↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28歳の最強お姉さん冒険者は、自己肯定感ゼロの俺を放っておけない  作者: 慈架太子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

66/114

66:嫉妬

 昼下がりの王都は騒がしかった。


 中央通り。


 石畳の両脇には露店が並び、香辛料の匂いと焼き肉の煙が混ざり合っている。


 商人の呼び声。


 子供の笑い声。


 荷馬車の軋む音。


 王都はいつも、人で溢れていた。


 その喧騒の中を、レインは静かに歩いていた。


 隣にはセレナ。


 銀髪が陽光を反射し、通り過ぎる人間が何度も振り返る。


 目立つ。


 本当に。


 レインは少しだけ肩を縮めた。


 まだ慣れない。


 セレナと並ぶこと。


 視線を浴びること。


 自分が場違いだと思ってしまうこと。


「また猫背」


 セレナが横から言った。


「……すみません」


「伸ばす」


 レインは慌てて背筋を伸ばした。


 すると今度はぎこちなくなる。


 セレナが小さく笑う。


「極端」


「難しいです」


「慣れ」


 そう言いながら、セレナは露店を眺めていた。


 今日は依頼帰りだった。


 第五階層の素材回収。


 危険度は低め。


 それでもレインにとっては十分怖かった。


 大型の魔獣は出なかった。


 代わりに数が多かった。


 群れ。


 連携。


 判断。


 レインは必死だった。


 水属性で拘束。


 索敵。


 補助。


 まだ前衛としては弱い。


 でも。


 以前より動けていた。


 セレナもそれを見ていた。


「今日、悪くなかった」


「……本当ですか」


「本当」


 レインの胸が少し温かくなる。


 その時だった。


「セレナ!」


 女の声。


 二人が振り向く。


 そこにいたのは、赤髪の女冒険者だった。


 二十五歳前後。


 長身。


 槍使いらしい引き締まった身体。


 美人。


 気の強そうな目。


 軽装の鎧。


 周囲の男たちがちらちら見ている。


「久しぶりね!」


 女は笑いながら近づいてきた。


 セレナが少し目を見開く。


「……ミリア」


「生きてた?」


「勝手に殺さないで」


「ははっ、相変わらずだ」


 二人の距離感は近かった。


 気安い。


 長い付き合いなのが分かる。


 レインは少し後ろへ下がった。


 自然と。


「誰?」


 ミリアがレインを見る。


 視線が鋭い。


「新しい子?」


「パーティ組んでる」


「へえ」


 ミリアはレインを上から下まで見た。


 観察。


 冒険者特有の視線。


「細い」


「弱そう」


「……」


「でも魔力変ね」


 レインの肩が少し揺れる。


 見抜かれた。


 セレナが口を開く。


「レイン」


「ふーん」


 ミリアはニヤリと笑った。


「例の噂の子か」


 レインは居心地が悪かった。


 こういう人は苦手だ。


 距離が近い。


 圧が強い。


 セレナとは違う意味で怖い。


「今暇?」


 ミリアがセレナへ聞く。


「少し」


「じゃあ酒付き合いなさいよ」


「昼」


「昼だから」


 ミリアは笑う。


 セレナも少しだけ呆れた顔をした。


「昔から変わらない」


「そっちも」


 その会話を聞きながら、レインは黙っていた。


 知らないセレナだった。


 昔の仲間。


 同世代。


 気軽に話せる相手。


 レインはそこへ入れない。


 当然だ。


 自分は新人。


 弱い。


 年も離れている。


 それでも。


 胸の奥が妙にざわついた。


「ん?」


 ミリアがレインを見る。


「何その顔」


「え」


「不安そう」


 レインが固まる。


 見抜かれていた。


 ミリアは笑う。


「安心しなさい」


「私はセレナ取らないから」


 レインの顔が赤くなる。


「ち、違」


「違わない顔してる」


「ミリア」


 セレナの声が少し低くなる。


「からかうな」


「だって分かりやすい」


 ミリアは楽しそうだった。


 レインは視線を逸らす。


 心臓がうるさい。


 違う。


 いや違わない。


 でも違う。


 自分でも整理できない。


 セレナは溜め息を吐いた。


「レイン」


「……はい」


「気にしなくていい」


 その言葉が逆に苦しい。


 子供扱いされている気がする。


 守られている。


 また。


 ミリアは面白そうに二人を見ていた。


