第十話 鬼龍寺鉄馬の旅支度
「うむ。ずいぶんとマシになったな」
雑貨屋の一角で俺を見ながらそう言ったのは、旅の途中で出会った青年、コールだ。
旅慣れていないどころか村から出る事すら初めての俺からすると、外の世界と言うのはとても新鮮で、見るものすべてが真新しく感じてしまう。
村から一番近い町であるアーリヴィンは石造りの建物が並ぶ、中世の雰囲気漂う素朴な町だ。
大きな店は町唯一の雑貨屋や宿屋、酒場などで、多くは大通りに沿って並ぶ露店がメイン。
売られている物も、装飾品のような高価なものは少なく、食べ物や旅の必需品である傷薬のようなものが安く売られていたが、旅になれているというコールの話では露店の安物は古い薬や傷んでいる食べ物が多いとのこと。
だから安いのか、と納得したものだ。
ちなみに、アルフォニカはその辺りの賞味期限的なものが分かるらしい。といっても、使って実際に効果が有るか無いかが分かる程度で、どれだけ昔に作られたものなのかは分からないそうだが。
ちょっと怖いので、安い商品には手を出せなかった。
ちなみに金は、実家がある村で作った米を売った金である。
この世界では紙幣が普及しており、麻袋十袋分の米を売って、得た金は百ゴールド分の紙幣二枚と、十ゴールド分の紙幣五枚の計二百五十ゴールド。
それに簡素だがしっかりとした造りの荷車を一台。こちらは三十ゴールドの値段がしたので、手持ちは二百八十ゴールド。
単位がゴールドなのに渡されるのは紙幣と言うのはなんだか有難みが薄いと思いつつ、金貨を二百八十枚も渡されるよりはずっといい。
アルフォニカの話だと、昔は本当に金貨を一枚で一ゴールドと計算していたそうだ。
『昔は本当にお金が嵩張ってねえ……一緒に旅をしている時に、お財布代わりの麻袋がカチャカチャなるわけよ』
「昔話をするのが楽しいのは分かるけど、言い方がおばさん臭いぞ」
『……』
いつものように睨みつけるなり怒るなりするかと思ったが、思いっきり傷ついた表情をした後に黙ってしまった。
……コールは何も言わなかったけど、こう、なんだか責められているような気がして、どうしようかと黙ること数舜。
「ご、ごめんなさい」
『いいわよ。うん』
まあ、こうやって落ち込むのも数分で、どうせすぐに元気になるんだろうけど。……なってくれるよな。
妙な罪悪感を抱きながら、雑貨屋で買った服に袖を通す。
――アルフォニカが静かだと、本当に静かだな。
「悪かったよ。ごめんなさい。あとで何か埋め合わせをするから、機嫌を直してくれよ」
『なにをしてくれる?』
「何でもするよ。あ、でも。一回だけだからな」
『わかったー』
ちくしょう。いつも煩いくらい賑やかだから、静かになると普通の人が黙って居るよりすごく静かになったように錯覚してしまう。
そんな俺達の会話を聞いて、コールが声には出さず口元を緩めるようにして微笑んでいた。
「どれ、手伝ってやろう」
「ん、ありがとうございます」
さて、今俺達が居る雑貨屋だが、ここでは服や日持ちする干し肉や硬く焼いたパン、傷薬やその材料になる薬草、そして安物の武器や防具が売られている。
そこで旅の準備をしているというわけだ。
米と荷車を売ったお金で買ったのは、装備一式と旅に必要な食料に傷薬。
今まで着ていた使い古したチュニックとズボンはここで処分してもらい、厚手の服とズボン、そして鉄の胸当てに革の手袋とブーツ、腰には一番安い鉄の長剣。
装備はコールに選んでもらった。
初心者ならこんなところだろう、という事だ。
剣も、古くて安いものを一纏めにして置かれている剣立ての中から一番質の良いものを選んでくれた。
この辺りの目利きは得意なのだそうだ。コール自身も、得物は剣を使っているし、剣に思い入れがあるのかもしれない。
『あらあら。テツマでも、一通りの装備を整えるとなんだか強く見えるわねえ』
「そりゃどうも」
褒められている気がしないのは、今までだと弱く見えていたと暗に言われている言葉回しだったからだ。
