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28歳の最強お姉さん冒険者は、自己肯定感ゼロの俺を放っておけない  作者: 慈架太子


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98/114

98:守れなかった命

 東都市ヴァルゼアは燃えていた。


 炎。


 黒煙。


 崩落する建物。


 空間の裂け目。


 空に浮かぶ瓦礫。


 逃げ惑う人々。


 その中心で、巨大な黒門が脈打っている。


 門の奥から現れた超大型魔物は、都市を見下ろす山のようだった。


 四足。


 黒い外殻。


 幾重にも重なる赤い眼球。


 口のような裂け目から、紫色の蒸気を吐き出している。


 視界に入るだけで、本能が警鐘を鳴らす。


 人間が戦う存在ではない。


 災害。


 そのものだった。


「なんだよ……あれ……」


 兵士が震えながら呟く。


 誰も前へ出られない。


 足が止まる。


 恐怖が支配していた。


 その中で。


 セレナだけが前へ歩く。


 超大型大剣を肩へ担ぎ、炎を纏いながら。


 銀髪が火の粉の中で揺れていた。


「レイン」


「……はい」


「西区の避難を優先」


「でも!」


「聞きなさい」


 セレナは振り返らない。


「今のあなたじゃ、あれとは正面から戦えない」


 レインは唇を噛む。


 悔しい。


 理解できるから。


 鑑定が示していた。


【深淵災獣ベルグラ】


【危険度:測定不能】


【対都市級】


【高位空間侵食体】


【推奨:国家戦力投入】


 無理だ。


 今の自分では。


 それでも。


「……死なないでください」


 セレナが少しだけ笑う。


「努力はする」


 軽口みたいに言った。


 でも。


 その背中は本気だった。


 次の瞬間。


 爆炎。


 セレナが跳ぶ。


 火属性身体強化。


 空気が爆ぜる。


 超大型大剣が災獣の脚へ叩き込まれた。


 轟音。


 衝撃波。


 周囲の窓ガラスが全部砕け散る。


 災獣の巨体が僅かによろめいた。


 兵士たちが息を呑む。


「止めた……!」


「S級……!」


 だが。


 災獣は咆哮した。


 空間そのものが歪む。


 音だけで人が吹き飛ぶ。


 兵士が壁へ叩きつけられた。


 血が飛ぶ。


 レインは反射的に風壁を展開する。


「風壁!」


 暴風が衝撃を逸らす。


 それでも足が滑る。


 圧倒的だった。


 セレナが斬る。


 燃やす。


 爆ぜる。


 なのに。


 災獣は止まらない。


 むしろ。


 再生していた。


 黒い肉が蠢き、焼けた部位を修復していく。


「再生……!」


 レインの顔色が変わる。


 普通の魔物じゃない。


 空間そのものから魔力を吸っている。


 倒しきれない。


 その時。


 西区から悲鳴が聞こえた。


「魔物だ!」


「避難民が!」


 レインが振り向く。


 奈落獣の群れが、避難路へ回り込んでいた。


 子供。


 老人。


 逃げ遅れた人々。


 完全に狙われている。


「っ……!」


 レインは走った。


 怖い。


 吐きそうだった。


 脚が震える。


 それでも。


 止まれない。


「水槍!」


 水の杭が奈落獣を貫く。


「土壁!」


 石壁が避難民を守る。


 レインは片手剣を抜いた。


 奈落獣が飛びかかる。


 速い。


 重い。


 怖い。


 剣が震える。


 それでも。


 斬る。


 避ける。


 水鞭で脚を絡める。


 風刃で目を潰す。


 泥だらけになりながら、必死に戦う。


「逃げてください!」


 子供を抱えた母親が泣きながら走る。


 レインは息を切らした。


 限界だった。


 魔力制御も乱れている。


 視界が揺れる。


 鼻血。


 吐き気。


 それでも。


 まだ魔物は来る。


 終わらない。


 その瞬間。


 瓦礫の陰から、小さな男の子が見えた。


 一人。


 足を挟まれている。


「た、助け……」


 レインは走った。


 奈落獣が迫る。


 間に合わない。


 でも。


 見捨てられない。


 レインは瓦礫へ手をかける。


「今、助ける!」


 重い。


 動かない。


 土属性強化。


 筋肉が軋む。


 血管が裂けそうだった。


 奈落獣が近づく。


 子供が泣いている。


「怖い……」


「大丈夫!」


 レインは叫ぶ。


「絶対助ける!」


 その時。


 空間が歪んだ。


 黒い裂け目。


 転移。


 奈落獣が、真横へ出現する。


「っ!?」


 反応が遅れる。


 避けられない。


 爪が振り下ろされる。


 その瞬間。


 炎が割り込んだ。


 セレナだった。


 超大型大剣が奈落獣を叩き潰す。


 肉片が飛ぶ。


「レイン!」


「すみません……!」


「謝る暇あるなら救助!」


「はい!」


 二人で瓦礫を持ち上げる。


 男の子を引き抜く。


 泣きながらしがみついてくる。


「もう大丈夫」


 セレナが優しく頭を撫でる。


 その瞬間だった。


 空が暗くなる。


 災獣ベルグラが、口を開いた。


 紫色の光。


 圧縮。


 空間が悲鳴を上げる。


 レインの鑑定が叫ぶ。


【高密度空間砲撃】


【直撃予測】


【回避不能】


「セレナさん!」


 叫ぶ。


 セレナが振り返る。


 そして。


 一瞬で理解した。


「伏せなさい!」


 セレナがレインと子供を抱き込む。


 次の瞬間。


 世界が消えた。


 轟音。


 熱。


 光。


 都市の一角が蒸発する。


 建物。


 人。


 石畳。


 全部。


 消えた。


 レインは吹き飛ばされる。


 瓦礫へ叩きつけられる。


 息ができない。


 耳鳴り。


 血。


 煙。


 何も見えない。


「……っ……」


 意識が揺れる。


 それでも。


 レインは起き上がった。


「セレナさん!」


 叫ぶ。


 返事はない。


 煙の中を探す。


 怖い。


 嫌な予感しかしない。


 そして。


 見つけた。


 セレナは倒れていた。


 血だらけだった。


 それでも。


 子供を庇っていた。


 レインは駆け寄る。


「セレナさん!」


「……生きてる」


 掠れた声。


 レインの目から涙が溢れそうになる。


 でも。


 その横で。


 男の子が動かなかった。


 静かだった。


 レインの呼吸が止まる。


「……え」


 血。


 小さな身体。


 もう。


 動かない。


「……あ……」


 レインの頭が真っ白になる。


 助けたはずだった。


 間に合ったと思った。


 でも。


 守れなかった。


 レインの喉が震える。


「……僕、は……」


 吐き気。


 涙。


 恐怖。


 全部が混ざる。


「……助けるって……言ったのに……」


 声が壊れる。


 セレナがゆっくり身体を起こした。


 傷だらけの手で、レインの肩へ触れる。


「レイン」


「……っ」


「見なさい」


 レインは震えながら顔を上げる。


 周囲には、まだ生きている人がいた。


 泣いている人。


 逃げている人。


 助けを求める人。


「一人、守れなかった」


 セレナの声は静かだった。


「それは重い」


 レインは涙を流す。


「でも」


 セレナはレインを見る。


 まっすぐに。


「そこで止まったら、次も死ぬ」


 レインの拳が震える。


 悔しい。


 苦しい。


 でも。


 前を見る。


 まだ終わっていない。


 災害は続いている。


 そして。


 巨大な災獣ベルグラが、再びこちらを見下ろしていた。







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