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28歳の最強お姉さん冒険者は、自己肯定感ゼロの俺を放っておけない  作者: 慈架太子


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78:奪いすぎた力

 王都の朝は早い。


 石畳を叩く荷車の音。


 焼きたての黒パンの匂い。


 市場へ向かう商人たちの怒鳴り声。


 湯気を上げる屋台。


 まだ薄暗い時間なのに、人はもう動き始めていた。


 レインは宿屋の裏口で、水桶を運んでいた。


 両腕が痛い。


 肩が重い。


 昨日の魔力暴走の影響が残っている。


 身体が鉛みたいだった。


「無理するなって言ったでしょう」


 背後から声が飛ぶ。


 セレナだった。


 銀髪を後ろで軽く結び、片手には朝食用の紙袋を持っている。


 長身。


 細いのに圧がある。


 ただ歩いているだけで周囲が道を空ける。


 強い人間の空気だった。


「……すみません」


「謝る前に休みなさい」


「でも、宿代……」


「一日くらい私が出す」


「それは駄目です」


 即答だった。


 セレナは少し目を細める。


「律儀ね」


「借りっぱなし、嫌なんです」


 レインは水桶を置く。


 少し息が上がっている。


 情けない。


 こんな程度で疲れる。


 セレナはその様子を見ながら、紙袋から串焼きを取り出した。


「食べる?」


「……朝から肉ですか」


「ちゃんと食べないと倒れる」


「でも高いでしょう」


「余計なお世話」


 セレナは半ば強引に押し付けた。


 レインは困った顔をしながら受け取る。


 温かい。


 香辛料の匂い。


 肉汁。


 胃が動く。


「……美味しい」


「そりゃ良かった」


 セレナも壁へ寄りかかりながら食べ始める。


 朝の静かな時間。


 二人だけ。


 最近、こういう時間が増えていた。


 無理に喋らない。


 でも気まずくない。


 レインは少しずつ、それに慣れ始めていた。


「今日、ギルド行くんですか」


「ん」


「討伐依頼?」


「午前は素材納品。午後はダンジョン」


「……忙しいですね」


「生きるのって大変だから」


 セレナは笑う。


 その笑い方は少し疲れていた。


 レインは知っている。


 この人はいつも余裕そうに見える。


 でも本当はずっと戦っている。


 誰よりも。


 強い人間ほど、休めない。


 その時。


 通りの向こうから数人の男が歩いてきた。


 冒険者だ。


 装備の質が高い。


 動きも洗練されている。


 ベテラン。


 その中の一人がセレナを見る。


 茶髪の男。


 三十代半ば。


 槍使い。


 目つきが鋭い。


 そして。


「……セレナ?」


 空気が変わった。


 セレナの顔から笑みが消える。


「久しぶりだな」


 男は近づいてきた。


 他の仲間も止まる。


 レインは空気の重さを感じた。


 知り合い。


 しかも。


 あまり良い相手じゃない。


「ガルク」


 セレナの声が低い。


 男――ガルクは苦笑した。


「相変わらず綺麗だな」


「用件は」


「冷たいな」


「用件」


 空気が鋭い。


 レインは黙る。


 セレナのこんな顔、初めて見た。


 完全に警戒している。


 ガルクは肩を竦めた。


「別に大した話じゃない」


「ただ、お前が新人拾ってるって聞いてな」


 視線がレインへ向く。


 嫌な感じだった。


 値踏み。


 観察。


「……へぇ」


 レインは視線を逸らす。


 怖い。


 苦手だ。


 こういう人。


「細いな」


「……」


「弱そうだ」


「……はい」


「実際弱いだろ」


 レインは何も言えない。


 事実だから。


 ガルクは鼻で笑う。


「お前、昔からこういうの好きだったよな」


 その瞬間。


 セレナの目が冷えた。


「やめなさい」


「何が?」


「その話し方」


「事実だろ」


 ガルクは少し笑う。


「弱い奴拾って、守って、背負って」


「で、死なせる」


 空気が止まった。


 レインが目を見開く。


 セレナの指先が微かに震えた。


 ガルクは気づかない。


 いや。


 気づいていて言っている。


「弟子の時もそうだったな」


「……」


「結局、お前が抱え込んで終わり」


「……黙れ」


「まだ引きずってんのか?」


 その瞬間。


 熱。


 空気が歪んだ。


 セレナの周囲から炎の魔力が漏れる。


 石畳が焦げる。


 周囲の冒険者が一歩下がった。


 レインは息を呑む。


 怖い。


 圧が違う。


 これが本気のS級。


「それ以上言うな」


 低い声。


 怒鳴っていない。


 でも恐ろしい。


