↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28歳の最強お姉さん冒険者は、自己肯定感ゼロの俺を放っておけない  作者: 慈架太子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/61

49:夜の特訓

 夜の訓練場は静かだった。


 昼間の喧騒が嘘のように消え、石畳には月明かりだけが落ちている。


 遠くで酒場の笑い声が微かに聞こえた。


 鍛冶屋の火はまだ消えていない。


 深夜まで続く槌音は、この都市が止まらない証拠だった。


 グランゼイルは眠らない。


 ダンジョン都市だからだ。


 魔物素材。


 魔石。


 保存食。


 武器。


 薬。


 運搬。


 食料。


 冒険者が潜り、商人が売り、料理人が加工し、国家が税を取る。


 巨大な循環。


 そして、その中心にはいつも命の危険がある。


 レインは木剣を握った。


 両腕が重い。


 昼の依頼。


 森外縁の魔物掃除。


 それだけで身体は限界に近かった。


 筋肉が軋む。


 足裏が熱い。


 手の皮はまた剥けていた。


 それでも。


「……五百十二」


 剣を振る。


「五百十三」


 止めない。


「五百十四」


 汗が顎から落ちる。


 呼吸が荒い。


 肺が痛い。


 視界が少し揺れる。


 でも。


 振る。


 レインは自分が才能の塊だとは思っていない。


 むしろ逆だった。


 弱い。


 遅い。


 鈍い。


 怖がる。


 すぐ吐く。


 足も震える。


 魔物の咆哮を聞くだけで喉が詰まる。


 それでも、剣だけは振れる。


 怖くても。


 情けなくても。


 逃げ切れない場所で、最後に立つしかないから。


「……無茶」


 声が落ちた。


 レインは振り返る。


 訓練場の入り口。


 セレナが立っていた。


 銀髪が夜風に揺れている。


 黒い上着を羽織り、片手には紙袋。


「まだ起きてたんですか」


「それはこっち」


 セレナはゆっくり歩いてくる。


 長身。


 大人の女。


 傷跡があるのに美しい。


 強者の空気。


 近くにいるだけで圧を感じる。


 なのに、不思議と怖くない。


「何本目?」


「……五百、くらいです」


「嘘」


「六百超えてる顔」


 レインは黙る。


 見抜かれている。


「座る」


「まだできます」


「倒れる前の顔してる」


 セレナは強引だった。


 でも雑ではない。


 無理やり押さえつけるのではなく、限界を見抜いて止める。


 レインは石段へ座った。


 腕が震えていた。


「はい」


 紙袋を押し付けられる。


「……?」


「肉まん」


 温かかった。


 湯気が立っている。


「食べる」


「……ありがとうございます」


「今日は頑張ったから」


 レインは少し驚いた。


 褒められることに慣れていない。


 だから、どう返せばいいか分からない。


 肉まんを割る。


 湯気。


 肉汁。


 刻んだ野菜。


 香辛料。


 夜の冷たい空気の中で、温かさが沁みた。


「……美味しい」


「ここの屋台、当たり」


 セレナも隣へ座る。


 距離が近い。


 香りがする。


 酒じゃない。


 石鹸と、少しだけ火薬みたいな匂い。


 戦場の匂いだった。


「昼の依頼」


 セレナが言った。


「よく耐えた」


「……足、引っ張りました」


「うん」


 即答だった。


 レインは少し俯く。


「でも逃げなかった」


 その続きがあった。


「最後まで前見てた」


「それが大事」


 レインは黙った。


「怖かったです」


「知ってる」


「ずっと震えてました」


「見てた」


「……情けなかった」


 セレナは夜空を見上げた。


「情けなくない人間なんて、いない」


「S級でも?」


「特にS級」


 少し笑う。


 でもその笑みは薄い。


 懐かしさと痛みが混ざっていた。


「昔ね」


 セレナが静かに言う。


「私も吐いてた」


 レインが顔を上げる。


「初めて仲間が死んだ時」


「立てなかった」


「強くなんてなかった」


 風が吹いた。


 銀髪が揺れる。


「でも、立つしかなかった」


「……」


「次の日もダンジョン行った」


「怖かった」


「震えた」


「それでも行った」


 レインは何も言えない。


 セレナは最強だと思っていた。


 最初から強い人間。


 迷わない人。


 怖がらない人。


 そう思っていた。


「強い人って」


 レインが呟く。


「怖がらない人じゃないんですね」


「違う」


 セレナは即答した。


「怖くても立つ人」


「それだけ」


 月明かりが落ちる。


 静かな夜だった。


「レイン」


「はい」


「あなた、自分のこと嫌い?」


 唐突だった。


 レインは少し固まる。


「……嫌い、です」


「なんで?」


「弱いから」


「役に立たないから」


「気持ち悪いし」


「……見てて不快だと思います」


 セレナは少しだけ眉を寄せた。


「私は思わない」


「……」


「不器用」


「弱い」


「面倒」


「でも、真面目」


 レインは息を止めた。


「ちゃんと怖がる」


「ちゃんと悔しがる」


「ちゃんと努力する」


「そういう人、意外と少ない」


 レインは言葉が出なかった。


 胸が苦しい。


 でも嫌な苦しさじゃない。


 温かい。


 泣きそうになる。


 セレナは肉まんを半分食べながら言った。


「才能ある人って、途中で努力やめることある」


「自分は特別だって思うから」


「でも、あなたは違う」


「積む」


「何百回でも」


 レインは木剣を見た。


 傷だらけ。


 安物。


 それでも。


 少しだけ、自分の時間が刻まれている。


「……セレナさん」


「なに」


「どうして」


「そこまでしてくれるんですか」


 セレナはすぐ答えなかった。


 少しだけ遠くを見る。


 過去を見るような目。


「死んでほしくないから」


「……」


「若い冒険者が死ぬの、もう見たくない」


 その声は静かだった。


 怒鳴りもしない。


 感情をぶつけもしない。


 でも重かった。


 本当に、たくさん見てきた人の声だった。


「だから鍛える」


「立てるようにする」


「生き残れるようにする」


「……それだけ」


 レインは俯いた。


 胸の奥が熱い。


 この人は。


 本当に優しい。


 強いのに。


 傷だらけなのに。


 まだ誰かを守ろうとしている。


「……僕」


 声が掠れる。


「強くなりたいです」


「うん」


「セレナさんの隣に立てるくらい」


 言ってから、レインは後悔した。


 何を言ってるんだ。


 釣り合うわけがない。


 S級冒険者。


 最強。


 美女。


 大人。


 戦場を生き抜いてきた人。


 自分なんか。


 でも。


 セレナは笑わなかった。


「難しい」


「……はい」


「かなり」


「……はい」


「でも」


 セレナは少しだけ笑う。


「悪くない目標」


 その横顔が綺麗だった。


 月明かりの下で。


 傷跡さえ、美しく見えるほどに。


「今日は終わり」


 セレナが立ち上がる。


「帰る」


「……はい」


 レインも立ち上がった。


 足が重い。


 でも、不思議と心は軽かった。


 二人で宿屋へ向かう。


 夜道。


 静かな会話。


 石畳を並んで歩く。


 恋愛イベントなんかじゃない。


 派手な告白もない。


 抱き締めもしない。


 ただ。


 一緒に生きる時間だけが増えていく。


 それが、レインには何より大切だった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。