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28歳の最強お姉さん冒険者は、自己肯定感ゼロの俺を放っておけない  作者: 慈架太子


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94:従魔の軍勢

 夜明け前の空は暗かった。


 雨雲はまだ空を覆っている。


 崩壊した前線基地には、血と煙と湿った土の臭いが残っていた。


 倒れた壁。


 砕けた防具。


 疲弊した兵士。


 そして、眠れない人間たち。


 誰もが理解していた。


 戦いは終わっていない。


 ゲートイーターは退いていない。


 空間侵食は続いている。


 次はもっと大きい。


 もっと酷い。


 それが分かってしまうほど、あの怪物は異常だった。


 基地中央の仮設天幕。


 レインは椅子に座ったまま眠っていた。


 いや、気絶に近い。


 顔色は白い。


 目の下の隈も濃い。


 呼吸も浅い。


 机には読みかけの資料と地図、それから食べかけの黒パンが置かれている。


 結局、途中で眠ったのだろう。


 セレナは入口からその姿を見て、小さく息を吐いた。


「……頑張りすぎなのよ」


 返事はない。


 当然だ。


 レインは完全に落ちている。


 セレナは静かに近づいた。


 大きな体。


 長い脚。


 鎧を外した姿は、戦士というより静かな美女だった。


 だが肩には無数の古傷がある。


 剣傷。


 火傷。


 爪痕。


 生き残ってきた人間の身体だった。


 彼女は椅子の背へ上着を掛ける。


 それから、机の資料を眺めた。


 転移座標。


 魔力波形。


 侵食範囲。


 全部、レインの手書きだ。


 文字は綺麗だった。


 真面目な性格が出ている。


 ところどころ血が付いているのが痛々しい。


「……本当に」


 セレナは少し困ったように笑った。


「無茶しかしないわね」


 その時だった。


 レインの指先が震えた。


 微弱な魔力。


 暴走しかけている。


 セレナの目が細まる。


 まだ制御できていない。


 無限魔力。


 スキル強奪。


 空間干渉。


 念動。


 普通の人間なら、とっくに壊れている。


 なのに、この少年は生きている。


 生きたまま無理やり前へ進んでいる。


 それが危うかった。


「……起きなさい、レイン」


 肩へ触れる。


 レインがゆっくり目を開けた。


「……セレナさん」


「おはよう」


「朝……?」


「もう昼よ」


「えっ」


 レインが青ざめる。


「す、すみません!」


「いいから落ち着いて」


 セレナが苦笑する。


 レインは慌てて立とうとして、ふらついた。


 セレナが自然に支える。


「危ない」


「……すみません」


「謝る前に食べなさい」


 テーブルへ皿が置かれる。


 スープ。


 黒パン。


 干し肉。


 それから、小さな焼き菓子。


 レインが目を丸くした。


「甘いの……」


「……余ってたの」


 視線を逸らすセレナ。


 レインは少しだけ笑った。


「好きなんですね」


「何のことかしら」


「隠しても分かります」


「最近、生意気になったわね」


 でも怒ってはいない。


 むしろ少し嬉しそうだった。


 レインはスープを飲む。


 温かい。


 疲れた身体に染みる。


「……美味しい」


「厨房借りたの。前線料理は味が酷いから」


「セレナさん、料理できるんですね」


「昔はよく作ってた」


 少しだけ寂しそうな声。


 レインは聞かなかった。


 仲間を失った話。


 弟子を死なせた話。


 全部、まだ傷として残っている。


 だから無理に踏み込まない。


 静かな時間だけを共有する。


 それが今の二人だった。


 その時。


 鐘が鳴った。


 警報。


 基地全体がざわつく。


 兵士が飛び込んできた。


「セレナ様!」


「来た?」


「はい! 西側ダンジョン群で異常発生!」


「規模は?」


「……大規模です」


 兵士の顔が青い。


「魔物が……群れています」


 セレナの顔が険しくなる。


 レインも立ち上がった。


 西側防壁。


