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28歳の最強お姉さん冒険者は、自己肯定感ゼロの俺を放っておけない  作者: 慈架太子


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41/61

41:強奪

 朝霧が街を覆っていた。


 石畳は昨夜の雨をまだ残している。


 早朝の市場では、野菜を積んだ荷車が軋み、焼きたての黒パンの匂いが漂っていた。


 人々は動き始めている。


 働く者の朝だ。


 レインは宿屋《白樺亭》の裏庭で剣を振っていた。


 汗が額を流れる。


 呼吸は乱れている。


 足は重い。


 腕も痛い。


 それでも止めなかった。


「三百二十七」


 小さく数える。


 素振り。


 ただの素振りだ。


 技術もない。


 速さもない。


 力もない。


 でも。


 止まれば、自分は本当に何もなくなる気がした。


 巨大魔物討伐から数日。


 街はまだ騒がしい。


 討伐成功。


 S級冒険者セリナの名声。


 巨大種素材の高騰。


 酒場では毎晩その話題ばかりだった。


 レインの名前も少しだけ出る。


 でも、それが逆につらかった。


「……役立った新人」


「セリナの加護付き」


「運が良かっただけ」


 聞こえていた。


 全部。


 否定できない。


 実際そうだから。


「三百二十八」


 剣を振る。


 腕が震える。


 筋肉不足。


 体力不足。


 経験不足。


 全部足りない。


 それでも。


 セリナの隣に立ちたいなら、やるしかなかった。


「朝から頑張るわね」


 声。


 レインは肩を震わせた。


 振り返る。


 セリナだった。


 銀髪を後ろで束ね、軽装の黒シャツ姿。


 朝日を受けた横顔が妙に綺麗だった。


「……お、おはようございます」


「おはよう」


 セリナは裏庭の壁にもたれた。


 腕を組む。


「何本目?」


「……三百二十八です」


「増えたわね」


 レインは視線を逸らした。


「やらないと」


「うん」


 セリナは否定しない。


「でも力みすぎ」


「……え?」


「肩」


 レインは自分の肩を見る。


 確かに硬い。


「怖がって振ってる」


 その言葉に胸が詰まった。


 見抜かれている。


「剣ってね」


 セリナはゆっくり近づいた。


「怖いまま振ると、遅れるの」


 レインの後ろに立つ。


 距離が近い。


 銀髪から微かに石鹸の匂いがした。


「肘、少し落として」


「……は、はい」


「肩の力抜く」


 細い指がレインの肩へ触れる。


 熱い。


 体温が一気に上がる。


「呼吸止めない」


「……っ」


「吸って」


 レインは慌てて息を吸う。


「そう」


 セリナは自然だった。


 教える側。


 落ち着いている。


 でもレインは落ち着けない。


 心臓がうるさい。


「もう一回」


「……はい」


 剣を振る。


 風を切る音。


 さっきより軽い。


「今の方がいい」


「……」


「怖いなら怖いままでいい」


 セリナは言った。


「消そうとしなくていい」


 レインは剣を下ろした。


「……セリナさんは」


「なに」


「怖くないんですか」


 沈黙。


 少しだけ風が吹いた。


「怖いわよ」


 意外だった。


 レインは目を見開く。


「今でも?」


「今でも」


 セリナは笑う。


 小さい笑み。


「死ぬの怖いし」


「仲間失うのも嫌」


「失敗も怖い」


「じゃあ、どうして……」


「慣れただけ」


 その言葉は軽かった。


 でも。


 重かった。


「怖いまま動くことに慣れた」


 レインは黙る。


 自分はまだ。


 怖いだけだ。


 動けなくなる。


 吐きそうになる。


 足が止まる。


「だから訓練するの」


 セリナは剣を見る。


「身体に覚えさせる」


「……」


「怖くても動けるように」


 レインはゆっくり頷いた。


「はい」


 その時だった。


 表通りから怒鳴り声が聞こえた。


「おい待て!」


「逃がすな!」


 騒音。


 人々のざわめき。


 レインとセリナは同時に顔を上げた。


「……行くわよ」


 セリナが走る。


 レインも慌てて追う。


 表通り。


