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28歳の最強お姉さん冒険者は、自己肯定感ゼロの俺を放っておけない  作者: 慈架太子


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48:何百回目の素振り

 木剣が風を切る。


 乾いた音。


 朝靄の残る訓練場に、一定のリズムが響いていた。


「……二百九十七」


 レインは呼吸を整えながら剣を振る。


「二百九十八」


 腕が重い。


 肩が焼けるように痛い。


 掌の皮は何度も破れ、布を巻いても滲んだ血で赤くなっていた。


「二百九十九」


 それでも止めない。


「……三百」


 振り下ろした瞬間、膝が少し揺れた。


 だが倒れない。


 踏み止まる。


 朝日が昇り始めた空の下で、レインは息を吐いた。


「呼吸」


 後ろから声が飛ぶ。


「止まってる」


「……はい」


 レインは浅くなっていた息を整えた。


 訓練場の端。


 木柵にもたれながら、セレナがこちらを見ている。


 銀髪が朝日に照らされていた。


 長い脚を組み、片手には湯気の立つ黒い茶。


 いつも通り綺麗だった。


 綺麗すぎて、時々現実感が薄くなる。


「今日は遅い」


「……すみません」


「謝らない」


 レインは口を閉じる。


 最近、それを何度も言われていた。


 謝る癖。


 縮こまる癖。


 自分を先に否定する癖。


 全部、セレナは見ている。


「腕」


 セレナが顎をしゃくった。


「力入りすぎ」


「はい」


「剣は殴る道具じゃない」


「斬るもの」


 レインは木剣を握り直した。


「もう一回」


「……はい」


 再び振る。


 上段。


 振り下ろす。


 足。


 腰。


 肩。


 呼吸。


 少しずつ繋がっていく。


「……あ」


 レイン自身が分かった。


 今までより軽い。


 剣が身体に引っ張られていない。


 自分で振れている。


 セレナが小さく頷いた。


「今の」


「忘れない」


「……はい」


 胸が熱くなる。


 たった一言。


 でも嬉しい。


 レインはまた剣を振った。


 何百回。


 何千回。


 才能がないなら積むしかない。


 セレナはそれを止めない。


 無理な夢だとも言わない。


 現実を見せながら、それでも立たせる。


 それが彼女だった。


 朝の市場が動き始める。


 遠くから焼いたベーコンの匂いが流れてきた。


 パン屋の鐘。


 荷馬車の車輪。


 農村から届いた野菜。


 ダンジョン素材を積んだ商人。


 国家都市グランゼイルは巨大だった。


 冒険者だけでは成り立たない。


 料理人。


 鍛冶師。


 薬師。


 運搬人。


 水路管理。


 税務官。


 無数の人間が街を支えている。


 そして、その中心にはダンジョンがある。


 魔石。


 素材。


 肉。


 薬草。


 巨大な利益。


 だから人が集まる。


 だから死ぬ。


「レイン」


「はい」


「朝飯行く」


 セレナが立ち上がる。


「その前に片付け」


「……はい」


 レインは木剣を布で拭き始めた。


 安物。


 刃筋も悪い。


 重心も微妙。


 でも、最近少しだけ愛着が出てきた。


「丁寧」


 セレナが隣へ来る。


「武器、大事にするんだ」


「……はい」


「なんで?」


 レインは少し考えた。


「……僕、弱いので」


「うん」


「武器くらい、ちゃんとしないと」


 セレナは少し黙った。


「そういうところ」


「え?」


「嫌いじゃない」


 レインの手が止まる。


「……」


「顔赤い」


「朝なので」


「またそれ」


 セレナが笑った。


 最近、少しだけ笑う回数が増えた。


 豪快じゃない。


 静かな笑い方。


 でも柔らかい。


 レインはその笑顔を見るたび、少し安心する。


 二人は市場通りへ向かった。


 朝の食堂。


 木製の看板。


 焼き魚定食。


 スープ。


 卵料理。


 冒険者たちの朝は早い。


「セレナさん!」


 店主が声を上げる。


「珍しいね、こんな朝から」


「訓練」


「その子も?」


「うん」


 店主はレインを見る。


「へえ」


「頑張ってる顔してる」


 レインは目を逸らした。


 まだ人に見られるのは苦手だった。


「席、空いてるよ」


 二人は窓際へ座る。


 料理が運ばれる。


 焼き魚。


 野菜スープ。


 黒パン。


 卵焼き。


 セレナは自然にレインの皿へ野菜を追加した。


「食べる」


「……はい」


「細い」


「鍛えるなら食べる」


 レインは素直に頷く。


「……美味しい」


「ここ、ちゃんとしてるから」


 セレナはスープを飲んだ。


 長い指。


 綺麗な横顔。


 強い人なのに、食事の仕方が丁寧だった。


「見るなら食べる」


「っ」


「すみません」


「また謝った」


 レインは困ったように黙る。


 セレナは小さく笑った。


「ほんと不器用」


 食事を終える頃。


 外はかなり賑やかになっていた。


 冒険者ギルド前には依頼待ちの人間が並ぶ。


 新人。


 中堅。


 荷運び専門。


 回復役。


 様々だ。


 その中で、セレナは目立つ。


 S級。


 有名人。


 強者。


 皆が道を開ける。


 そして。


 隣にいるレインを見る。


「あれ誰だ?」


「新しい弟子?」


「弱そう」


「よく隣歩けるな」


 聞こえる。


 全部。


 レインは肩を縮めた。


 やっぱり釣り合わない。


 分かっている。


 自分でも。


 セレナは平然としていた。


「気にする?」


「……少し」


「なら慣れる」


「強い人間の隣は、ずっと見られるから」


「……」


「それでも歩ける人だけ残る」


 レインは唇を噛む。


 怖い。


 恥ずかしい。


 情けない。


 でも。


 離れたくない。


「……行きます」


「うん」


 セレナはそれ以上何も言わなかった。


 ギルドへ入る。


 依頼掲示板。


 巨大魔物。


 護衛。


 採集。


 食料輸送。


 都市外縁の農地警備。


 最近は魔物被害が増えていた。


 物流が止まれば街は崩れる。


 国家は食で支えられている。


 だから冒険者は必要だった。


「今日は軽め」


 セレナが紙を剥がす。


「森外縁の魔物掃除」


「レイン向け」


「……はい」


 レインは頷く。


 最近ようやく、少しだけ前へ出られるようになっていた。


 恐怖は消えない。


 吐き気もある。


 震えも止まらない。


 でも。


 最後だけは逃げない。


 それをセレナは知っている。


「昼までに終わらせる」


「帰ったらまた素振り」


「……はい」


「嫌そう」


「少しだけ」


「正直」


 セレナが笑う。


「嫌いじゃない」


 ギルドを出る。


 朝日が完全に街を照らしていた。


 レインは木剣を背負い直す。


 何百回目の素振り。


 何百回目の失敗。


 何百回目の悔しさ。


 それでも続ける。


 才能だけでは強くなれない。


 現実はそんなに甘くない。


 セレナは誰よりそれを知っている。


 だからこそ。


 彼女はレインの、小さな積み重ねを見逃さなかった。







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