「へえ」


「珍しいな」


「何が」


「セレナがそんな顔するの」


 セレナが眉を寄せる。


「どんな」


「優しい顔」


 レインが思わずセレナを見る。


 セレナは少し嫌そうな顔をした。


「酒臭い」


「話逸らした」


「うるさい」


 ミリアは笑う。


 本当に気安い。


 レインはまた胸が重くなった。


 自分は知らない。


 セレナの昔を。


 仲間を。


 戦場を。


 笑っていた頃を。


 自分は途中から来た人間だ。


 その感覚が、急に苦しくなる。


「レイン?」


 セレナが気づく。


「顔色悪い」


「……大丈夫です」


「大丈夫じゃない顔」


 ミリアも少し真顔になる。


「人混み苦手?」


「……少し」


「少しじゃないわね」


 レインは黙った。


 呼吸が浅い。


 周囲の音がうるさい。


 人が多い。


 視線が多い。


 胸がざわつく。


 セレナはすぐ理解した。


「場所変える」


「え?」


「行くわよ」


 自然に手首を掴まれる。


 温かい。


 大きな手。


 レインは少しだけ安心した。


 ミリアが後ろから笑う。


「完全に保護者じゃない」


「黙れ」


「はいはい」


 三人は大通りから外れ、小さな裏路地の喫茶店へ入った。


 静かな店だった。


 木の匂い。


 落ち着いた空気。


 人も少ない。


 レインはようやく息を吐いた。


 セレナは向かいへ座る。


「水飲む?」


「……はい」


 差し出される。


 レインは受け取った。


 少しずつ落ち着く。


 ミリアは頬杖をつきながら見ていた。


「本当に大事にしてるんだ」


「何が」


「その子」


 セレナが少し黙る。


 レインは視線を落とした。


 聞いてはいけない気がした。


 でも聞きたい。


 セレナは少し考えてから口を開く。


「……放っておけない」


「へえ」


「危なっかしいから」


「それだけ?」


 セレナが言葉を止める。


 ミリアはニヤニヤしていた。


「昔のセレナなら、弱い男なんて見向きもしなかったのに」


 レインの胸が痛む。


 弱い男。


 事実だ。


 セレナはレインを見る。


 その顔を見て、小さく眉を寄せた。


「レイン」


「……はい」


「今ので落ち込まない」


「……無理です」


 正直だった。


 ミリアが吹き出す。


「素直か」


 セレナは少し困った顔をする。


「弱いのは事実」


 レインが俯く。


「でも」


 セレナは続けた。


「弱いまま終わる人じゃない」


 レインが顔を上げる。


「見てれば分かる」


 静かな声だった。


「毎日積んでる」


「怖くても来る」


「逃げない」


 セレナは真っ直ぐ言う。


「それ、簡単じゃない」


 ミリアが少し目を細める。


「……本気なんだ」


「何が」


「その子のこと」


 セレナは答えない。


 代わりに紅茶を飲む。


 でも。


 耳が少し赤い。


 レインはそれを見て、胸が苦しくなる。


 嬉しい。


 でも苦しい。


 ミリアは笑った。


「なるほどね」


「セレナが嫉妬される側じゃなくて、嫉妬する側になりそうなの初めて見た」


 セレナが止まる。


「……は?」


「気づいてない?」


「何を」


「その子、さっきからずっと不安そうだった」


 レインが固まる。


「私とセレナが仲良さそうで」


「……」


「嫉妬してた」


 空気が止まる。


 レインの顔が熱くなる。


「ち、違」


「違わない」


 ミリアが即答した。


 セレナはレインを見る。


 レインは完全に視線を逸らした。


 逃げたい。


 穴があったら入りたい。


 セレナは少しだけ黙る。


 それから。


 本当に少しだけ。


 嬉しそうに笑った。


「……そっか」


 その声が柔らかかった。


 レインの心臓が跳ねる。


 セレナは頬杖をつく。


「安心しなさい」


「……え」


「私はレイン置いてどっか行かない」


 自然だった。


 当たり前みたいに言う。


 レインは何も返せなくなる。


 ミリアが笑う。


「重症だこれ」


「うるさい」


「はいはい」


 窓の外では、王都の喧騒が続いていた。


 人が行き交う。


 笑い声が響く。


 世界はいつも通り騒がしい。


 その中で。


 レインは初めて知ってしまった。


 胸が苦しくなる感覚。


 誰かを取られたくないと思う感情。


 嫉妬。


 その名前を。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。