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28歳の最強お姉さん冒険者は、自己肯定感ゼロの俺を放っておけない  作者: 慈架太子


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44:才能と現実

 朝食の匂いが宿屋《白樺亭》の一階に広がっていた。


 焼いたベーコン。


 玉ねぎのスープ。


 黒麦パン。


 そして、鉄鍋で煮込まれた野菜と肉。


 早朝から働く冒険者たちが、眠そうな顔で席を埋めている。


 レインは隅の席に座っていた。


 腕が重い。


 足も痛い。


 昨日までと違う筋肉痛だった。


 剣士の記憶。


 身体の使い方。


 それを無理に再現しようとして、身体全体が悲鳴を上げている。


「ほら」


 目の前に皿が置かれる。


 セリナだった。


 山盛りの肉。


 分厚い卵焼き。


 焼き野菜。


「……多くないですか」


「足りないくらい」


 セリナは当然のように言う。


「身体作る時は食べる」


「でも僕、そんなに……」


「食べる」


「……はい」


 逆らえなかった。


 レインは小さく頷く。


 セリナは席へ座り、スープを飲む。


 自然だった。


 まるでずっと前から一緒に暮らしていたみたいに。


 その空気が、レインにはまだ少し不思議だった。


「今日も訓練ですか」


「午後から」


「午前はギルド」


「依頼確認」


「あと武器屋」


「……武器屋?」


「その剣、もう限界」


 レインは自分の剣を見る。


 安物。


 刃こぼれ。


 歪み。


 最近の無茶な訓練で、かなり傷んでいた。


「でも、お金が……」


「半分出す」


「だめです」


 反射的に答える。


 セリナは少し眉を上げた。


「なんで」


「借りになるので」


「もう宿代も食費も借りみたいなものよ」


「……」


 痛いところを突かれた。


「それでも」


 レインは小さく言う。


「自分で払いたいです」


 セリナはしばらく黙っていた。


 それから、小さく笑った。


「そういうところ、本当に真面目」


「……変ですか」


「変」


 でも。


 その声は柔らかかった。


「嫌いじゃない」


 レインは言葉に詰まる。


 胸が熱い。


 視線を落とす。


 セリナはそんな反応を見て、少しだけ困ったように笑う。


「本当に慣れてないのね」


「……はい」


「まあ、変に女慣れしてるよりいいけど」


 レインは耳まで赤くなった。


 周囲の冒険者たちが笑いながら酒を飲んでいる。


 大声。


 乱暴な会話。


 椅子を引く音。


 レインは少し肩を縮めた。


 その変化をセリナは見逃さない。


「まだ苦手?」


「……はい」


「人、多いと疲れるので」


 セリナは立ち上がった。


「行きましょう」


「まだ食べ終わって……」


「歩きながらでも食べられる」


 強引だった。


 でも、その強引さが不思議と嫌じゃない。


 二人は宿を出た。


 朝の街は動き始めていた。


 商人。


 荷馬車。


 屋台。


 パンの匂い。


 市場へ向かう人々。


 国家都市グランゼイル。


 巨大ダンジョン都市。


 この街は、ダンジョンの魔石と素材で成り立っている。


 冒険者が稼ぎ。


 商人が流し。


 職人が加工し。


 貴族が管理する。


 強い者ほど金を持つ世界。


 現実だった。


「……すごいですね」


 レインは小さく呟く。


「何が?」


「全部」


「人も」


「店も」


「食べ物も」


 市場には肉が並んでいる。


 巨大魔物の肉。


 魚。


 野菜。


 香辛料。


 ダンジョン産の特殊茸。


 魔力果実。


 高価な保存食。


 この街は豊かだった。


「ダンジョンがある街は強い」


 セリナが言う。


「素材がある」


「金が動く」


「人も集まる」


「……」


「逆に、資源がない国は死ぬ」


 現実的な言葉だった。


「綺麗事じゃ回らないのよ」


 セリナは露店の果物を見ながら言う。


「食料」


「物流」


「治安」


「武力」


