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28歳の最強お姉さん冒険者は、自己肯定感ゼロの俺を放っておけない  作者: 慈架太子


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67:逃げる

 夜だった。


 王都の灯りが窓の外で揺れている。


 宿屋の部屋は静かだった。


 小さな机。


 二つの椅子。


 干された洗濯物。


 壁へ立てかけられた大剣。


 生活の匂いがする部屋。


 以前のレインなら、落ち着かなかった。


 誰かと同じ空間で暮らすこと自体が苦手だったからだ。


 でも。


 今は少し違う。


 セレナがいる空間は、怖いだけではなかった。


 温かい。


 安心する。


 そう思ってしまう自分がいる。


 だからこそ。


 今、レインは苦しかった。


「……」


 ベッドへ座ったまま、膝を抱える。


 頭の中で何度も昼間の言葉が回っていた。


『嫉妬してた』


 ミリアの笑い声。


 セレナの柔らかい声。


『私はレイン置いてどっか行かない』


 胸が熱くなる。


 同時に、怖くなる。


 おかしい。


 こんなの。


 自分みたいな人間が。


 レインは頭を抱えた。


 分不相応だ。


 セレナはS級冒険者。


 綺麗で。


 強くて。


 誰よりも前へ立つ人。


 対して自分は。


 弱い。


 暗い。


 怖がり。


 人と目も合わせられない。


 そんな人間が。


 嫉妬なんて。


 隣にいたいなんて。


 考えていい相手じゃない。


 気持ち悪い。


 またそう思う。


 昔からだ。


 誰かへ好意を持つたび、自分が嫌になる。


 だから逃げてきた。


 近づかない。


 期待しない。


 そうして生きてきた。


 でも。


 セレナは距離を詰めてくる。


 自然に。


 優しく。


 だから余計に苦しかった。


「……無理」


 小さく呟く。


 このままじゃ駄目だ。


 期待してしまう。


 勘違いしてしまう。


 レインは立ち上がった。


 静かに剣を取る。


 逃げるように。


 部屋を出た。


 夜風は冷たかった。


 王都の夜。


 酒場から笑い声が漏れる。


 酔っ払い。


 楽団の音。


 遠くの鐘。


 人の多い大通りを避け、レインは裏路地を歩いていた。


 頭を冷やしたかった。


 考えたくなかった。


 でも考えてしまう。


 セレナの顔。


 声。


 笑い方。


 全部。


「……っ」


 苦しい。


 胸が。


 どうしていいか分からない。


 その時だった。


「おい」


 低い声。


 レインが顔を上げる。


 男が三人いた。


 路地の奥。


 酒臭い。


 冒険者崩れのような装備。


 目つきが悪い。


「お前、あれだろ」


「《紅蓮》の」


 レインの身体が強張る。


 本能的に危険を感じた。


「……何ですか」


「別に」


 男が笑う。


「ちょっと聞きたいだけ」


「なんでお前みたいなのが、セレナと組んでんの?」


 レインは黙る。


 嫌な空気だった。


 逃げたい。


 でも囲まれている。


「噂じゃ気に入られてるらしいな」


「可愛がってもらってんのか?」


「羨ましいねえ」


 笑い声。


 レインの呼吸が浅くなる。


 怖い。


 昔を思い出す。


 囲まれる感覚。


 見下される感覚。


 身体が震え始める。


「答えろよ」


 一人が胸ぐらを掴んだ。


 レインの肩が跳ねる。


「っ……」


「ほんと情けねえ顔」


「こんなのが隣とか、セレナも趣味悪いな」


 頭が真っ白になる。


 怖い。


 苦しい。


 吐きそう。


 逃げたい。


 逃げたい。


 逃げたい。


「離して」


 やっと出た声は小さかった。


「は?」


「離してください」


「嫌だって言ったら?」


 男が笑う。


 レインの視界が揺れる。


 駄目だ。


 動けない。


 その時。


「その辺にしなさい」


 空気が凍った。


 男たちが振り向く。


 路地入口。


 そこにセレナが立っていた。


