるのと、アルフォニカが俺の名前を呼ぶのは同時。

 視界の先で巨大な影に押し潰されそうになるコールを見ながら、しかし俺はアルフォニカに名前を呼ばれて一瞬で驚きの感情を押し殺してその巨大な影を見据える。

 右手を前に翳す。

 コールの全身を押し潰すほどの巨体に右手を向け――イメージするのは風の砲弾。

 不可視の一撃が土煙を上げながら打ち出され、その巨大な“ナニカ”を吹き飛ばした。


「ギャイン!?」

「な、なんだ!?」


 オオカミ――にしては大きい。大き過ぎる。

 それこそ、さっき少しだけ話題に上がったクマのような巨体――だというのに、吹き飛ばされて空中で態勢を整えたソレの顔は、オオカミそのもの。

 身のこなしも、敏捷さも、クマとは全然違う。


「グルルッ」

「たすか――」


 こっちを向く事無くコールが礼を言おうとすると、再度オオカミが突撃。今度は正面から。

 しかし、コールは慌てることなく右手を横に薙ぎ――いつの間にか抜いていた短剣でオオカミの鼻先を薙いだ……ように見えた。

 しかし実際は紙一重で避けられ、まるで空中で軌道を変更したような勢いでオオカミがコールから離れる。

 どうやって、というのはすぐに理解できた。

 オオカミの後ろ脚が、妙だった。

 一目で、歪に長いと分かる。太陽の光が木々に遮られ薄暗い道の真ん中に現れた獣は、僅かな光を反射して淡い蒼に輝く銀色。

 その全長はオレどころかコールよりも遥かに大きく、尻尾まで入れれば三メートルは裕にありそうだ。

 俺が知っているオオカミよりも数倍デカく、体毛の下に隠されているその巨体を支える肉体の筋肉もきっと異常なはず。さっき空中を決定どうしたように見えたのは、その後ろ脚を伸ばして乱暴に軌道修正しただけのこと。

