4:震える剣
夜。
レグナードの安宿。
二階の端部屋。
狭い。
古い。
壁も薄い。
だが、今のレインには十分すぎる部屋だった。
「……」
ベッドに座り、剣を見る。
安物の鉄剣。
刃は欠けている。
柄も擦り減っていた。
今日のゴブリン戦の血は、もう拭き取った。
なのに。
まだ感触が残っている。
肉を斬った感覚。
骨に当たった鈍い衝撃。
耳に張り付く悲鳴。
「ぅ……」
胃がひっくり返る。
レインは慌てて口を押さえた。
気持ち悪い。
怖い。
思い出したくない。
でも頭から離れない。
冒険者たちは普通に魔物を斬る。
当たり前みたいに。
でも自分は違う。
怖い。
未だに手が震える。
「……向いてない」
小さく呟く。
今日も死にかけた。
セリナがいなければ死んでいた。
自分一人では何もできない。
悔しい以前に、
情けない。
その時だった。
コンコン。
扉が鳴る。
レインの肩が跳ねた。
「は、はい……!」
「開けろ」
セリナだった。
レインは慌てて扉を開ける。
酒臭い。
今日も飲んでいる。
セリナは片手に紙袋を持っていた。
「……飯」
「え?」
「食ってねぇだろ」
図星だった。
レインは言葉に詰まる。
セリナは勝手に部屋へ入ってきた。
狭い部屋がさらに狭くなる。
長身だから余計だ。
「座れ」
「……は、はい」
机の上に並べられる。
パン。
肉。
スープ。
ギルド近くの食堂のものだった。
「食える時に食え」
セリナは椅子に座る。
当然みたいに酒瓶を開けた。
レインはおそるおそるスープを飲む。
温かい。
少しだけ、
身体の震えが落ち着く。
「……」
沈黙。
だが不思議と嫌ではない。
セリナは酒を飲みながら、
部屋の隅に置かれた剣を見た。
「……まだ震えてるか」
レインの手が止まる。
「……」
「剣」
隠せなかった。
レインの右手は、
今も少し震えている。
「……怖いです」
小さな声。
情けないと思う。
でも誤魔化せなかった。
「魔物も」
「血も」
「死ぬのも」
全部怖い。
「……今日も、足動かなくて」
剣を握った瞬間、
逃げたかった。
泣きたかった。
セリナみたいに戦えない。
自分は弱い。
本当に。
どうしようもなく。
セリナは黙って聞いていた。
笑わない。
馬鹿にしない。
しばらくして、
酒を一口飲む。
「普通だ」
「……え?」
「怖くねぇ方が壊れてる」
レインが顔を上げる。
セリナは窓の外を見る。
「死ぬのは怖ぇ」
「斬るのも怖ぇ」
「仲間失うのも怖ぇ」
「当たり前だ」
その声は静かだった。
強者の言葉なのに、
どこか疲れていた。
「……セリナさんも、怖いんですか」
「怖いぞ」
即答だった。
「今でもな」
レインは驚く。
最強なのに。
あんなに強いのに。
「じゃあ、なんで……」
「慣れだ」
セリナは淡々と言う。
「怖くても動く」
「それ繰り返してるうちに、少しマシになる」
レインは黙る。
そんなものだろうか。
「勘違いすんな」
セリナはレインを見る。
「強いやつは“怖くない”んじゃない」
「怖くても前に出るだけだ」
その言葉。
レインの胸に残る。
怖くても、前に出る。
今日の自分は、
少しだけできただろうか。
「……俺」
レインは俯く。
「セリナさんみたいになれますか」
沈黙。
少しだけ長い沈黙。
やがてセリナは鼻で笑った。
「無理だな」
「……」
「私は最強だから」
真顔だった。
本気だった。
レインが少し傷つく。
だが次の瞬間。
「でも」
セリナは酒瓶を置く。
「アンタはアンタなりに強くなれる」
レインが顔を上げる。
「……」
「少なくとも」
セリナはレインの剣を見る。
「震えながらでも剣握れるヤツは、嫌いじゃねぇ」
その言葉だけで。
少しだけ。
本当に少しだけ。
レインは、
救われた気がした。
窓の外では、まだ雨が降っている。
でも。
一人ではなかった。




