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28歳の最強お姉さん冒険者は、自己肯定感ゼロの俺を放っておけない  作者: 慈架太子


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40/63

40:初めての敗北感

 雨だった。


 討伐から戻った翌日。


 街全体を包むように、重い灰色の雨が降っていた。


 石畳は濡れ、屋根を打つ音が絶え間なく続く。


 宿屋《白樺亭》の窓も白く曇っていた。


 朝だというのに薄暗い。


 酒場スペースには数人の冒険者がいるだけで、普段より静かだった。


 レインは一人、端の席に座っていた。


 目の前には冷めたスープ。


 手をつけていない。


 ぼんやりと湯気を見ている。


 昨夜から、ずっと胸の奥が重かった。


 巨大魔物討伐。


 成功した。


 街は盛り上がっている。


 冒険者ギルドでも英雄扱いだ。


 S級冒険者セリナが巨大種を討伐した。


 被害も最小限。


 成功例として語られている。


 でも。


 レインの中には何も残っていなかった。


 残ったのは。


 敗北感だった。


「……」


 手が震える。


 スプーンを持つことすら億劫だった。


 自分は役に立った。


 そう言われた。


 セリナにも。


 周囲にも。


 でも違う。


 本当は分かっている。


 自分は足を引っ張った。


 戦場を混乱させた。


 守られた。


 庇われた。


 セリナばかり傷ついた。


 あの人が強かったから終わっただけだ。


 自分ではない。


 自分は。


 弱い。


「……気分悪そうね」


 声。


 レインは肩を震わせた。


 セリナだった。


 銀髪が少し湿っている。


 外から戻ったばかりなのだろう。


 黒いコートを脱ぎながら、向かいへ座る。


「……おはようございます」


「おはよう」


 いつもの声。


 落ち着いている。


 強い人の声だ。


 レインは視線を落とした。


「食べてないの?」


「……はい」


「食べないと倒れる」


 セリナは自然にレインの皿を引き寄せた。


 スプーンで混ぜる。


 冷めている。


「店主さん」


 彼女が声をかける。


「これ温め直して」


「はいよ!」


 厨房から返事。


 セリナはレインを見た。


「眠れなかった?」


「……少し」


 本当はほとんど眠れていない。


 目を閉じると戦闘が浮かぶ。


 轟音。


 血。


 怒号。


 自分の失敗。


 崩れた足場。


 吹き飛ぶ冒険者。


 セリナの血。


「……」


 セリナは何も言わなかった。


 無理に聞かない。


 その静けさが逆につらい。


 レインは俯いた。


「……僕」


 声が出る。


「向いてないのかもしれません」


 言ってしまった。


 口にした瞬間、胸が痛くなる。


「冒険者」


「……」


「怖いし」


「……」


「役に立てないし」


「……」


「皆に迷惑かけるし」


 喉が苦しい。


「セリナさんがいなかったら、たぶん僕……」


 途中で止まる。


 情けなかった。


 二十歳にもなって。


 泣きそうになっている。


「……レイン」


 セリナの声は静かだった。


「昨日、何人死んだと思う?」


 レインは顔を上げる。


「……え?」


「討伐」


「……」


「ゼロ」


 雨音だけが響く。


「重傷はいた。でも死者はいない」


 セリナはまっすぐレインを見た。


「それ、簡単じゃない」


「……でも」


「あなたの索敵がなかったら後衛崩れてた」


「……」


「小型種を止めたのもあなた」


「……でも失敗しました」


「したわね」


 即答だった。


 レインの胸が刺される。


 でも。


 セリナは視線を逸らさなかった。


「戦場で失敗しない人なんていない」


「……」


「私も何回もやってる」


「……セリナさんが?」


「やってる」


 彼女は淡々と言う。


「判断ミスで仲間死なせたこともある」


 空気が止まった。


 レインは言葉を失う。


 セリナは静かだった。


 感情を見せすぎない。


 でも。


 その言葉の重さだけで分かる。


 本当なのだと。


「昔ね」


 彼女は窓の外を見る。


「弟子がいた」


「……」


「あなたより少し年上」


 雨音。


「真面目で」


「弱くて」


「怖がりで」


「でも最後だけ逃げなかった」


 レインは息を呑む。


「無理して前に出た」


「……」


「私が育て方を間違えた」


 セリナの声は変わらない。


 でも。


 少しだけ。


 苦しそうだった。


「死んだ」


 短い言葉。


 重い。


「……」


「それからね」


 セリナは笑った。


 小さい。


 諦めたような笑み。


「若い子を見るの、苦手になった」


 レインの胸が締めつけられる。


「死ぬから」


「……」


「頑張る子ほど、無理するから」


 沈黙。


 レインは何も言えない。


 そんな彼を見て、セリナは少しだけ肩を竦めた。


「だから最初、あなた見た時」


「……」


「すぐ死ぬと思った」


「……」


「目が死にそうだったから」


 レインは苦笑すらできなかった。


 事実だった。


 怖くて。


 自信がなくて。


 今でも毎回吐きそうになる。


「でも」


 セリナは続ける。


「あなた、逃げない」


 その言葉だけで胸が痛くなる。


「怖いのに立つ」


「震えてるのに前見る」


「吐きそうなのに剣抜く」


「それ、簡単じゃない」


 レインは視線を落とした。


 悔しい。


 嬉しい。


 苦しい。


 感情がぐちゃぐちゃだった。


「……でも僕、弱いです」


「うん」


「……」


「今は弱い」


 セリナは否定しない。


「弱い人が強くなる時ってね」


 彼女は温め直されたスープをレインの前へ戻した。


「一回、自分の弱さに負けるの」


 レインはゆっくり顔を上げる。


「昨日のあなた」


「……」


「初めてちゃんと負けた顔してた」


 敗北感。


 その言葉が胸に落ちる。


 レインは初めて理解した。


 今まで自分は。


 どこか現実を見ていなかった。


 弱いと知っていた。


 でも。


 本当の意味で、自分の弱さに叩き潰されたことはなかった。


 昨日。


 巨大種。


 セリナとの差。


 自分の無力。


 全部見えた。


 だから苦しい。


 だから悔しい。


「……」


 レインはスープを口に運ぶ。


 温かい。


 少しだけ胃が動く。


 セリナはそれを見て、小さく息を吐いた。


「今日は休み」


「……はい」


「洗濯終わったら武器屋行く」


「武器屋?」


「あなたの剣、限界」


 レインは腰の安物剣を見る。


 刃こぼれだらけだった。


「あと防具」


「……お金」


「今回報酬出たでしょ」


「……でも」


「死ぬより安い」


 即答だった。


 レインは小さく笑ってしまう。


 本当に。


 この人は現実的だ。


 強い。


 でも。


 その強さは冷たさじゃない。


 生き残るための強さだ。


「……セリナさん」


「なに」


「どうして、そこまでしてくれるんですか」


 聞いてしまった。


 セリナは少しだけ目を細める。


「……さあ」


 少し考える。


「放っておけないからかも」


 それだけ言って、彼女は立ち上がった。


「食べ終わったら来て」


「……はい」


「今日は雨だから」


 銀髪が揺れる。


「足元気をつけなさい」


 その言葉が。


 妙に嬉しかった。


 レインは一人残される。


 窓の外。


 雨。


 灰色の街。


 でも。


 少しだけ。


 昨日より呼吸ができた。


 敗北感は消えていない。


 悔しさもある。


 自分の弱さも変わらない。


 それでも。


 立ち上がりたいと思った。


 隣に立ちたい。


 守られるだけで終わりたくない。


 その気持ちだけは。


 昨日よりずっと強くなっていた。







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