まあ、自分が特別に強いとは思っていないけど。
それでも、ずっと一緒に居たアルフォニカからそう言われると、ちょっとむっとしてしまう。これでもここ数年は体力づくりはちゃんとしていたし、最近はちょっとさぼり気味だったけど魔法もちゃんと使えている。
それでも自分の強さに自信が無いのは、子供の頃を一緒に過ごしていたテッドとカルサのおっさんの存在が大きいのだと思う。
片や魔法が使えないから体を鍛えていて、もう片方は記憶が無いのに剣術も魔法も得意な天才肌。
二人は今頃どうしているのだろうか。
そんな事を考えているうちに、コールが胸当てを嵌め終えてくれた。
わきの下の金具を止める時に少しくすぐったくて笑ってしまうと、アルフォニカから揶揄われたが、変わったところはそれぐらい。
後は普通である。普通。
装備の具合を確かめるように、革手袋越しに手を強く握り、開く。ギュ、と革のこすれる音がなんだか気分を高揚させる。
革の手袋って言うのは、なんだか子供心をくすぐると思うのは、俺だけじゃニアはずだ。
「ありがとう、コール」
「なに、気にしなくていい。むしろ、命を助けてもらったのだからこの程度は当然だ……しかし、君がこれから初めての旅に出るというのは驚いたが」
「そう?」
「魔法使いといえば冒険者や傭兵でもそう多くない職業だからな。普通なら、魔法使いと知れば王都の魔法学園へ通うなり、傭兵として生計を立てるなり――田舎の暮らしよりも金を稼ぐ方法はたくさんある」
その魔法学園も、実力があれば学費は無料なのだそうだ。
有能な人材を国で雇うための先行投資という意味合いもあるのだろう。実際、その事に恩義を感じて王国の騎士団に入団する魔法使いも多いらしい。
王国、太っ腹だな。
「私もてっきり、魔法学園の生徒が実家の手伝いをしているだけだと思っていたしな」
『ふふふ。あまりの世間知らずで驚いたでしょ!』
「なんでお前が偉そうなの……」
いつもの調子に戻ったアルフォニカにツッコミを入れ、ため息を一つ。
そして、雑貨屋の主人にお代を渡して、店を出た。
んー……と、伸びを一つ。
服装が変わって、肩から掛けているずだ袋の中身が膨らんだだけなのに、なんだか見える世界が一変したような感じ。
「これからテツマはどうするんだ?」
「俺は……どうしよう。考えていなかったけど、とりあえず王都に向かおうかな、って考えてる」
魔法学園っていうのに興味があると言うと、コールは少し驚いた顔をした。
「ああ、そうか。知らないのか……今の時期に行っても入学は出来ないぞ」
「え、そうなの?」
「入学式は春だし、試験は冬に行われる――大陸全土から魔法使いを集めて、成績が良い者ばかりが集められるからな」
一応、それなりの成績でも入学はできるらしいが、そちらの方は学園生活が成績優良な人と比べると生活の質が……まあ、低いそうだ。
それも当然だろう。
成績の優劣を付けなければ競う事が出来ない。
競わなければ勉学や実技への情熱が薄れ、それこそ自分を『特別』だと勘違いして暴走する生徒が出てくるかもしれない。
特に魔法は――強力だ。
剣術のように長年鍛えて肉体に技を刻み込むのとは違う、使い手の想像力と魔力で長年の熟練が無くとも一流の力を発揮できるのだから。
そこに傲慢のような意図が混じれば、それはもう暴力である。
自分が特別ではなく、どこまでも『学ぶ側』だという心構えを忘れないためには、学生の成績に優劣を付け、学べば上へ進む事が出来る。学ばなければ下に落ちるという意識を刻み込むという考えは悪くないと思う。
「だったら、入学するなら冬に王都へ行った方がいいのか」
「ああ。それか、冒険者や傭兵として名を上げる、だな。実践で名を上げて、そして運良く学園上層部の耳にその名声が届けば、特別に入学が許可される……かもしれない」
『かもしれない、なんだ』
「噂だからな。私は、そうやって入学できた人間が居るとは聞いたことが無い。ただ、王都に居ると、有名になれば学園に入学できるという話が時々耳に入ってくるのだ」
