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28歳の最強お姉さん冒険者は、自己肯定感ゼロの俺を放っておけない  作者: 慈架太子


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76:複合魔法

 夜の雨が、石畳を静かに叩いていた。


 王都の灯りは濡れた路面へ滲み、路地裏を淡い金色に染めている。


 宿屋の窓から外を眺めながら、レインは小さく息を吐いた。


 今日も疲れていた。


 昼は依頼。


 夕方は鍛錬。


 戻ってからは洗濯と料理。


 以前なら途中で潰れていた量だ。


 でも、今は動ける。


 身体は重い。


 腕も痛い。


 それでも。


 少しずつ、自分の中に芯ができている感覚があった。


 テーブルには紙が広がっている。


 魔法式。


 走り書き。


 水属性と風属性の組み合わせ。


 熱量制御。


 魔力循環。


 線だらけだった。


 レインは昔から本を読むのが好きだった。


 戦うより。


 人と話すより。


 静かな文字の世界の方が落ち着いた。


 だから魔法理論書も読んでいた。


 新人のくせに妙な本ばかり読んでいると、昔はよく笑われた。


 けれど。


 今、その知識が少しずつ形になり始めていた。


「また難しい顔してる」


 後ろから声。


 セレナだった。


 風呂上がりらしい。


 銀髪が少し湿っている。


 黒いシャツ一枚。


 長い脚。


 肌に残る湯気。


 妙に色気が強い。


 レインは一瞬で視線を逸らした。


「……っ」


「何その反応」


「い、いえ」


「変な子」


 セレナは笑いながら椅子へ座る。


 葡萄酒ではなく、今日は温かい茶だった。


 最近、レインの淹れる茶を気に入っている。


 特に甘めの香草茶。


 本人は隠しているつもりだが、甘いものに弱い。


 レインは紙を隠そうとする。


 セレナがそれを止めた。


「見せなさい」


「まだ失敗ばかりなので」


「失敗込みで見る」


 紙を取る。


 セレナは目を細めた。


「……複合?」


「はい」


「水と風?」


 レインは頷く。


「水だけだと威力が弱くて」


「風だけだと制御が散るので」


「混ぜたら、速度と貫通を両立できるかなって」


 セレナは少し黙る。


「誰に教わったの」


「独学です」


「……本当に?」


「はい」


 セレナは紙を見る。


 魔力の流れ。


 属性の重なり。


 熱量分散。


 新人が書く内容じゃない。


 普通なら中級魔導士でも避ける。


 複合魔法は難しい。


 魔力制御が狂えば暴発する。


 属性干渉で身体が壊れることもある。


 だから普通はやらない。


 でも。


 レインはやっている。


 恐る恐る。


 何度も失敗しながら。


 それでも積み上げている。


「……試した?」


「少しだけ」


「結果は」


「部屋が壊れました」


 セレナは吹き出した。


「何やってるの」


「すみません」


「謝る前に止めなさい」


 笑いながら言う。


 でも目は真面目だった。


「怪我は」


「ないです」


「本当に?」


「ちょっと吹き飛びましたけど」


「それ怪我寸前」


 セレナは額を押さえる。


「本当に危なっかしい」


 レインは俯く。


「……でも」


「ん?」


「使えたら」


 小さな声。


「少しは、戦えるかなって」


 セレナは茶を飲みながら黙る。


 レインは続けた。


「僕、身体弱いから」


「近づくと負けます」


「力もないし」


「剣も遅いし」


「だから」


 紙へ目を落とす。


「工夫しないと」


 セレナはその横顔を見る。


 以前のレインなら、自分の弱さを言葉にできなかった。


 怖かったから。


 認めた瞬間、本当に価値がなくなる気がしていたから。


 でも今は違う。


 弱いと認めた上で、進もうとしている。


 それは小さい変化だ。


 でも。


 大きな前進だった。


「……外行くわよ」


「え?」


「試す」


 レインが顔を上げる。


「今から?」


「今だから」


 夜の訓練場。


 雨は弱くなっていた。