 歪なオオカミからすると、それほど難がある事ではないのだろう。むしろ、咄嗟に反応したコールを危険と判断し、今度は不用意に飛び込まずに顔を低くして警戒している。

 けれどそれは一瞬の事。

 オオカミはこちらに踏み込まず、今度は右にある草むらへ身を投げた。

 俺達の視界から、オオカミの姿が消える。


「ちっ。頭がいいな――来いテツマっ。広い場所を探すぞっ」

「ああっ」


 俺達では草むらに消えたオオカミを追えないというのは、簡単に考える事が出来た。

 普通のオオカミだって人間よりも身体能力が優れているのだ。あれほどの巨体になれば、一度距離を離されるとどうしようもないというのは子供でも簡単に想像できる。

 現に、オオカミの動きで揺れていた草むらがすごい勢いで遠ざかっていって、もう見えない。

 それとも、どこかの草むらに身を潜めたのか……。

 コールと一緒に走り出す。そんな俺達の後ろをアルフォニカが確認しながら追ってくる。


『坑道まであとどれくらい!?』

「分からんっ」


 緊張で喉が渇く。息が乱れる。

 ずだ袋の中にある水袋の中身を一気飲みしたい衝動に駆られながら走っていると、背後から大きな音。


『もう来た!? テツマ、急いでっ――って、はやっ!?』


 アルフォニカの声を聴きながら、地面へ倒れるように飛び込む。すぐ後ろで空気が裂ける音がして、背中が軽くなった。

 俺が倒れるのと、ずだ袋の中身が地面へ飛び散るのはほとんど同時。見て確認するまでも無く、ずだ袋がオオカミの爪で切り裂かれたのだ。


「テツマ、動くなっ!」


 そのまま視線だけを上へ向けると、コールが長剣を一閃。俺の真後ろに居たオオカミを追い払ってくれる。


「立て――」


 剣を振り終わった体勢のコールに向かってオオカミが飛び掛かり、真下からオオカミの胴へ向かって右手を突き出す。

 さっきと同じ風の弾丸を撃ち出し、けれどそれは空中で起用に身をひるがえしたオオカミに避けられてしまう。


「んな!?」


 アホなと毒づくよりも早く俺の真横に着地したオオカミは、また草むらの中へ消えていった。


「立てるか、テツマ!?」

「あ、ああっ」


 コールに手を引かれながら起き上がり、地面に散らばった荷物を平う余裕も無く走り出す。

 さっき、顔のすぐ横にあったオオカミの爪。その異様さが頭から離れない。

 大きくて、鋭くて、太くて。

 単純で、鋭利で――ただ、命を奪うためだけという印象だけが残る、歪な爪。

 あんなもので引き裂かれたら、それこそ頭のてっぺんから足の先まで真っ二つにされてしまいそうな――そう想像しただけで、背中に冷たい汗が流れた。


『テツマ、大丈夫!? 気をしっかり持ってっ』

「だ、大丈夫っ」


 アルフォニカの声で意識が現実に戻り、走っていた足がもつれて転倒しそうになった。

 咄嗟にコールが俺の腕を支えてくれる――。


「止まれっ」

「!?」


 そのまま握っていた腕を引かれ、足を止めた。

 視線の先――森の終わり。開けた場所。

 その直前に、転がっている“モノ”。

 それは死体だ。

 明るい場所だから、まだ距離があるけど見えてしまう。全身を分厚い鎧で守った騎士が、倒れている。

 そして、分かってしまう。

 それが動いていないという事が。

 もう、死んでいるという事が。


「最悪だな」

『後ろ、また来るわよ!』


 アルフォニカが注意を促すが、コールは動かない。そのコールに腕を抑えられた俺も動けない。

 どうして、とコールの顔を見た。

 逃げなければいけないのにと焦りばかりが募り、アルフォニカに倣って後ろを見る。

 掴まれていない左手を翳す。

 薄暗い森の中を、尾を引いて蒼い光――巨大な狼が向かってくる。たったそれだけなのに、視界から見失ってしまいそう。

 速過ぎて、異様で、気持ち悪くて、怖くて、気を失ってしまいそうだ。

 その蒼い体毛を左手でとらえながら……想像するのは拘束する手。田舎の村でアルフォニカが見えるようになってから、毎日のように使っていた魔法。

 ただ、掴むのは小石じゃない。

 巨大なオオカミ。

 来い、来い、来い、来い――。

 オオカミが駆けてくる。速く、速く、速く――離れていても見失ってしまいそうなくらい。眩暈がするほど勢いよく。


「捕まえたっ!!」


 勢いよく左手を閉じ、同時に駆けていたオオカミが急停止。いや、不可視の腕に掴まれて動けなくなる。


「グルルァァァアア!!」


 唾液をまき散らしながら、オオカミが吠えた。

 いや、オオカミの咆哮とは全然違う。怪物の雄叫びだ。

 だがそれも遠い。

恐怖に竦むよりも早く左腕を勢いよく振り、不可視の腕に掴まれたオオカミも左腕の動きに合わせて真横へ吹っ飛ぶ。

そのまま木々に叩き付け、そのうちの数本を薙ぎ倒してもまだその勢いを緩めない。


『テツマ、そのままやっちゃえ!!』

「ああっ!!」


 アルフォニカに言われるまま何度もオオカミを木々、そして地面へ叩き付けると最後に見える位置に投げ捨てた。


「はあっ、はぁ――っ」


 左腕が痛い。筋肉痛なんて生易しいものじゃない。

 肩から先の骨が砕けてしまったかのような、骨の芯から強烈に痺れるような痛み。

 乱暴にコールに掴まれている右腕を引っ張り、左の二の腕を抑える。

 たったそれだけで痛みが和らぐはずもないが、あの化け物オオカミを仕留める事が出来た安堵で、少し涙が出そうになった。


「や、やった……倒したよ、コール」

『テツマ』


 けれど。

 コールの視線は正面を見たまま、そしてアルフォニカの声は――緊張を孕んだまま。

 何故?

 その答えは、見える位置に投げ捨てた……化け物オオカミの死体だった物。


「うそだろ……」


 確かに手ごたえがあった。

 遠目だったがちゃんと血も出ていたし、拘束の魔法越しに肉が裂け、内臓が潰れ、骨が砕ける感触があった。

 だっていうのに――なんで死体が起き上がるんだ!?


『嘘でしょ』


 アルフォニカが、俺が知る子供の頃から初めて――怯えるような声を出した。

 左腕を抑えながら彼女の横顔を見ると、あの人を小馬鹿にした明るい表情は影も形も無く、目を見開いて唇を震わせている。

 いつも、どんな時でも、アルフォニカは明るくて、元気で、少し馬鹿で、優しくて――俺を激励してくれた存在で。

 だからそんな彼女がこんな表情をするだなんて、それがどんな状態で、どれだけ追い詰められた状況だったとしても……それは変わらないと思い込んでいて。

 だから。

 この化け物オオカミは、精霊すら怯えるバケモノなんだと理解した。頭ではなく、精神……魂、そんなものが。


「グゥゥウウウウッ」


 化け物オオカミが唸る。砕けていた四本の足が、はみ出していた内臓が、歪んでいた頭部が、零れ落ちそうになっていた眼球が――視線の先で巻き戻しのテープのように急速に治っていく。