 人混み。


 市場が騒然としていた。


 一人の男が荷袋を抱えて走っている。


 痩せた男だ。


 目が血走っている。


 盗賊崩れ。


 レインは直感した。


「食料盗まれた!」


 商人が叫ぶ。


 男は人を突き飛ばしながら逃げる。


「止まりなさい」


 セリナの声。


 低い。


 圧がある。


 男が振り返る。


 顔色が変わった。


「S級……!」


 逃げる方向を変える。


 細い路地へ。


 セリナが追う。


 レインも走った。


 息が切れる。


 脚が重い。


 でも止まれない。


 路地裏。


 湿った石壁。


 ゴミと泥。


 男は袋を抱えたまま短剣を抜いた。


「来るな!」


 錯乱している。


「腹減ってんだよ!」


 目が危ない。


 追い詰められた目。


 セリナは止まった。


「袋置いて」


「うるせぇ!」


 男が短剣を振る。


 雑。


 素人に近い。


 でも。


 人は死ぬ。


 セリナなら一瞬で終わる。


 レインにも分かる。


 でも。


 その瞬間。


 レインの鑑定が反応した。


【対象:ガルド】

【状態:栄養失調】

【スキル:短剣術Lv1】

【固有:魔力操作Lv2】


 レインの目が止まる。


 魔力操作。


「……っ」


 胸の奥。


 何かが疼いた。


 熱。


 飢え。


 本能みたいな感覚。


 欲しい。


 それを。


 奪いたい。


 レインは息を呑む。


「……え」


 気持ち悪い感覚だった。


 頭の奥で何かが開く。


 黒い穴。


 吸い込む感覚。


 男が叫びながら飛び込んできた。


「死ねぇ!」


 レインの身体が動く。


 怖い。


 震える。


 それでも前に出た。


「っ!」


 剣で受ける。


 重い。


 腕が痺れる。


 押される。


 男の顔が近い。


 汗。


 息。


 殺意。


 怖い。


 怖い。


 怖い。


 でも。


 その瞬間。


 レインの右手が男の腕を掴んだ。


「……え?」


 男が固まる。


 同時に。


 黒い魔力が走った。


「がっ!?」


 男の身体から何かが引き抜かれる。


 光。


 熱。


 感覚。


 レインの中へ流れ込む。


 頭痛。


 吐き気。


 情報。


 身体の動かし方。


 魔力の流し方。


 刃の捌き。


 知らない感覚が流れ込んでくる。


「ぁ……ッ!」


 レインは膝をついた。


 吐く。


 胃液が地面へ落ちた。


 頭が割れそうだった。


「レイン!」


 セリナが駆け寄る。


 男はその場で倒れていた。


 気絶している。


 レインは震えていた。


 寒い。


 熱い。


 気持ち悪い。


「……な、に」


 自分でも分からない。


 ただ。


 理解だけはできた。


 今。


 奪った。


 スキルを。


「……」


 セリナが男を見る。


 次にレインを見る。


 鋭い目だった。


 S級の目。


 見逃さない目。


「……今、何したの」


 レインは答えられない。


 呼吸が乱れる。


 怖い。


 自分が。


 怖かった。


 セリナはしばらく黙っていた。


 やがて。


 ゆっくりしゃがみ込む。


 震えるレインの前へ。


「立てる?」


 責めない。


 まずそこだった。


 レインは目を見開く。


「……怖い、です」


 震えた声。


「うん」


「僕……今」


「うん」


「……奪いました」


 セリナは少しだけ目を細めた。


 でも。


 嫌悪はなかった。


「なら」


 彼女は静かに言った。


「ちゃんと考えなさい」


「……」


「その力を、何のために使うのか」


 レインは震えながら顔を上げる。


 セリナの銀色の瞳。


 強い。


 でも。


 逃げない目だった。


「力ってね」


 彼女は続ける。


「綺麗なものじゃない」


「……」


「特に、奪う力は」


 雨上がりの風が吹く。


 路地の空気が少し冷えた。


「でも」


 セリナはレインへ手を伸ばした。


「あなたが怖がれてるなら、まだ大丈夫」


 その手を。


 レインは震えながら掴んだ。


 温かかった。








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