「全部必要」


「強い国ほど、それを持ってる」


 レインは黙って聞いていた。


 セリナは戦えるだけじゃない。


 世界を見ている。


 生き残ってきた人の目をしている。


「……セリナさんって」


「なに」


「本当に色んなこと知ってますね」


「長く生きてるから」


「まだ二十八ですよね」


「戦場だと長いわよ」


 その言葉に重みがあった。


 レインは何も言えなくなる。


 その時。


「おいおい」


 男の声。


 三人組の冒険者だった。


 筋肉質。


 中級装備。


 いかにも荒っぽい。


「マジかよ」


「セリナが男連れてる」


「しかもガキ」


 笑い声。


 レインの肩が強張る。


「その坊や、夜のお世話係か?」


「やめなさい」


 セリナの声は静かだった。


 でも冷たい。


「冗談だろ?」


「そんな怒るなよ」


「つーかそいつ細すぎないか?」


「冒険者? 本当に?」


 笑われる。


 視線。


 見下し。


 レインの喉が詰まる。


 怖い。


 身体が固まる。


 息が浅くなる。


「……っ」


 セリナが一歩前へ出る。


「消えなさい」


 空気が変わった。


 圧。


 殺気。


 三人の顔色が変わる。


「……悪かったよ」


「行こうぜ」


 男たちは逃げるように去っていった。


 静寂。


 レインは俯いていた。


「……ごめんなさい」


「なんで謝るの」


「……迷惑、かけてるので」


 セリナは少し黙る。


「レイン」


「……はい」


「現実を言うわ」


 彼女は真っ直ぐ言った。


「今のあなたは弱い」


「……」


「私と並ぶには、全然足りない」


 胸が痛む。


 でも。


 逃げたくなかった。


「……はい」


「才能はある」


「それは本物」


「でも、才能だけじゃ人は強くならない」


「……」


「身体」


「経験」


「判断」


「積み重ね」


「全部必要」


 セリナは静かに続ける。


「天才でも死ぬ」


「才能があっても壊れる」


「何人も見てきた」


 彼女の瞳が少し暗くなる。


 失った人たちを思い出しているのだろう。


「だから私は」


 セリナはレインを見る。


「簡単に期待しない」


「……」


「期待すると、人は無理するから」


 レインは拳を握る。


 悔しい。


 情けない。


 でも。


 逃げたくない。


「……それでも」


「うん?」


「強くなりたいです」


 声が震える。


「隣に立ちたい」


「足を引っ張りたくない」


「……」


「ちゃんと役に立ちたい」


 セリナはしばらく黙っていた。


 市場の音。


 人の流れ。


 風。


 その中で。


 彼女はゆっくり笑った。


「知ってる」


「……え?」


「あなた、諦めないもの」


 レインは目を見開く。


「怖くても来る」


「震えても立つ」


「吐いても逃げない」


「……」


「それ、才能よ」


 レインは息を呑む。


 そんなふうに言われたことなんてなかった。


「強い人ってね」


 セリナは少し空を見る。


「最初から強い人じゃない」


「壊れても、立つ人」


「それが最後に残る」


 レインの胸が熱くなる。


「……はい」


「だから」


 セリナは歩き出す。


「まずは食べる」


「寝る」


「身体作る」


「現実見ながら強くなる」


「夢だけじゃ死ぬから」


 レインは小さく笑った。


「……はい」


 二人は市場を歩く。


 パン屋。


 肉屋。


 鍛冶屋。


 この街は今日も生きている。


 強い者も。


 弱い者も。


 必死に。


 生き残るために。


 そしてレインは、少しずつ理解し始めていた。


 才能だけでは届かない。


 現実は重い。


 身体は簡単に壊れる。


 努力しても、すぐ強くなれるわけじゃない。


 でも。


 それでも積み重ねるしかない。


 セリナの隣へ行きたいなら。


 あの背中へ追いつきたいなら。


 逃げずに進むしかなかった。







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