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第九話 鬼龍寺鉄馬と新しい出会い


 カタカタと、乾いた音を立てながら馬車の往来で野草が生えなくなった道を荷車が進んでいた。

 荷台には麻袋10袋分の米が詰まれ、その上には体重を感じさせない軽やかさのまま足を組んで座る絶世の美女の姿。

 そして、その荷車を押しているのは一人の人間――もちろん、俺こと鬼龍寺鉄馬である。


「くそ重い――少しは手伝ってくれよ、アルフォニカ」

『あらあら、女の子に重いものを押させようって言うの?』

「誰が女の子だ」


 小声で呟いて、汗を流しながら荷車を押す。

 たぶん、余裕で百キロを超えているだろう重量は魔法で肉体を強化していても結構な重さで、一歩ごとに二台を押す両腕だけじゃなく、体全体が軋むかのよう。

 というか、まだ十五歳の若さなのに腰が痛い。


『体の使い方が悪いのよ。全身を使いなさいな、上半身だけじゃなくて』


 アルフォニカが言っている事はよく分かる。

 なんとなくだが、腕だけで荷車を押そうとするよりも、足でしっかりと地面を踏みしめて、腰を入れて押し、両腕で支える――こっちの方がかなり楽に感じる。

 ただ、そう分かっていても疲れてくると上半身だけで押すようになってしまい、それが余計に疲労を蓄積させる。

 悪循環、と言うやつだ。

 村を出て二日。

 本当なら片道三日の行程だったはずなのに、目標としている一番近い町まで半分も進めていない。

 親父は作物が取れるたびにこの道を進んでいたのかと思うと、今更ながら凄かったんだな、という気持ちが沸いていた。


『ほらほら。また遅くなってきたわよー』

「うるさいなあ、もう」


 ぜえぜえと息を乱しながら押し、木陰が見えたら休憩をする。

 その繰り返し。

 絶対に口には出さないが、アルフォニカが居てくれてよかったと思う。

 口を開くと疲れるが、それでも話し相手が居るというのはありがたい。孤独を感じないし、疲れている事から気を紛らわす事が出来るし、それに時々だがちょっと楽しい気分になれる。

