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28歳の最強お姉さん冒険者は、自己肯定感ゼロの俺を放っておけない  作者: 慈架太子


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99:覚悟

 東都市ヴァルゼアは崩れ続けていた。


 黒門から漏れ出す空間の歪みが、都市そのものを侵食している。


 石畳は浮き。


 建物は裂け。


 空は黒く染まり。


 悲鳴だけが絶えず響いていた。


 巨大災獣ベルグラは都市中央で蠢いている。


 山のような巨体。


 幾千もの赤い目。


 紫色の霧。


 視界に入るだけで、人間の精神を削る存在。


 その怪物を前に。


 レインは立ち尽くしていた。


 腕の中には、小さな亡骸。


 守れなかった子供。


 軽い。


 あまりにも軽かった。


「……っ……」


 呼吸が乱れる。


 胸が痛い。


 胃がひっくり返る。


 吐き気が込み上げる。


 レインはその場で吐いた。


 酸っぱい液体が石畳へ散る。


 涙も止まらない。


「……僕が、遅かったから……」


 声が震える。


「もっと早ければ……」


 セレナは何も言わなかった。


 否定しない。


 慰めない。


 ただ隣へ座る。


 血まみれのまま。


 傷だらけの身体のまま。


 静かに。


 レインの横へ。


 遠くで爆発が起きる。


 兵士たちの怒号。


 魔物の咆哮。


 全部聞こえている。


 それでも。


 今だけは、ここだけ時間が遅かった。


「……昔ね」


 セレナが口を開く。


 低い声だった。


「弟子がいたの」


 レインはゆっくり顔を上げる。


 セレナは前を見ていた。


「十五歳の女の子」


 炎が遠くで揺れる。


「剣の才能があった。生意気で、口も悪くて、でも真っ直ぐだった」


 少しだけ笑う。


 懐かしそうに。


「私に憧れて冒険者になった」


 レインは黙って聞いていた。


「ある日、大型討伐へ連れていった」


 セレナの声が少しだけ掠れる。


「まだ早いって分かってた」


「……」


「でも、あの子が泣きながら頼むから」


 拳が静かに握られる。


「守れると思った」


 その言葉に。


 レインの胸が痛む。


「結果は?」


 聞かなくても分かっていた。


 それでも。


 聞かずにはいられなかった。


「死んだわ」


 セレナは淡々と言った。


「目の前で」


 レインの呼吸が止まる。


「私は間に合わなかった」


 火の粉が舞う。


「S級なのに」


 銀髪が揺れる。


「誰より強いのに」


 そして。


 セレナは笑った。


 自嘲みたいに。


「守れなかった」


 レインは言葉を失う。


 この人でも。


 守れなかった命がある。


 最強でも。


 全部は救えない。


「それからね」


 セレナは静かに続けた。


「ずっと思ってた」


 赤い瞳が少しだけ揺れる。


「私は幸せになっちゃいけないって」


 レインの胸が締め付けられる。


 この人は。


 ずっと背負っていた。


 強いから。


 生き残るから。


 全部抱えてきた。


「……でも」


 セレナがレインを見る。


「最近、少しだけ変わった」


「え……?」


「あなたのせい」


 レインは目を瞬かせる。


「僕……?」


「そう」


 セレナが小さく笑う。


「怖がって、震えて、吐きながら」


「……」


「それでも立つ」


 レインは視線を落とした。


 そんな立派なものじゃない。


 本当は逃げたい。


 怖い。


 苦しい。


 でも。


 逃げたくない。


「あなた見てるとね」


 セレナは静かに言った。


「まだ諦めなくていいのかもって思うの」


 レインの胸が熱くなる。


 嬉しい。


 でも。


 苦しい。


 今の自分は、一人守れなかった。


 そんな人間なのに。


「……僕、弱いですよ」


「知ってる」


「情けないし」


「知ってる」


「怖いし」


「見てれば分かる」


 セレナが少し笑う。


「でも」


 その声は優しかった。


「弱いまま立てる人は、案外少ない」


 レインは息を呑む。


 その瞬間。


 地面が揺れた。


 災獣ベルグラが再び動き出す。


 巨大な前脚が振り下ろされ、都市区画ごと吹き飛ぶ。


 悲鳴。


 炎。


 崩壊。


 もう限界だった。


 都市は持たない。


 レインの鑑定が警告を出し続ける。


【空間侵食加速】


【都市崩壊率:71%】


【推定残存時間:一時間二十三分】


 レインは立ち上がる。


 脚が震えている。


 怖い。


 でも。


 セレナも立った。


 超大型大剣を握る。


 傷だらけなのに。


 まだ前を向く。


「……行くわよ」


「はい」


 二人は歩き出す。


 崩壊都市の中心へ。


 災厄の方へ。


 途中。


 避難民たちが見えた。


 泣く子供。


 怪我人。


 必死に人を運ぶ兵士。


 皆、限界だった。


 それでも動いている。


 生きるために。


 誰かを守るために。


 レインはその光景を見ていた。


 そして。


 胸の奥で、何かが変わる。


 守れなかった命は消えない。


 一生残る。


 痛みになる。


 後悔になる。


 でも。


 だから止まるのか。


 違う。


 止まったら。


 次も死ぬ。


 レインは拳を握った。


 その時。


 セレナが隣で呟く。


「怖い?」


「……はい」


「私も」


 レインが驚いて見る。


 セレナは前を見たままだった。


「ずっと怖い」


 炎が銀髪を照らす。


「仲間を失うのも」


「誰かが死ぬのも」


「自分が生き残るのも」


 声は静かだった。


「慣れないわ」


 レインは少しだけ笑った。


 この人でも怖いんだ。


 最強でも。


 無敵じゃない。


「……じゃあ」


 レインは小さく言う。


「一緒ですね」


 セレナが目を細める。


「そうかもね」


 少しだけ。


 本当に少しだけ。


 二人の距離が近かった。


 恋愛じゃない。


 甘い言葉でもない。


 でも。


 隣で生きてきた時間が、確かにそこにあった。


 その瞬間。


 災獣ベルグラが咆哮する。


 都市全域が震える。


 そして。


 黒門がさらに開いた。


 中から無数の赤い光が見える。


 新しい魔物。


 まだ終わらない。


 絶望みたいな光景だった。


 兵士たちの顔が青ざめる。


「終わりだ……」


「もう無理だ……」


 心が折れ始めていた。


 レインはそれを見る。


 怖い。


 自分だって怖い。


 でも。


 ここで折れたら、本当に終わる。


 レインは深く息を吸った。


 震える。


 吐きそう。


 心臓が痛い。


 それでも。


 前へ出る。


「……まだです」


 声は小さい。


 でも。


 確かに響いた。


「まだ終わってない」


 兵士たちがレインを見る。


 弱そうな新人冒険者。


 震えている青年。


 それでも。


 逃げていない。


「僕が……」


 レインは拳を握る。


 血が滲むほど強く。


「絶対に、止めます」


 その瞬間。


 レインの中で魔力が脈動した。


 無限魔力。


 暴走寸前の膨大な力。


 空気が震える。


 風が逆巻く。


 セレナが目を見開いた。


「レイン……?」


 レインの目が変わる。


 恐怖は消えていない。


 弱さもある。


 それでも。


 その奥に。


 初めて“覚悟”が宿っていた。







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