表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28歳の最強お姉さん冒険者は、自己肯定感ゼロの俺を放っておけない  作者: 慈架太子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/10

6:一緒に来い

 朝のレグナードは早い。


 夜明け前だというのに、都市国家の中央通りには既に荷馬車の音が響いていた。


 ダンジョン都市であるレグナードは、朝が最も忙しい。


 冒険者は夜明けと共に迷宮へ潜る。

 商人は物資を運ぶ。

 食堂は大量のスープを煮込み始める。

 鍛冶師は炉へ火を入れる。


 巨大な国家の歯車が、一斉に回り始める時間だった。


 安宿の小部屋。


 レインは目を覚ましていた。


 窓の外はまだ薄暗い。


「……」


 眠りは浅かった。


 夢の中でもゴブリンの顔を見た。


 血の臭い。

 断末魔。

 骨を斬った感触。


 胸の奥が重い。


 それでも今日は、少しだけ違った。


 昨夜の食事。


 温かいスープ。


 セリナとの静かな会話。


 あの時間だけは、不思議と落ち着いていた。


 レインはゆっくり起き上がる。


 細い身体。

 筋肉の少ない腕。


 鏡に映る自分は、今日も頼りなかった。


「……」


 剣を手に取る。


 安物の片手剣。


 怖い。


 それでも握る。


 逃げたくても、最後だけは逃げられない。


 レインは剣を腰へ差し、宿を出た。


 朝の冷気が肌を刺す。


 吐く息が白い。


 ギルドへ向かう途中、パン屋の前を通る。


 焼き立ての香りが漂っていた。


 行列もできている。


 レグナードでは食が重要だ。


 迷宮都市は人が死ぬ。


 だから、人は“生きられる場所”へ集まる。


 美味い飯。

 温かい風呂。

 安全な宿。

 安定した物流。


 それがある場所に、人は自然と流れる。


 レインはそんな街の流れを眺めながら歩いていた。


 すると。


「遅い」


 声。


 レインの肩が跳ねる。


 ギルド前の石柱に寄りかかっていたのは、セリナだった。


 銀髪。

 長い脚。

 黒いロングコート。


 朝だというのに、既に酒瓶を持っている。


「……お、おはようございます」


「おはよう」


 セリナは短く返した。


 その視線がレインを上から下まで眺める。


「顔色悪いわね」


「……少し寝不足で」


「当然ね」


 セリナは鼻を鳴らした。


「最初は皆そうなる」


 レインは小さく頷く。


 その時、ギルドの入り口から数人の冒険者が出てきた。


 セリナを見るなり、空気が変わる。


「おい、セリナだ」

「今日も迷宮か?」

「また一人で最深部かよ」


 視線が集まる。


 S級冒険者。


 この街でセリナを知らない人間はいない。


 そして、その隣にいるレインへも視線が向く。


「……誰だ、あの新人」

「細っ」

「荷物持ちか?」


 レインの肩が縮こまる。


 慣れている。


 こういう視線には。


 でも。


「行くわよ」


 セリナは気にしなかった。


 当然みたいに歩き出す。


 レインは慌てて後を追う。


 ギルドを出て、中央通りを進む。


「……あの」


「何」


「どこへ?」


「ダンジョン」


 即答だった。


 レインの顔が引きつる。


「え」


「一緒に来なさい」


 レインの足が止まりそうになる。


「い、一緒に……?」


「嫌?」


「い、嫌じゃないですけど……」


 本音だった。


 怖い。


 でも嬉しい。


 自分みたいな新人を、S級冒険者が連れて行くなんて普通はない。


「でも俺、弱いです」


「知ってる」


 二回目だった。


 かなり傷つく。


 セリナは平然としている。


「弱いし、細いし、戦闘も下手」


「……」


「でも逃げなかった」


 セリナは前を向いたまま言う。


「それだけで十分よ」


 レインは返事に困る。


 褒められているのか、よく分からない。


 街を抜ける。


 巨大な外壁の門が見えてきた。


 門前には行商人や冒険者が並んでいる。


 荷馬車には大量の保存食。


 干し肉。

 塩漬け魚。

 乾燥野菜。


 迷宮都市では、食料が価値そのものだった。


 外へ出れば魔物がいる。


 物流が止まれば、人は飢える。


 だからレグナードは、食と流通に異常なほど金をかけていた。


「見て」


 セリナが顎で示す。


 街道脇。


 そこでは新しい食堂の建築が進んでいた。


 土属性魔法で基礎を形成し、木材が高速で組み上がっていく。


「最近、人が増えてるの」


「……はい」


「迷宮の深層資源が見つかったから」


 レグナード地下迷宮。


 そこでは魔石、希少鉱物、特殊食材が採れる。


 特に最近発見された“紅炎茸”は、保存食として国家級の価値を持っていた。


「だから国も必死」


 セリナは街道を歩く。


「人を集めるために、飯屋も宿も増やしてる」


「……」


「人は、生きやすい場所に流れるから」


 レインは少し驚いた。


 セリナは戦うことしか考えていない人だと思っていた。


 でも違う。


 ちゃんと街を見ている。


 人の流れを見ている。


「あなたも」


 セリナがふと横を見る。


「本当は、“生きやすい場所”探してたんでしょう」


 レインの呼吸が止まる。


 図星だった。


 強くなりたい。


 認められたい。


 そう思っていた。


 でも本当は。


 安心できる場所が欲しかった。


 誰かに「いていい」と言われる場所が。


「……はい」


 小さく頷く。


 セリナはそれ以上追及しなかった。


 門を抜ける。


 外の空気は冷たい。


 草原が広がり、その先には巨大な黒い山脈。


 あの地下に、ダンジョンがある。


 レインの喉が乾く。


 怖い。


 また死ぬかもしれない。


 手が少し震える。


 セリナはそれを見ていた。


 何も言わない。


 ただ歩幅だけを少し緩める。


 それが妙にありがたかった。


「……どうして」


 レインは勇気を出して聞いた。


「どうして俺を連れて行くんですか」


 セリナは少し黙る。


 冬の風が銀髪を揺らした。


「似てるから」


「……え?」


「昔の、自分に」


 レインは目を見開く。


 信じられなかった。


 この人が、自分みたいだった?


「私も最初は弱かった」


 セリナは静かに言う。


「怖かったし、震えたし、吐いた」


「……」


「今でも怖いわ」


 レインは何も言えない。


「でも、生き残った」


 セリナは空を見る。


「生き残り続けたら、いつの間にか最強扱いされてただけ」


 その言葉は、少しだけ寂しそうだった。


 最強。


 皆が憧れる存在。


 でもセリナ自身は、それを誇っていない。


 ただ、生き残っただけ。


 その積み重ね。


「だから」


 セリナはレインを見る。


 切れ長の目。


 綺麗なのに、どこか疲れている。


「あなたも、生き残りなさい」


 レインの胸が熱くなる。


 こんな風に言われたことがなかった。


 期待されることにも慣れていない。


「……はい」


 声が少し震えた。


 セリナは小さく笑う。


「よろしい」


 そして前を向いた。


 朝日が少しずつ地平線から昇り始める。


 長い影が草原へ伸びる。


 最強の女の背中を追いながら、レインは歩く。


 怖い。


 それでも。


 今は少しだけ。


 この人と一緒なら、前へ進める気がしていた。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