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28歳の最強お姉さん冒険者は、自己肯定感ゼロの俺を放っておけない  作者: 慈架太子


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42:剣士の記憶

 夜だった。


 窓の外では細い雨が降っている。


 石畳を叩く音が、静かな宿屋《白樺亭》の部屋に微かに響いていた。


 部屋の灯りは小さい。


 卓上の魔導灯だけ。


 暖色の光が、木の机と二つの影を揺らしている。


 レインは椅子に座っていた。


 両手を見つめている。


 震えは止まっていなかった。


「……」


 今日の出来事が頭から離れない。


 強奪。


 奪った。


 人から。


 力を。


 それだけじゃない。


 頭の中に残っている。


 知らない感覚が。


 剣の振り方。


 足運び。


 力の流し方。


 身体の使い方。


 まるで誰かの人生の欠片が、自分の中へ流れ込んだみたいだった。


 気持ち悪い。


 怖い。


 でも。


 同時に。


 理解できてしまう。


 前より少しだけ剣が分かる。


 身体が動きを知っている。


「……最低だ」


 小さく呟く。


 誰かから奪って強くなる。


 そんな力。


 まともじゃない。


 レインは額を押さえた。


 吐き気が戻ってくる。


 その時。


 扉が軽く叩かれた。


「レイン」


 セリナの声。


「……はい」


 扉が開く。


 湯気が入ってきた。


 セリナは木皿を持っていた。


 温かいスープ。


 焼いたパン。


 香草焼きの肉。


「食べなさい」


「……」


「顔色ひどい」


 レインは視線を落とす。


「……食欲、なくて」


「それでも食べる」


 セリナは机へ皿を置いた。


 湯気。


 肉の香り。


 腹は減っている。


 でも胃が重い。


「……」


 セリナは向かいへ座った。


 長い脚を組む。


 銀髪が肩を流れる。


 疲れているはずなのに、やっぱり綺麗だった。


「少し落ち着いた?」


「……分からないです」


 本音だった。


「怖いです」


「うん」


「僕、あれ……」


「うん」


「……本当に人から奪ったんですよね」


 沈黙。


 雨音だけが響く。


 セリナはすぐには答えなかった。


「たぶんね」


「……」


「魔力だけじゃない」


「技術も」


「感覚も」


「少し混ざってる」


 レインの喉が詰まる。


「……気持ち悪い」


「そうね」


 セリナは否定しなかった。


「綺麗な力じゃない」


「……」


「でも」


 彼女は静かに言う。


「力って、元々そんな綺麗なものじゃない」


 レインは顔を上げた。


「剣だって、人を殺せる」


「火も、人を焼く」


「冒険者なんて、命の上で生きてる」


「……」


「だから大事なのは」


 セリナの視線が真っ直ぐ向く。


「何を奪うかじゃない」


「……」


「奪った力で、何をするか」


 その言葉が胸に落ちた。


 でも。


 簡単には受け止められない。


「……もし」


 レインは掠れた声を出す。


「僕が、これでおかしくなったら」


「……」


「もっと欲しくなったら」


 怖かった。


 実際。


 一瞬だけ感じた。


 もっと欲しい、と。


 あの感覚。


 理解。


 強くなる実感。


 自分みたいな弱い人間には危険すぎる。


「……その時は」


 セリナが立ち上がる。


 レインの前へ来る。


 長身。


 見上げる形になる。


「私が止める」


 静かな声だった。


 でも。


 絶対に揺れない声だった。


 レインは目を見開く。


「……」


「殺してでも止める」


 恐ろしい言葉のはずなのに。


 不思議と怖くなかった。


「だから」


 セリナは少しだけ眉を下げる。


「今は一人で抱え込まない」


 その瞬間。


 胸の奥が熱くなった。


 レインは視線を逸らす。


 泣きそうだった。


 情けない。


 二十歳にもなって。


 でも。


 嬉しかった。


「……はい」


 小さく答える。


「よろしい」


 セリナは椅子へ戻った。


「で」


「……?」


「試してみる?」


 レインは瞬きをした。


「何をですか」


「剣」


 彼女は顎でレインの剣を示す。


「感覚変わってるはず」


「……」


「確認しないと危ない」


 確かにそうだった。


 理解できてしまう。


 でも制御できるか分からない。


「立って」


 レインはゆっくり立ち上がった。


 剣を握る。


 いつもの安物剣。


 でも。


 感覚が違う。


 重さ。


 重心。


 指への馴染み。


 前より分かる。


「振ってみて」


 レインは恐る恐る剣を振る。


 空気を裂く音。


 止まる。


「……あ」


 自分で分かった。


 前より自然だ。


「もう一回」


 振る。


 今度は足も動く。


 腰が回る。


 身体が繋がる。


「……」


 レインは呆然とした。


 なんで。


 できる。


 セリナは静かに見ていた。


「剣士の癖ね」


「……癖?」


「右足が少し流れる」


「たぶん元の持ち主の癖」


 レインは息を呑む。


 本当に。


 記憶みたいだ。


「……怖い」


「うん」


 セリナは頷く。


「でも利用しなさい」


「……」


「恐れて止まる方が危ない」


 レインは剣を握り直す。


 怖い。


 でも。


 逃げたくなかった。


「もう一回」


「……はい」


 振る。


 何度も。


 何度も。


 少しずつ。


 身体が動きを覚えていく。


 セリナは途中から後ろへ回った。


「脇閉める」


「はい」


「足開きすぎ」


「……はい」


「肩に力入りすぎ」


 指が肩へ触れる。


 熱い。


 近い。


 レインの心臓が跳ねる。


「集中」


「……すみません」


「何考えたの?」


 少し笑っている。


 レインは真っ赤になった。


「な、何でもないです」


「怪しい」


 セリナは小さく笑う。


 その笑顔を見て。


 レインは一瞬、言葉を失った。


 綺麗だった。


 強い人の笑顔。


 でも。


 最近少しだけ柔らかい。


 以前より。


 ちゃんと笑う。


「……」


 レインは目を逸らした。


 釣り合わない。


 本当に。


 この人は強くて綺麗で。


 自分なんかとは違う世界の人だ。


 でも。


 それでも。


 隣に立ちたいと思ってしまう。


「レイン」


「……はい」


「今、変なこと考えたでしょ」


「っ!?」


 セリナが呆れたように笑った。


「顔に出てる」


 レインは耳まで赤くなる。


「……すみません」


「謝らなくていい」


 彼女は窓の外を見る。


 雨はまだ降っていた。


「人ってね」


 静かな声。


「誰かに憧れるの、止められないから」


 レインは息を止める。


「……」


「大事なのは」


 セリナは再びレインを見る。


「勝手に諦めないこと」


 胸が痛くなった。


 レインは何も言えない。


「さ、続き」


「……はい」


 剣を握る。


 疲れている。


 怖い。


 気持ち悪さもまだある。


 でも。


 それでも。


 少しだけ。


 前へ進めている気がした。


 雨の夜。


 小さな宿屋の一室。


 そこでレインは初めて、自分の中に流れ込んだ“剣士の記憶”と向き合い始めていた。







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