↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28歳の最強お姉さん冒険者は、自己肯定感ゼロの俺を放っておけない  作者: 慈架太子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

90/115

90:男になる

 夜明け前の空は暗い。


 灰色の雲が低く垂れ込め、冷たい雨が前線基地を濡らしていた。


 見張り塔の鐘が短く三度鳴る。


 緊急招集。


 兵士たちが慌ただしく走り始める。


 眠気も疲労も消えないまま、人が武器を掴み、鎧を着込み、怒鳴り声が飛ぶ。


「北側坑道、第七層付近で魔力異常!」


「群れだ! 数が多い!」


「後退してる部隊がいるぞ!」


 基地の空気が一瞬で変わる。


 戦場の匂い。


 張り詰めた緊張。


 血の予感。


 宿舎の一室で、レインは目を開けた。


 浅い眠りだった。


 身体は重い。


 最近ずっとそうだ。


 魔力を使い過ぎている。


 頭痛。


 吐き気。


 指先の痺れ。


 身体の奥に、熱とも冷たさとも違う異物感が残っている。


 それでも立ち上がる。


 窓を開けると、冷たい雨が頬へ当たった。


 遠くで怒号が響いている。


 レインは静かに息を吐いた。


「……また、来たんだ」


 嫌だった。


 怖い。


 本当は行きたくない。


 震えは今でも止まらない。


 でも。


 逃げたくない。


 あの人がいるから。


 レインは急いで装備を整えた。


 安物だった片手剣は、もう違う。


 刃は打ち直され、補強され、彼の魔力に耐えるよう調整されている。


 柄には細かな傷が増えた。


 戦った証だ。


 外へ出る。


 冷たい雨。


 兵士たちの焦った顔。


 荷車が走り、治癒班が薬品箱を運び、食堂では炊き出しの準備が始まっている。


 戦場では、飯が止まれば全部が終わる。


 この基地は、それを知っていた。


「レイン!」


 振り向く。


 セレナがいた。


 濡れた銀髪。


 黒の戦装束。


 巨大な大剣。


 傷だらけの身体。


 それでも、立っているだけで周囲が安心する。


 強い。


 本当に。


 誰よりも。


「状況は!」


「第七層で大規模氾濫!」


 セレナが歩きながら説明する。


「奥にいた上位種が動いたみたい」


「前線が押されてる」


「第二防衛線まで下がる可能性がある」


 レインの顔が強張る。


「そんなに……」


「今回はまずい」


 セレナの声は冷静だった。


 だからこそ重い。


「私が前に出る」


「レインは後方支援」


「無理はしない」


「いい?」


 レインは一瞬だけ黙る。


「……はい」


 本当は。


 前へ行きたい。


 守りたい。


 支えたい。


 でも。


 今の自分はまだ弱い。


 無茶をすれば、逆に足を引っ張る。


 それは理解している。


 セレナが足を止める。


 そして。


 レインの頭へ軽く手を乗せた。


「ちゃんと戻ってきなさい」


 レインが目を見開く。


「セレナさん……」


「約束」


 その目は真っ直ぐだった。


 強くて。


 優しくて。


 少しだけ不安そうだった。


 レインは胸の奥が熱くなる。


「……はい」


「絶対に戻ります」


 セレナが少し笑う。


「よし」


 そのまま彼女は走り出した。


 速い。


 雨を裂くように進む。


 前線へ。


 死地へ。


 誰よりも先に。


 レインはその背中を見つめる。


 綺麗だと思った。


 強いだけじゃない。


 あの人は、ずっと誰かを守ってきた。


 傷だらけになりながら。


 裏切られても。


 失っても。


 立ち続けてきた。


 だから。


 今度は。


 自分が支えたい。


 その感情を、レインはようやく理解し始めていた。


 戦場は地獄だった。


 第七層へ繋がる坑道は半壊している。


 岩壁には爪痕。


 血。


 焼け焦げた臭い。


 兵士たちが必死に防衛線を維持していた。


「押されるな!」


「治癒班下がれ!」


「魔導砲、装填急げ!」


 そこへ。


 咆哮。


 巨大な影が現れる。


 黒い外殻。


 六本脚。


 複眼。


 大型上位種《アビス・マンティス》。


 兵士たちの顔が引き攣る。


「上位種だ!」


「こんな数……!」


 一体じゃない。


 三体。


 さらに後方には群れ。


 絶望的な数だった。


 その瞬間。


 炎が走る。