 銀髪。


 赤い瞳。


 静かな怒気。


 男たちの顔色が変わる。


「セ、セレナ」


「違うんだ、これは」


「何が?」


 セレナの声は静かだった。


 静かな方が怖い。


「手、離して」


 男が慌ててレインから離れる。


 セレナはゆっくり近づく。


 ヒールの音が響く。


 一歩ごとに圧が増す。


「私の仲間に触った?」


「いや、その」


「脅した?」


「誤解だ!」


「そう」


 セレナは笑わなかった。


「なら次から気をつけて」


 火属性魔力が漏れる。


 熱。


 圧力。


 男たちが青ざめる。


「わ、分かった!」


「悪かった!」


 三人は逃げるように去っていった。


 静寂。


 残るのは夜風だけ。


 レインは俯いたままだった。


 震えが止まらない。


 情けない。


 また守られた。


 また何もできなかった。


 セレナが近づく。


「怪我は」


「……ないです」


「そう」


 セレナは少し黙る。


「なんで出てったの」


 レインは答えられない。


 セレナは続ける。


「探した」


「……すみません」


「また謝る」


 レインは唇を噛む。


 限界だった。


「だって」


 声が震える。


「だって、仕方ないじゃないですか」


 セレナが目を細める。


 レインは俯いたまま言葉を吐き出した。


「僕、変なんです」


「……」


「気持ち悪いし」


「弱いし」


「すぐ嫉妬するし」


「勝手に期待するし」


 呼吸が乱れる。


「だから距離置こうと思って」


 セレナが黙る。


 レインは止まらない。


「セレナさんに迷惑かけたくないんです」


「……」


「こんなの、絶対重いから」


 レインは拳を握る。


「だから逃げようって」


 夜風が吹く。


 静かな路地。


 セレナはしばらく何も言わなかった。


 やがて。


 小さく息を吐く。


「レイン」


「……はい」


「こっち見て」


 レインは首を振った。


「無理です」


「見る」


「……」


「命令」


 レインはゆっくり顔を上げた。


 セレナは真っ直ぐ見ていた。


 逃がさない目。


「まず」


 セレナが言う。


「嫉妬するのは普通」


「……え」


「好きな人取られそうなら嫌でしょ」


 レインの顔が一瞬で赤くなる。


「す、好きって」


「違うの?」


 言葉が詰まる。


 否定できない。


 セレナは少しだけ笑った。


「あと」


 一歩近づく。


「重いとか、勝手に決めない」


「……」


「私、もっと重い男いっぱい見てきた」


「比較対象が酷い……」


「本当に酷かった」


 少し笑う。


 それから。


 セレナは真面目な顔へ戻った。


「レイン」


「はい」


「逃げないで」


 胸が痛む。


 セレナは続ける。


「怖いのは分かる」


「自信ないのも分かる」


「でも」


 静かな声。


「何も言わず消えられる方が嫌」


 レインは目を見開く。


 セレナは少し視線を逸らした。


「……心配するから」


 その言葉が胸へ落ちる。


 温かい。


 苦しい。


 泣きそうになる。


 レインは俯いた。


「僕」


「うん」


「どうしたらいいか分からないです」


 本音だった。


 恋愛なんて知らない。


 誰かを好きになっても、全部諦めてきた。


 セレナはそんなレインを見る。


 それから。


 本当に自然に。


 レインの頭へ手を置いた。


「ひゃっ」


「うるさい」


 優しく撫でる。


 大きな手。


 温かい。


「分からないなら、今はそれでいい」


「……」


「少しずつ覚えなさい」


 セレナは微笑む。


「一緒に」


 レインの胸が熱くなる。


 逃げたかった。


 でも。


 この人は追いかけてくる。


 手を掴む。


 置いていかない。


 だから。


 逃げきれない。


 レインは小さく息を吐いた。


「……ずるい」


「何が?」


「セレナさん」


 セレナは少し笑った。


「今さら」







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