3:「なんで冒険者やってんの」
城壁の外は、冷たい風が吹いていた。
湿った土の匂い。
遠くの森から聞こえる魔物の鳴き声。
都市国家レグナードの外は、安全とは程遠い。
だから普通、新人は一人で来ない。
ましてや。
「遅い」
「……す、すみません」
レインみたいな人間は。
セリナは振り返りもせず歩く。
長い脚。
大剣。
迷いのない足取り。
対してレインは、必死だった。
地面はぬかるんでいるし、
装備は重いし、
そもそも体力がない。
少し歩くだけで息が上がる。
「はぁ……っ、は……」
「体力ねぇな」
「……」
「死ぬぞ、そのままだと」
正論だった。
レインは言い返せない。
悔しい。
でも、本当に弱い。
自分でも分かっている。
セリナはそんなレインを横目で見て、鼻を鳴らした。
「……で」
「は、はい」
「なんで冒険者やってんの」
その言葉に、レインの足が止まりかけた。
答えられない。
いや。
答えたくない。
セリナはその沈黙を急かさない。
前を歩きながら待っている。
やがてレインは、小さく口を開いた。
「……働かないと、生きていけないから」
「他は?」
「……」
「工場」
「荷運び」
「店員」
「色々あるだろ」
「……無理、でした」
声が小さい。
情けないくらい。
「人と喋るの苦手で……」
視線を落とす。
「よく、怒られて」
「遅いとか」
「気持ち悪いとか」
「ちゃんと喋れって」
言っていて、自分でも惨めになる。
でも。
セリナは笑わなかった。
「で、冒険者?」
「……一人でもできるって、聞いたから」
実際は違った。
冒険者も人付き合いだらけだ。
パーティ。
連携。
交渉。
報告。
レインは全部苦手だった。
「でも」
レインは拳を握る。
「強く、なれれば……」
「……」
「変われるかなって」
風が吹く。
セリナは少しだけ目を細めた。
「アンタさ」
「……はい」
「強くなりたいのか」
「え……?」
「それとも、逃げたいのか」
レインの呼吸が止まる。
図星だった。
強くなれば、
馬鹿にされないと思った。
強くなれば、
嫌われないと思った。
強くなれば、
一人でも平気になれると思った。
でも本当は。
怖かっただけだ。
弱い自分が。
誰にも必要とされないことが。
「……分かりません」
絞り出した声。
セリナは少し黙った。
やがて。
「ま、最初はそんなもんか」
あっさり言った。
レインが顔を上げる。
「え……」
「理由なんて後から付いてくる」
セリナは前を向く。
「生き残ってるうちにな」
その時だった。
ガサッ――。
草むらが揺れる。
レインの身体が硬直した。
セリナは止まらない。
「三匹」
「……え?」
「右二、左一」
次の瞬間。
飛び出してきた。
ゴブリン。
昨日と同じ。
醜い緑色の肌。
錆びた短剣。
獣みたいな目。
レインの喉が詰まる。
怖い。
昨日の感覚が蘇る。
手が震える。
呼吸が浅くなる。
「っ……」
だが。
「前出ろ」
セリナの声。
「え……」
「戦え」
「む、無理です……!」
「死ぬぞ」
「……っ」
「冒険者やるなら、逃げるだけじゃ終わる」
セリナは大剣を抜かない。
レインを見るだけ。
試している。
そう分かった。
ゴブリンが迫る。
近い。
怖い。
逃げたい。
でも。
レインは震える手で剣を握った。
足が動かない。
それでも前を見る。
ゴブリンが飛びかかってきた。
「ぁ……ッ!!」
レインは滅茶苦茶に剣を振るった。
ガキンッ!!
運良く弾く。
だが姿勢が崩れる。
終わった。
そう思った瞬間。
ドンッ!!!
横から衝撃。
セリナの蹴りだった。
ゴブリンが吹き飛ぶ。
「立て」
低い声。
レインは息を飲む。
「まだ死んでねぇ」
残り二匹。
セリナはまだ剣を抜かない。
レインを見る。
「やれ」
「……っ」
怖い。
本当に怖い。
でも。
逃げたくなかった。
この人の前でだけは。
レインは叫びながら前へ出た。
不格好だった。
剣筋も滅茶苦茶。
泥だらけ。
情けない。
それでも。
必死だった。
数分後。
三匹のゴブリンは倒れていた。
レインは膝をつく。
「はぁ……っ、は……」
吐きそうだった。
怖かった。
全身が震えている。
そんなレインを見下ろしながら、
セリナはようやく大剣を肩に担いだ。
「……まぁ、悪くねぇ」
レインが顔を上げる。
「え……」
「腰抜かして泣くかと思った」
「……」
「少なくとも、逃げはしなかったな」
それだけ言って、
セリナは歩き出す。
レインは慌てて立ち上がった。
その背中を追いながら。
少しだけ。
本当に少しだけ。
胸の奥に火が灯るのを感じていた。