 轟音。


 爆炎。


 セレナが飛び込んだ。


「下がりなさい!!」


 巨大な大剣が振り抜かれる。


 火属性強化。


 圧倒的膂力。


 一撃でアビス・マンティスの脚が吹き飛ぶ。


 兵士たちが歓声を上げる。


「セレナ隊長!」


「押し返せ!」


 彼女は前へ出る。


 誰よりも前に。


 傷つきながら。


 それでも止まらない。


 レインは後方支援位置から、その戦場を見ていた。


 魔法を展開する。


 水。


 風。


 土。


 複合制御。


「水牢」


 水流が魔物を拘束。


「風圧」


 動きを逸らす。


「石杭」


 地面から岩槍が突き上がる。


 以前より遥かに精度が上がっている。


 兵士たちが驚く。


「新人の魔法か……?」


「いや、あれおかしいぞ」


「制御量が異常だ」


 レインは歯を食いしばる。


 頭痛が酷い。


 身体が軋む。


 魔力が暴れている。


 でも止めない。


 セレナが戦っている。


 なら、自分も立つ。


 突然。


 嫌な感覚が走った。


 鑑定。


 反射的に発動する。


 奥。


 崩れた坑道の先。


 巨大な魔力反応。


 桁が違う。


 レインの顔色が変わる。


「……来る」


 次の瞬間。


 地面が割れた。


 轟音。


 岩盤が吹き飛ぶ。


 現れたのは、巨大な黒竜だった。


 兵士たちが絶句する。


「嘘だろ……」


「竜種……!」


「こんな浅層に!?」


 絶望が広がる。


 セレナですら目を見開いた。


「最悪ね……」


 黒竜が咆哮する。


 空気が震える。


 恐怖だけで人が動けなくなる。


 レインの身体も震えた。


 喉が詰まる。


 吐き気。


 足が動かない。


 怖い。


 本当に。


 死ぬ。


 でも。


 その視線の先。


 黒竜が狙っているのは。


 後方の避難班だった。


 怪我人。


 治癒師。


 食料運搬。


 非戦闘員。


 レインの呼吸が止まる。


 セレナが走る。


 間に合わない。


 距離が遠い。


 黒竜の口に魔力が集まる。


 ブレス。


 撃たれれば終わる。


 その瞬間。


 レインは前へ出ていた。


 恐怖より先に身体が動いた。


「レイン!?」


 セレナが叫ぶ。


 レインは震える手を前へ出す。


 無限魔力。


 暴走寸前。


 それでも。


 今だけは。


 使う。


「……止まれえええええ!!」


 魔力が爆発する。


 水。


 土。


 風。


 光。


 全部を重ねる。


 複合防壁。


 巨大な壁が展開された。


 次の瞬間。


 黒竜のブレスが直撃する。


 轟音。


 爆発。


 世界が白く染まる。


 防壁が軋む。


 割れる。


 崩れる。


 レインの身体から血が噴き出した。


「がっ……!」


 耐えろ。


 折れるな。


 止めろ。


 後ろには人がいる。


 セレナがいる。


 絶対に。


 通さない。


「レイン!!」


 セレナが駆ける。


 その瞬間。


 レインの中で何かが変わった。


 怖い。


 苦しい。


 死にそうだ。


 それでも。


 逃げたくない。


 守りたい。


 この人を。


 この場所を。


 自分の意思で。


 初めて。


 レインは。


 “守られる側”ではなく。


 “守る側”へ立った。


 防壁が砕ける。


 同時に。


 セレナの炎が黒竜へ叩き込まれた。


 爆炎。


 絶叫。


 戦場が揺れる。


 そして。


 崩れ落ちるレインを。


 セレナが抱き止めた。


「……っ」


 レインの意識が霞む。


 でも。


 腕の感触は分かった。


 温かい。


 強い。


 震えている。


「馬鹿……!」


 セレナの声が掠れる。


「なんで、そんな無茶……!」


 レインは薄く笑った。


「……だって」


 息が苦しい。


 それでも。


「セレナさんが……守ってきた場所だから」


 セレナの目が揺れる。


 その瞬間。


 彼女は理解してしまった。


 この少年はもう。


 ただ守られるだけの子供じゃない。


 怖くても。


 震えても。


 吐いても。


 最後だけは逃げない。


 そして今。


 誰かを守るために、自分を投げ出した。


 それは。


 男になる、ということだった。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。