 まあ、ほんのちょっとだけで、やっぱり喋ることによる疲労感の方も馬鹿にならないんだけど。


「それよりアルフォニカ、町はまだ見えてこないのか?」

『見えないって。まだ半分も進んでないし、前に森が見えるでしょ? あれを迂回してようやく半分なんだから』

「……疲れた」

『情けないなあ』


 一応体は鍛えてきたけれど、こんなにキツイものなのか、荷車を押すというのは。

 知識でしか知らなかったけど、もしこれをずっと続けていたらかなり体が鍛えられただろう――子供の頃から親父の手伝いをしていればよかったと、少しだけ考えてしまった。

 そして、それはもう無理なんだと、首を振ってその感情を頭の中から押し出す。


『そんなにキツイなら、魔法を使えば? 今のテツマなら、これくらい重くても持ち上げることも出来るでしょ?』

「ぅ……いや、これも体を鍛えるためだから」

『だったらキツイなんて言わないの。口に出したら、それだけ頭がキツイって思い込んじゃうんだから』


 くっ。いつもおバカな事ばかり言っているくせに、正論を言いやがって。

 ちょっとムカついたので、口を閉じて必死に荷車を押すことにする。

 そんな俺の分かりやすい反応が面白かったのか、アルフォニカは荷台の上でカラカラと明るく笑った。

 ……まったく。そんなに楽しそうに笑われると、こっちも気持ちが明るくなって怒る気力も無くなってしまう。


『あー、たのし。テツマのそう言う反応、私は好きよ?』

「俺はお前のそう言うところ、少し苦手だよ」


 田舎特有と言うべきか、長閑な風景がどこまでも広がっている村の外の世界。

 これを綺麗と感じるのか、退屈だと思うのか。

 そんな哲学的な事を考えながら、それよりもキツイと素直な気持ちで荷車を押し――。


『あ、テツマ。人、人だよ』

「そりゃあお前、たまには人とすれ違うだろ。道だもん」

『そうじゃなくて、人が倒れているって』


 言われて、疲労でいつの間にか下を向いていた顔を上げた。

 見ると、確かにアルフォニカが言ったように人が倒れている。……行き倒れ、と言っていいのだろうか。

 他に人影はなくて、倒れているのは一人。遠目だが、なんだか黒ずくめな人のようだ。

 たぶん、男の人だろう。体格がしっかりしているような気がする。うつ伏せに倒れているから確信は持てないけど。


『大丈夫かな?』

「いや、気になるならお前が見てきてくれよ」

『えー……』

「盗賊だったりしたら怖いし」

『……やっつけなさいよ』


 こんなに何もない所で倒れているというのは、それだけで怪しいじゃないか。

 アルフォニカなら普通の人には見えないし、彼女が望まなければ触れることも出来ない。怪しい人を見かけたら確認させるのにちょうどいい。


『サイッテー』

「そこまで言わんでも……」


 そこまで最低な事だろうか……ちょっとショックを受けてしまった。

 そんな落ち込んだ俺は無視して、結局アルフォニカは空中に浮きあがって倒れている人の元へ飛んで行ってくれた。

 ……行くなら最低とか言わなくてもいいじゃないか。ホントに傷つくぞ、ちくしょう。


『大丈夫だよー。喉が渇いて倒れているだけみたい』

「なんか、どこかで見たような倒れ方だな」


 見たというか、あの時はテッドが拾ってきたんだっけ?

 カルサのおっさんと初めて会った時は熱中症で倒れていたんだけど、今度は脱水症状か。

 倒れている人が居るのに不謹慎なんだろうけど、少し懐かしい気持になりながら荷車を押して近づいていく。


「大丈夫ですか?」

「…………」


 返事はない。というか、返事をする気力もないのだろう。

 荷車から離れて、荷台に乗せていた麻布で作ったずだ袋から動物の胃袋で作った水袋を取り出して、倒れている人の傍に膝を下ろす。


「水ですけど、飲めますか?」


 聞くと、無言のまま左腕が上げられた。

 けれど、水と言う単語には反応できてもそれまでみたいで、仰向けに転がることも出来ない様子。

 しょうがないので一言断りを入れてから、その人物を仰向けに転がした。

 そして首の後ろに膝を入れて頭部を傾けると、口元に水袋の口を持っていく。

 最初はゆっくりと唇を湿らせるように。

 けれど、二口ほどの水を飲んだところで、その人は勢いよく水袋を掴んで一気に傾けた。

 唇から飲みきれなかった水が零れて口元を濡らし、首筋から下って服の胸元を濡らしていく。


『あらら。テツマの分まで飲んじゃいそう』

「いいよ別に。水なら魔法で出せるから」

『便利ねー』


 お前が言うなよ、精霊様。

 心の中で呟くと、あっという間に水袋の中身は空になってしまった。


「……死ぬかと思った」

「死ななくてよかったですね」


 なんとなく自然にそう返すと、男の人が水袋を返してくれる。

 そのまま服の袖で口元を拭い、人心地が付いたように大きく息を吐いた。


「ありがとう。助かった」

「どういたしまして。困った時はお互いさまという事で」


 そう言うと、水袋の口を上に向け、魔法で空中に水を作り出す。

 何もない空間に突然水が現れるというのは不思議な光景だろう。男の人は少し驚いた顔をした。

 その表情を横目に見ながら、器用に魔法で作り出した水を水袋の中に移していく。


『いつも思うけど、それって意味があるの? 飲みたい時に水を作り出した方が冷たくておいしいと思うけど』


 やる意味と言うより、必要な時になって一々水を作り出すのが面倒だから、こうやって保存しているだけである。

 実際、アルフォニカが言うように俺が水に困ることはないだろう――アルフォニカが傍に居てくれる限りは。

 

「君は魔法使いなのか――ああ、いや。精霊が傍に居るから、それも当然か」

「……アルフォニカが見えるんですか?」


 男の人は、俺よりも年上だ。たぶん、二十歳を少し過ぎたくらいの年齢だと思う。

 整った容姿はまるで彫刻のように怜悧で、短く切り揃えられた髪は光の加減で少し青色に見える。瞳の色は綺麗な宝石を連想させる赤色で、日焼けしていない肌はどこか血色が悪いようにすら感じるほどの白。