 ガルクは数秒黙り、それから小さく息を吐いた。


「……悪かった」


 本気で怒っていると理解したらしい。


「ただ心配してるだけだ」


「余計なお世話」


「そうかよ」


 ガルクはレインを見る。


「新人」


「……はい」


「忠告しとく」


「セレナは強い」


「強すぎる」


「普通の男じゃ隣立てない」


 レインの胸が少し痛む。


「お前、そのうち壊れるぞ」


 そう言って去っていく。


 仲間たちも続く。


 静かになった。


 朝の喧騒だけが戻る。


 でも。


 空気は重いままだった。


 セレナはしばらく動かなかった。


 拳を握ったまま。


 レインは声をかけられない。


 やがて。


「……ごめん」


 セレナが呟いた。


「嫌なもん見せた」


「いえ」


 レインは首を振る。


 でも。


 気になった。


「弟子って」


 セレナが黙る。


 少しだけ遠くを見る目。


「昔いたの」


「女の子」


「強くなりたがってた」


 声が静かだった。


「才能もあった」


「真っ直ぐで」


「怖がりで」


「頑張り屋で」


 少し笑う。


「……ちょっと、あなたに似てた」


 レインは何も言えない。


「守れると思ってた」


「私なら大丈夫だって」


「でも死んだ」


 短い言葉。


 重い。


 セレナは壁へ寄りかかる。


「私が判断ミスした」


「撤退、遅れた」


「結果、死んだ」


 レインの胸が苦しくなる。


「それから」


「若い子見ると、無理させたくなくなった」


「……」


「過保護でしょ」


 セレナは笑った。


 でも目が笑っていない。


 レインは分かった。


 この人はずっと自分を責めている。


 何年も。


 だから守ろうとする。


 だから抱え込む。


 だから幸せになれないと思っている。


「セレナさん」


「ん?」


「その人は」


 レインは言葉を探す。


「……あなたのこと、嫌いじゃなかったと思います」


 セレナが目を瞬かせた。


「なんでそう思うの」


「だって」


 レインは俯きながら言う。


「命懸けでついていったんでしょう」


「なら、信じてたんだと思います」


 セレナは黙る。


 朝の風が吹く。


 少し冷たい。


「……ほんと」


 セレナは小さく笑った。


「あなた、変なとこ優しい」


 レインは困った顔をする。


「すみません」


「だから謝るなって」


 セレナは軽く額を小突いた。


 その時だった。


 突然。


 レインの胸が熱くなる。


「っ……!」


 身体が揺れる。


 魔力。


 また暴走しかけた。


「レイン!?」


 呼吸が乱れる。


 視界が歪む。


 頭の奥で何かが疼く。


 その瞬間。


 レインの脳裏へ、昨日の魔物の映像が浮かんだ。


 巨大狼。


 討伐時。


 最後。


 自分は確かに触れた。


 魔力を。


 奪った。


「……あ」


 理解する。


 これ。


 自分の力じゃない。


 混ざっている。


 異物。


 奪った魔力。


 スキル強奪。


 無意識に吸っていた。


「っ、は……!」


 レインが膝をつく。


 吐き気。


 頭痛。


 身体が軋む。


 セレナが即座に抱える。


「レイン!」


「違う……これ……」


「何が起きてる!?」


「奪った……」


 震える声。


「魔物の……力……」


 セレナの顔が変わる。


「……は?」


「吸ってた……」


「無意識に……」


 レインは吐きそうになりながら呟く。


「多分……それが、混ざって……」


 セレナは息を呑む。


 そんな能力。


 聞いたことがない。


 魔力吸収。


 それだけじゃない。


 他者の力を取り込んでいる。


 しかも無自覚で。


「……冗談でしょ」


 レインは震える。


「僕……」


 怖い。


 自分が。


 人間じゃないみたいだった。


「奪いすぎた……」


 セレナはレインを強く抱き支える。


「落ち着け」


「でも」


「落ち着け」


 低い声。


 力強い声。


 レインは必死に呼吸を整える。


 怖い。


 怖い。


 怖い。


 もし制御できなかったら。


 もし誰かから勝手に奪ったら。


 もし。


 人まで。


「……僕」


 震える唇。


「最低だ」


 セレナは即座に否定した。


「違う」


「でも!」


「違わないなら、今そんな顔しない」


 レインは固まる。


 セレナは真っ直ぐ言った。


「あなたは力に酔ってない」


「怖がってる」


「なら、まだ大丈夫」


 その言葉が。


 少しだけ。


 レインを救った。







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