 まず、前足で体を起こした。

 後ろ足で体を支え、元に戻った視界で俺を捉える。

 まだ、口は裂けたままだ。だからこそ、おぞましいほど巨大な牙が裂けた口の端から覗かせる。

 より一層、凶暴になった顔が俺を見ている。俺から逸らされない。

 ……その目が告げていた。

 俺を脅威と認識した、と。


「こっちだっ!!」


 恐怖に硬直した体が引かれた。襟を掴まれて、無理矢理引っ張られる。

 足がもつれて転倒して、それでもコールが俺を引っ張った。


『テツマ、立って!』


 アルフォニカの声が、やっと耳から聞こえた。

 緊張して、心臓が耳元で爆発したような大きな音を立てている。

 汗が噴き出す。喉が渇く。頭が痛いし、視界が滲む――そして、倒れた俺の眼前に、騎士の死体。

 血まみれの死体には、顔が無かった。

 巨大な爪で頭蓋骨ごと砕かれ、その中身はごっそりと失われている。

 食べたのだ。

 あの巨大な化け物オオカミは、人間の肉、内臓ではなく……脳を食べたのだ。

 それは、単に体は鎧が守っただけなのか、そもそも俺が知る“オオカミ”という種とは全くの別物なのか。

 だが。


「ふ――ざけっ」

『立ちなさい、テツマっ』


 コールが必死に俺を引く。アルフォニカが俺の名前を呼ぶ。

 俺はまだ、生きている。

 腰が抜けそうになりながら膝立ちになり、地面を這うようにしてコールに引かれながら少しでも化け物オオカミから距離を開けようとする。

 すると、視界が開けた。

 森を抜けたのだ。

 視線の先に木材で支えられた坑道の入り口が見え、周囲を見渡せるようになる。


「グォォオオオオ!!」


 ここならオオカミから奇襲されない――そう思った時、後ろからまるで怪物のような雄叫び。

 化け物オオカミだ。

 怒りに染まった咆哮が上がり、まるで小さな爆発が起きたような音と共にオオカミが地面を蹴る。

 振り返ると、それこそ瞬きをする間に距離を詰められ、その凶悪な牙の並びが見えるほどに接近。

 ……あ、死んだ。

 そう直感した。

 避けようとか、耐えようとか、そもそもどうにかしようとか頑張ろうとか、そんな人間の囁かな“生きようとする意志”を捻じ伏せる威容が――。


「これならどうだ!?」


 聞き慣れない声とともに、歪んだ。

 目の前に、知らない人。

 両手に持った巨大な剣で化け物オオカミの頭蓋を砕き、その中身を地面にぶちまけ、死んでいた騎士と同じ鎧を纏った重量で踏み潰し、剣はそのまま地面へ届きその頭部を縫い付けた。


「は――は?」

「テツマ、離れて。こいつはまだ生きてる」


 突然知らない人が現れたのも驚いたけど、頭をつぶされたのにまだ生きているという事にも驚きだ。

 完全に腰を抜かしていると、また別の人が現れる。

 頭上から――見上げると、森の出口にある大きな木の枝が揺れている。

 騎士の死体の上で、身を隠していたのだ。この人たちは。

 獣の嗅覚は人間の数十倍。数百倍。

 この化け物オオカミならそれ以上かもしれない――だが、死体の上。その血の匂いが彼らを隠していたのだ。

 一人は、大きな男。たぶん、俺よりもずっと大きい。

 もう一人は、同じく鎧を着こんでいるけど、化け物オオカミの頭部をつぶした人と比べると軽装。

 線も細く、髪も長い――女性だ。


「ひっでえ姿だな。八年ぶりか? 久しぶりだってのによ」


 女の人が、俺の傍に膝を吐きながらそう言った。

 八年?

 何を言っているのか分からない。

 その言葉が、右耳から左耳に抜けていく。


「テッド、やっぱりダメか?」

「うん。……ごめん、上手に使えなくて」

『しょうがありません、テオドア様。私の力は一日に一度が限度なのですから』


 その声は、すぐ前。テッドと呼ばれた騎士の体の中か現れた精霊――見覚えのある大きな猫の姿をしたその精霊を、俺は知っている。

 フィオカ。

 友人であるテッドの父、アロンソさんと契約していた精霊だ。

 そして先ほど、女性騎士が呼んでいた名前――。


「て、テッドなのか?」

「うん。久しぶり、テツマ。こんなところで再開出来るだなんて思っていなかったよ」


 化け物オオカミを縫い付けたまま、大柄な騎士は記憶にある柔和な笑みを浮かべて俺の名前を呼んだ。

 そして。


「なに惚けてやがる。死にそうな時に」

「その喋り方……カルサのおっさん?」

「ははっ。ご名答。よく覚えていたじゃねえか、テツマ」


 こっちも昔と同じように乱暴な口調のまま、破顔する。

 テッドとカルサのおっさん。

 もう会うことはないだろうと思っていた二人は、この八年で想像もできないくらい美しく成長していた。


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[一言] >こんなところで再開出来るだなんて 肝心なところで誤字!
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