 全体的に――なんだか、病弱そうな男性というのが第一印象だ。

 纏っているのは軽装で、黒の上着とズボンにマントと言う出で立ちで、これなら脱水症状で倒れるのも無理はないと思ってしまう服装である。


「アルフォニカ……という名前なのか」

「?」


 その声音がどこか懐かしさを波乱でいるように感じて首を傾げると、男の人は居住まいを正しながら首を横に振った。

 そう言えば水を飲ませるために男のひろと支えたままだったことに、今更気付く。

 俺も男の人から離れると、立ち上がった。それに倣って、男の人も立ち上がる。


「こちらの気のせいだ。少し、知人に似た名前の人物が居たのでな」

「はあ、そうですか」


 服についた泥を払いながら、男の人が呟く。

 こっちとしては、アルフォニカみたいな美人が何人も居るのかー、と思うくらいである。

 そのアルフォニカの方も、この男の人を知らないようで、あまり気にしていない。

 というか。


「精霊が見えるんですね」

「ああ。契約精霊はいないがな」


 テッドやカルサのおっさんの時もそうだけど……精霊が見えるって言うのはそれだけですごく珍しくて、凄く特別な事のはずなんだけどなあ。

 ……本当、俺の周りじゃ普通に見えているよな、アルフォニカ。

 そう思いながら浮いている彼女を見ると、どうしたの、と言わんばかりの不思議そうな顔をしていた。


「有難みが無いなあ、と」

『いきなり酷くない!?』


 まあ、いいや。


「これからどちらへ?」

「ああ。ここで人と待ち合わせをしていたのだが、終ぞ現れなくてな。仕方なしに、近くにあるアーリヴィンという町へ移動しようとしたところから、記憶が無い」

『そこで倒れちゃったんだね』

「そのようだ。助かったよ――少年と言うのも失礼だな。私はコールという。しがない剣士だ」

「あ、自分はジミー……じゃなくて、テツマです」


 村を出た時から、決めていた。

 俺はやっぱり、村の魔法使いジミーじゃなくて、異世界の記憶を持つ魔法使いテツマとして生きると。

 だからこれはその一歩。

 ジミーではなくテツマと名乗る。


「私の事はコールで良いよ。少し年上かもしれないが、それほど年が離れているわけでもないようだ」

「それじゃあ、俺の事もテツマで」

「わかった。改めて、ありがとう……君は命の恩人だ、テツマ」

「ああ、いや……」

『なに? 柄にもなく照れているの?』


 こんなに真っ直ぐな感謝の言葉は初めてだったので、つい声が上ずってしまった。

 それをアルフォニカに揶揄われると、自分でも分かるくらい頬が暑くなる。太陽の熱じゃないその暑さを紛らわすように、アルフォニカを軽く睨みつける。


『あらあら。こわーい』

「仲が良いのだな」

「そうでもないです」

『この子がこんなに小さい頃から一緒なんだから』


 そう言ってアルフォニカが人差し指と親指で示したのは、米粒くらいの大きさだ。さすがにそれは言い過ぎである。

 コールもそんなアルフォニカの言葉に苦笑し、肩を軽く揺らした。

 そこで、マントの下に隠れるように腰に差された、一般的な長剣と、それよりもずっと短いダガーの柄が見えた。


「剣を見るのは初めてか?」

「あ、いや……木刀くらいなら」

「ふは――木刀と真剣は違うだろう」


 俺の言葉が余程面白かったのか、今までの雰囲気とは全然違う大きな声をあげての笑い。

 こっちが素なのか、それとも単に面白くて我慢できなかっただけなのかは分からないけど、コールの気持ちが落ち着いたのなら笑われた意味もあったと思っておく。

 まあ、笑われていい気分はしないけど。


「アーリヴィンなら俺も行きますけど、一緒にどうです? 水と食料なら少しありますし」

「それはありがたい。こちらは返せるものなど何もないが、せめて用心棒として雇ってくれ」


 そう言って、コールは腰にある二本の剣……その鞘を重ねてカツ、と乾いた音を鳴らした。


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