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28歳の最強お姉さん冒険者は、自己肯定感ゼロの俺を放っておけない  作者: 慈架太子


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47:木剣

 木剣の音が、朝の訓練場へ乾いた音を響かせた。


 カン――と軽い衝突。


 次の瞬間。


「遅い」


 セレナの木剣が、レインの手首を正確に打った。


「っ……!」


 痺れる。


 握力が抜ける。


 木剣が地面へ転がった。


 レインは反射的に拾おうとする。


「止まって」


 静かな声。


 でも逆らえない。


 レインは動きを止めた。


 朝日が少しずつ昇り始めている。


 訓練場には他の冒険者たちの姿も増えていた。


 槍。


 弓。


 魔法。


 皆、生き残るために鍛えている。


 国家都市グランゼイルでは、強さはそのまま価値だった。


 ダンジョン素材。


 護衛依頼。


 物流管理。


 食料輸送。


 魔物討伐。


 強い者が街を支えている。


 弱ければ、仕事は減る。


 金も減る。


 生きる場所まで減っていく。


 現実は分かりやすかった。


「拾っていい」


 セレナが言う。


「でもその前に考える」


 レインは息を整えた。


「……はい」


「なんで落とした?」


「……力みました」


「半分正解」


 セレナは木剣を肩へ乗せる。


「本当は?」


 レインは考える。


 手首。


 視線。


 呼吸。


 踏み込み。


「……怖がりました」


 セレナが少しだけ目を細めた。


「そう」


「打たれるって分かった瞬間、身体が止まった」


 レインは俯く。


「……はい」


「悪いことじゃない」


「でも戦場では死ぬ」


 その言葉は静かだった。


 だから重い。


 セレナは嘘を言わない。


 現実だけを見る。


「怖い時ほど前へ出る」


「下がると余計に狙われるから」


「……」


「覚えること」


 レインは木剣を拾い上げる。


 掌が赤くなっていた。


 痛い。


 でも少し嬉しかった。


 剣を握っている実感がある。


「もう一回」


「はい」


 構える。


 呼吸。


 足。


 視線。


 昨日より少しだけ意識できる。


 踏み込む。


 斬る。


 受け流される。


 でも。


「……今のは悪くない」


 セレナが小さく言った。


 胸が熱くなる。


 単純だった。


 褒められるだけで嬉しい。


 セレナはすぐ見抜く。


「顔に出てる」


「……」


「嬉しいの分かりやすい」


「すみません」


「だから謝らない」


 レインは少し困った顔になる。


 セレナが笑った。


「本当に不器用」


 朝の風が銀髪を揺らす。


 長い脚。


 細い腰。


 鍛えられた身体。


 強くて綺麗だった。


 レインはまた視線を逸らした。


「また見てる」


「っ」


「集中」


「はい……」


 周囲の冒険者たちが苦笑している。


「セレナ、完全に保護者だな」


「珍しいよな、あいつが誰か育てるの」


「男連れてる時点で事件だろ」


 そんな声が聞こえる。


 レインは肩を縮めた。


 視線が怖い。


 まだ慣れない。


 セレナは気にしない。


「続ける」


「……はい」


 再び木剣がぶつかる。


 速い。


 見えない。


 でも。


 前より少しだけ分かる。


 セレナの剣は綺麗だった。


 無駄がない。


 力任せじゃない。


 身体全体が繋がっている。


「……すごい」


 思わず漏れる。


「何が」


「全部です」


「剣も」


「動きも」


「綺麗で」


 セレナは少し黙る。


「初めて言われた」


「え?」


「大体、怖いって言われるから」


 彼女は苦笑する。


 確かに怖い。


 圧倒的だ。


 でも。


 レインには、それ以上に綺麗に見えた。


「……強い人って」


 レインは小さく言う。


「綺麗なんですね」


 セレナが少し目を見開く。


 それから、視線を逸らした。


「……朝から変なこと言う」


「すみません」


「また謝った」


 でも。


 彼女の耳が少し赤かった。


 レインは気づかない。


 そのまま木剣を握り直す。


「もう一回お願いします」


「……本当に真面目」


 セレナは小さく息を吐く。


「じゃあ次」


「打ち込み百回」


「……百」


「できる?」


 レインは木剣を見る。


 腕はもう重い。


 脚も痛い。


 でも。


「……やります」


「よし」


 セレナは頷いた。


「一回ずつ丁寧に」


「雑に百回やるくらいなら、綺麗に十回の方が意味ある」


「はい」


 打ち込む。


 一回。


 二回。


 三回。


 腕が痛い。


 息が苦しい。


 汗が落ちる。


 でも止めない。


 セレナは横で見ていた。


 細かく修正する。


「肩上がってる」


「腰落とす」


「呼吸止めない」


「前見る」


「……はい!」


 その時間は、静かだった。


 派手な恋愛なんてない。


 告白もない。


 甘い言葉も少ない。


 でも。


 一緒に朝を過ごす。


 一緒に汗を流す。


 一緒に飯を食う。


 傷を手当てする。


 洗濯物を干す。


 そういう時間が積み重なっていく。


 レインはそれを少しずつ理解していた。


 セレナといると、不思議と落ち着く。


 怖いのに。


 緊張するのに。


 一緒にいたかった。


「九十八」


「九十九」


「百っ……!」


 最後の一振り。


 レインはその場へ膝をついた。


「はぁ……っ……!」


 呼吸が乱れる。


 腕が震える。


 指の感覚が薄い。


 セレナは近づき、しゃがみ込む。


「立てる?」


「……たぶん」


「たぶんじゃ困る」


 彼女はレインの腕を引いた。


 熱い。


 鍛えられた手。


 しっかりしている。


 レインは立ち上がる。


 近い。


 視線が合う。


 心臓が跳ねる。


「顔赤い」


「……朝なので」


「意味分からない」


 セレナが笑った。


 珍しく、声を出して。


 その笑顔を見た瞬間。


 レインは思った。


 もっと見たい。


 この人の笑った顔を。


 戦場じゃない場所で。


 もっと。


「……なに」


「え?」


「今、変な顔してた」


「してません」


「してた」


 セレナは少し楽しそうだった。


 その空気が嬉しい。


 訓練場の向こうでは、朝市が本格的に動き始めている。


 焼き立てのパンの匂い。


 スープ。


 肉を焼く音。


 物流馬車。


 怒鳴る商人。


 国家都市は今日も回っている。


 食が街を支え。


 冒険者が道を守り。


 職人が武器を作る。


 強い者だけでは世界は回らない。


 でも。


 強さが必要な瞬間は確かにある。


 レインは木剣を握り直した。


 まだ弱い。


 まだ足りない。


 でも。


 昨日より少しだけ前へ進んでいる。


 セレナはそんな小さな変化を、ちゃんと見ていた。








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