 二人が到着した時、誰もが息を呑んでいた。


 地平線。


 そこを埋め尽くす影。


 魔物。


 大量。


 ゴブリン。


 オーク。


 ウルフ。


 トロール。


 ワイバーン。


 普通なら絶対に共存しない魔物たちが、一つの軍勢として進軍していた。


「……ありえない」


 兵士が震える。


「従魔化されてる……」


 セレナが呟いた。


 魔物の目が黒い。


 意思がない。


 何者かに支配されている。


 レインの鑑定が反応した。


【支配系統】


【強制従属】


【空間接続】


【魔力共有】


 レインの顔色が変わる。


「これ……ゲートイーターです」


「……やっぱり」


 セレナが剣を抜く。


「空間侵食だけじゃないのね」


「魔物まで支配してる……」


 絶望的だった。


 数が違う。


 基地戦力では受け切れない。


 しかも転移持ちが混ざれば、防壁は意味を失う。


 兵士たちの士気が崩れ始める。


「終わりだ……」


「無理だろこんなの……」


「逃げるしか……」


 レインはその声を聞いていた。


 怖い。


 当然だ。


 レインも怖い。


 足が震える。


 吐きそうになる。


 でも。


 隣にセレナが立っていた。


 大剣を担ぎ。


 前を見ている。


 逃げない人。


 何度傷ついても立つ人。


 その姿を見て。


 レインの中で何かが動いた。


「……セレナさん」


「ん?」


「従魔って……」


「基本は上位存在が下位を支配する技術」


「じゃあ」


 レインが魔物の群れを見る。


「奪えたら……?」


 セレナの目が細くなる。


「……できるの?」


「分からないです」


 本当に分からない。


 でも。


 スキル強奪。


 魔力吸収。


 空間干渉。


 全部が繋がり始めていた。


「やってみます」


「危険よ」


「はい」


「失敗したら?」


「死ぬかもしれません」


「それでも?」


 レインは小さく息を吸った。


 怖い。


 本当に怖い。


 でも。


「……逃げたくないです」


 セレナがレインを見る。


 少し前なら、この少年は泣きそうな顔で下を向いていた。


 今も弱い。


 震えている。


 でも。


 前を見るようになった。


「……分かった」


 セレナが剣を構える。


「私が守る」


「はい」


「だから、やりなさい」


 その言葉だけで。


 レインの恐怖が少し減った。


 レインは前へ出る。


 兵士たちが驚く。


「お、おい新人!?」


「何する気だ!」


 レインは答えない。


 ただ魔物の軍勢を見る。


 膨大な魔力。


 黒い支配。


 空間接続。


 全部が見える。


 鑑定が暴走する。


 脳が焼ける。


 吐き気。


 激痛。


 それでも。


 レインは手を伸ばした。


「……返せ」


 空間が揺れる。


 魔力が震える。


 ゲートイーターの支配網へ、無理やり侵入する。


 兵士たちが息を呑む。


 黒い糸。


 見えない魔力線。


 それが空に浮かび上がる。


 レインの目から血が流れた。


「ぐっ……!」


「レイン!」


 セレナが支える。


 それでもレインは止まらない。


 奪う。


 喰う。


 支配を引き裂く。


 その瞬間。


 先頭のワイバーンが止まった。


 赤い目が揺れる。


 次の瞬間。


 咆哮。


 ワイバーンが後方の魔物へ噛みついた。


 軍勢が乱れる。


「なっ……!?」


 さらに。


 オーク。


 ウルフ。


 トロール。


 支配が剥がれていく。


 ゲートイーターの統率が崩壊する。


 レインの身体が限界を迎える。


 膝が崩れる。


 だが。


 セレナが支えた。


 強い腕。


 温かい身体。


「よくやった」


 その声が聞こえた瞬間。


 基地全体が動いた。


「今だ!」


「押し返せ!」


「魔物同士が争ってる!」


 戦場が変わる。


 絶望だった軍勢が崩れ始める。


 そして。


 セレナが笑った。


 獰猛に。


 美しく。


「反撃開始よ」








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