ふうん、と。
興味があると言っても同年代の魔法使いがどれくらいの実力なのか知りたいだけで、入学したいわけではないのだけど。
「色々教えてくれてありがとう、コール」
「気にしなくていいさ。それでテツマ、お前はやはり王都に向かうのか?」
「ああ。まあ、俺の事は覚えていないだろうけど、一応の昔馴染みが居るはずだし……一目見るくらいできたらいいなあ、くらいの考えで」
『テッドとカルサ? テツマの事、覚えてるかなあ……テツマの子供時代って、今以上に不愛想で影が薄かったし』
……そこまで酷くなかっただろ、と唇を尖らせながら呟く。
まあ、子供の頃に“自分は特別なんだ”と思い込んで、自分より特別な二人に出会って勝手に嫉妬した……確かに、俯瞰して自分の行動を考えると、不愛想で無口――影が薄いと言われても納得できてしまった。
「王都へ行くなら、案内しよう。道は覚えているからな」
「あれ、この町に用事があるんじゃ……?」
「いや。待っていた知人がこの町を訪れたか確認したかっただけだ。宿屋酒場にも顔を出していないようだし、この町には寄らずに王都へ戻ったのだろう」
……いつの間に確認したのだろう。
一応聞いてみたが、町に来て宿と酒場の前を通った時に利用している人間の顔を確認したとの返事が返ってきた。
そんな事が可能なのだろうか?
アルフォニカも不思議がっていたが、まあ、あまり踏み込んで聞くようなことでもない。
むしろ、王都までの道を案内してくれるという申し出に喜ぶべきだ。
こっちはこれ以上の土地勘が無く、その上、旅は初心者。野営だって火は起こせても寝付けなくて精神的に疲れたし、畑仕事で鍛えていたはずなのに体中が疲労で強張っているのが分かる。
そしてなにより、道中の話し相手がアルフォニカだけよりも、人が多い方が楽しいはずだ。
「用事が終わったなら、断る理由はないよ。むしろ、こっちからお願いしたいくらいだ」
「それに、一人で王都まで歩くのは退屈だからな」
それは俺達が賑やかという事だろうか――アルフォニカはともかく、俺はそんなに騒がしい性格はしていないと思っているのだけど。
「それじゃあ、改めてよろしく。コール」
「ああ、またよろしく頼む、テツマ、アルフォニカ」
『しょうがないなあ』
「なんでお前が偉そうなの……賑やかなだけなのに」
『酷い!? テツマが慣れない旅で気持ちが沈まないように、お姉さんが場の雰囲気を明るくしていたのに!?』
「あ、そう」
『うわあ、冷たい言葉ぁ……そんな反応だと女の子から嫌われるよ、テツマ』
「…………」
いやまあ、今は異性に興味を示す余裕もないんだけど。
それでも、ちょっと傷ついた。
俺だってさあ、せっかく村を出て旅をするんだから、女の子と一緒に旅をしたいという気持ちはあるよ。男だもん。
ただ、一緒に旅をしているのは口喧しい装飾過多な服装をした自称お姉さんである。
俺だって、女の子と旅をしたいよ、と心の中でもう一度呟いてみた。
『なんか、馬鹿にされた気がする』
「気のせいだよ」
即答しておいた。
「それで取り合えず……コールが急いでいないなら、この町で一泊したいんだけど」
「そうか?」
「久しぶりに、ベッドで寝たいんだ」
「ああ」
野営だと寝袋も用意していなかったから硬い地面に寝る羽目になり、それに屋外で眠るというのはアルフォニカが見張りをしてくれているとはいえあまり気が休まらなくて精神的に凄く疲れたのだ。
だが、それでもそれが俺の選んだ道なのだ。
これからは野宿も増えるだろうし、早く慣れないとなあとは思う。
ただ、こうやって町に立ち寄ったなら、一泊くらいはしたいという甘えも……まあ、許してほしい。
「了解だ」
そんな俺の内心を汲んでくれたコールは、柔らかな笑みを浮かべながら宿の方へ歩き出す。
……くそう。
何も言わずにこっちを理解してくれて、その反応は格好いいなあ、と。
そう心から思ってしまった。