 王都の外壁近くにある簡易訓練場には誰もいない。


 地面は濡れている。


 空気は冷たい。


 セレナは腕を組みながら立つ。


「やってみなさい」


 レインは緊張していた。


 喉が乾く。


 失敗したらどうしよう。


 暴発したら。


 笑われたら。


 そんな考えが浮かぶ。


 でも。


 セレナは待っていた。


 急かさない。


 怒らない。


 ただ見ている。


 だから。


 レインは深呼吸した。


「……行きます」


 右手へ水魔法。


 左手へ風魔法。


 魔力を分ける。


 流れがぶつかる。


 難しい。


 少しズレるだけで崩壊する。


 レインの額から汗が落ちる。


 セレナは気づいた。


 魔力量がおかしい。


 普通の新人じゃない。


 底が見えない。


 それなのに制御が未熟だから危うい。


 巨大な洪水を、細い水路へ無理矢理流しているような状態だった。


「……っ」


 水が渦を巻く。


 風が回転する。


 混ざる。


 ぶつかる。


 弾ける。


 瞬間。


 透明な槍が生まれた。


 水の槍。


 その周囲を風が高速回転している。


 レインは目を見開いた。


「でき……」


 次の瞬間。


 暴発。


「わっ!?」


 水と風が炸裂する。


 レインが吹き飛ぶ。


 地面へ転がった。


「痛っ……!」


 セレナは呆れながら近づく。


「馬鹿」


「すみません……」


「謝罪禁止」


 レインは泥だらけで起き上がる。


 でも。


 顔は少し違った。


「……今、少しできました」


 セレナは笑う。


「ええ」


「確かに」


「形にはなってた」


 レインの胸が熱くなる。


 認められた。


 少しだけ。


 それが嬉しい。


「もう一回」


「休憩してから」


「でも」


「焦ると崩れる」


 セレナはレインの前へしゃがむ。


 視線を合わせる。


「レイン」


「はい」


「強くなる人間ってね」


「……はい」


「無茶する人じゃない」


 レインは黙る。


 セレナは続けた。


「ちゃんと積める人」


「一歩ずつ」


「倒れても」


「また立つ人」


 雨の匂いがした。


 夜風が銀髪を揺らす。


 セレナの瞳は静かだった。


「あなた、昔よりちゃんと立てるようになった」


 レインは目を開く。


「……そうですか」


「そう」


 セレナは立ち上がる。


「だから焦らなくていい」


 レインは小さく息を吐いた。


 少しだけ。


 肩の力が抜ける。


 それから二人は訓練を続けた。


 水。


 風。


 混ぜる。


 失敗。


 転ぶ。


 爆発。


 また失敗。


 それでも。


 少しずつ形になる。


 深夜近く。


 ついに。


 透明な槍が真っ直ぐ飛んだ。


 風を纏った水槍。


 高速回転。


 圧縮。


 貫通。


 石壁へ突き刺さる。


 轟音。


 壁が深く抉れた。


 静寂。


 レインは呆然とする。


「……できた」


 セレナは壁を見る。


 目を細める。


「新人の威力じゃない」


 レインは息を切らしていた。


 全身が重い。


 でも。


 胸の奥が熱い。


 自分で作った。


 自分で積み上げた。


 誰かの真似じゃない。


 小さな一歩。


 でも。


 確かに前へ進んでいる。


 セレナはそんなレインを見ていた。


 嬉しそうだった。


 それが少し不思議だった。


 昔なら。


 誰かが強くなるのを見ると怖かった。


 失う未来を想像した。


 でも今は違う。


 この子は。


 ちゃんと帰ってくる気がする。


 そう思えた。


「レイン」


「はい」


「今日は合格」


 レインが目を瞬かせる。


「……合格」


「複合魔法の入口には立った」


 その言葉に。


 レインは小さく笑った。


 弱い笑顔。


 まだ自信はない。


 でも。


 少しだけ誇らしそうだった。


 夜の訓練場。


 雨上がりの空。


 二人の吐く白い息が、静かに闇へ溶けていった。







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