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28歳の最強お姉さん冒険者は、自己肯定感ゼロの俺を放っておけない  作者: 慈架太子


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51:焚き火

 夜の森は暗かった。


 木々が風に揺れる音。


 遠くで鳴く夜鳥。


 湿った土の匂い。


 焚き火の火だけが、小さく二人を照らしている。


 ぱちり、と薪が爆ぜた。


 赤い火の粉が浮かぶ。


 レインは鍋を覗き込んだ。


「……もう少しです」


「焦がさないように」


「はい」


 今日の依頼は長引いた。


 グランゼイル北方の街道警備。


 商隊護衛。


 本来なら日帰りの予定だったが、山沿いで魔物の群れが出たせいで戻れなくなった。


 仕方なく野営。


 冒険者には珍しくない。


 でも、レインにとっては初めてに近かった。


 森の夜は怖い。


 暗闇が深い。


 人の気配が消える。


 少し離れた場所で枝が折れるだけで、心臓が跳ねる。


 レインは鍋を混ぜた。


 野菜スープ。


 塩漬け肉。


 乾燥豆。


 携帯用香草。


 最低限。


 それでも温かい食事は安心する。


 食は、生きることに直結している。


 ダンジョン都市でも同じだった。


 強い冒険者だって、飯を食わなきゃ死ぬ。


 補給路が止まれば国家も崩れる。


 グランゼイルが巨大なのは、食と物流を止めないからだ。


「……いい匂い」


 セレナが呟く。


 焚き火の向こう。


 大剣を横に置いて座っていた。


 長い脚を投げ出し、木に背を預けている。


 戦闘後なのに姿勢が崩れない。


 疲れているはずなのに、隙が少ない。


 積み重ねてきた経験の差だった。


「料理、できるんですね」


「普通」


「普通にしては上手いです」


「昔はもっと酷かった」


 セレナは苦笑した。


「焦がす」


「硬い」


「味ない」


「最悪だった」


 レインは少し笑った。


 想像しづらい。


 セレナは何でもできそうだから。


「笑った」


「え」


「最近ちょっと増えた」


 レインは慌てて顔を逸らした。


「……すみません」


「それ禁止」


「……はい」


 焚き火の光が揺れる。


 静かな時間だった。


 昼間は激しかった。


 山狼の群れ。


 十数体。


 新人なら普通に死ぬ数。


 レインは何度も足が止まりそうになった。


 怖かった。


 牙。


 血。


 咆哮。


 全部怖い。


 でも。


 セレナが前に立っていた。


 巨大な大剣。


 炎。


 圧倒的な強さ。


 群れを切り裂きながら、それでも後ろを見ていた。


 レインが置いていかれていないか。


 死にそうになっていないか。


 ずっと確認していた。


「はい」


 レインは皿を渡した。


「熱いので気をつけてください」


「ありがと」


 セレナは受け取る。


 一口飲む。


 少し目を開いた。


「……美味しい」


 レインの耳が赤くなる。


「ほんとに?」


「うん」


「味ちゃんとしてる」


「身体温まる」


「野営だとありがたい」


 レインは少しだけ胸を張った。


「本で読んだので」


「保存食は塩強いから、豆と煮るといいって」


「へえ」


「知識系」


「……戦えないので」


「だから覚えるしかなくて」


 セレナはスープを飲みながらレインを見る。


「それ、強み」


「え?」


「戦うしかできない人、多い」


「でも生き残るのって、結局そういう積み重ね」


 レインは黙った。


 強み。


 そんな風に言われたことが少ない。


「鑑定もそう」


 セレナが続ける。


「あなた、自分では弱いって思ってるけど」


「情報見えるの、かなり大きい」


「……でも戦えません」


「今は」


 即答だった。


 レインは顔を上げる。


 焚き火の向こう。


 セレナの目は真っ直ぐだった。


「焦る必要ない」


「身体は後から追いつく」


「積んでる人は、ちゃんと変わる」


 レインは少しだけ息を止めた。


 この人は。


 本当に見ている。


 小さい変化を。


 誰も気づかないような努力を。


「……今日」


 レインが小さく言う。


「二回、剣止められました」


「うん」


「でも一回だけ」


「足、動きました」


 セレナが少し笑う。


「見てた」


「ちゃんと前出た」


「怖かったです」


「知ってる」


「吐きそうでした」


「いつも」


 レインは苦笑した。


 否定できない。


「でも」


 セレナが薪を火へ入れる。


「最後、逃げなかった」


「それが大事」


 炎が揺れる。


 赤い光が彼女の横顔を照らした。


 綺麗だった。


 強い。


 大人。


 遠い。


 でも最近。


 少しだけ近い。


「……セレナさん」


「ん?」


「どうして、そんなに強いんですか」


 少し考える沈黙。


「積んだから」


 静かな答え。


「才能もあった」


「運もあった」


「でも、一番は」


「生き残ったから」


 レインは焚き火を見る。


「死ななかった人間だけが、強くなる」


 セレナの声は重かった。


「途中で死んだら終わり」


「才能も」


「夢も」


「恋も」


「全部そこで終わる」


 レインは何も言えない。


 セレナはきっと、何度も見てきた。


 夢を持って死んだ人。


 努力して死んだ人。


 未来のあった人。


 全部。


「だから」


 セレナはレインを見る。


「生き残ること覚える」


「最初はそれでいい」


 焚き火が爆ぜる。


 レインはその火を見つめながら、小さく頷いた。


「……はい」


 食事を終えた後。


 レインは鍋を洗いに川へ向かった。


 夜の水は冷たい。


 でも気持ちよかった。


 戻ると、セレナが薪を組み直している。


「手伝います」


「いい」


「座って」


「疲れてる」


 レインは素直に座った。


 今日は本当に限界だった。


 脚が重い。


 肩が痛い。


 でも嫌じゃない。


 少しずつ、自分が積み上がっている感覚がある。


「眠い?」


 セレナが聞く。


「……少し」


「寝ていい」


「見張りは私やる」


「いや、でも」


「新人に夜番やらせるほど落ちてない」


 レインは困ったように黙る。


「交代します」


「二時間後起こしてください」


「真面目」


「普通です」


「それ、普通じゃない」


 セレナが少し笑った。


「でも嫌いじゃない」


 その言葉に、また胸が熱くなる。


 レインは毛布へ潜った。


 焚き火が暖かい。


 セレナは火の向こうにいる。


 大剣を抱え、森を警戒していた。


 強い背中。


 でも。


 どこか寂しい背中でもある。


「……セレナさん」


「なに」


「ちゃんと寝てくださいね」


 セレナは少し目を丸くした。


「心配してる?」


「……します」


「世話焼き」


「セレナさんに言われたくないです」


 一瞬。


 セレナが止まる。


 それから小さく笑った。


 静かに。


 柔らかく。


「確かに」


 焚き火が揺れる。


 森の夜。


 冷たい風。


 でも、不思議と寒くなかった。


 二人の距離は、ほんの少しずつ変わっていく。


 大きな出来事なんてない。


 命懸けの告白もない。


 ただ。


 一緒に飯を食べて。


 一緒に火を囲んで。


 疲れを見て。


 無理を止めて。


 静かな時間を重ねていく。


 その積み重ねだけが、確かに二人を近づけていた。








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