2:最強の女
朝。
都市国家レグナードの冒険者ギルドは、既に騒がしかった。
酒臭い笑い声。
武器のぶつかる音。
受付嬢の怒鳴り声。
依頼書を奪い合う冒険者たち。
その隅で。
レインは小さくなって座っていた。
「……」
居心地が悪い。
というより、
怖い。
誰も彼もが強そうに見える。
筋肉。
傷跡。
怒鳴り声。
自分とは別の生き物みたいだった。
レインは視線を落とす。
安物の剣。
昨日、ゴブリン相手に震えていた手。
まだ少し痛む。
情けなかった。
逃げなかっただけ。
本当にそれだけだ。
そんな自分が、ここにいていいのか分からない。
「おい」
突然、頭を軽く叩かれた。
レインが肩を跳ねさせる。
「ひゃっ……!?」
「なんだその声」
見上げる。
そこにいたのは、セリナだった。
黒いシャツ。
革のパンツ。
長い脚。
背中には相変わらず大剣。
朝なのに既に酒臭い。
「……お、おはようございます」
「おう」
セリナは当然みたいにレインの隣へ座った。
周囲がざわつく。
「おい、マジかよ」
「セリナだ」
「隣のガキ誰だ?」
視線が刺さる。
レインは縮こまった。
セリナは気にしない。
「飯食ったか」
「……まだです」
「食え」
ドン、と皿を置かれる。
肉。
パン。
スープ。
冒険者向けの朝食だった。
「え……」
「細すぎる」
「……すみません」
「謝るな。食え」
断れない。
レインはおそるおそるパンを取った。
うまい。
昨日からまともに食べていなかった胃に、熱が落ちていく。
セリナはそれを横目で見ながら酒を飲んでいた。
朝から。
「……酒、好きなんですね」
「あ?」
「あ、いや……」
「好きだぞ」
セリナは普通に答えた。
「飲まないと眠れん時がある」
「……」
その言葉に、
少しだけ引っかかるものを感じた。
でもレインは踏み込めない。
そんな勇気はない。
「レイン」
「は、はい」
「今日ヒマか」
「……え?」
「依頼付き合え」
レインが固まる。
「お、俺がですか?」
「他に誰がいる」
「いや、でも……」
「嫌か?」
「ち、違います」
嫌じゃない。
むしろ。
嬉しい。
でも。
「……俺、弱いですよ」
「知ってる」
二回目だった。
ビックリするくらい容赦がない。
レインが少し落ち込む。
セリナは鼻で笑った。
「安心しろ。荷物持ちくらいにはなる」
「……」
「その顔やめろ」
少しだけ、
セリナが笑っていた。
その時だった。
「おいセリナァ!」
大声。
大柄な男が近づいてくる。
斧使いだ。
筋肉の塊みたいな男。
「また変なの拾ったのか?」
周囲が笑う。
レインの身体が縮こまる。
男はレインを見下ろした。
「ヒョロすぎんだろ。風で飛ぶぞ」
笑い声。
レインは俯いた。
慣れている。
こういうのは。
でも。
「黙れ」
一瞬で空気が止まった。
セリナだった。
酒瓶を机に置く。
その音だけで、
周囲の空気が変わる。
「……あ?」
大男が眉をひそめる。
セリナは立ち上がった。
高い。
女なのに、
威圧感が凄い。
「そいつは昨日、生き残った」
「新人がゴブリン三匹相手にな」
「それだけで十分だ」
静かな声だった。
怒鳴っていない。
でも、
空気が重い。
大男が舌打ちする。
「チッ……相変わらず甘ぇな」
「甘くねぇよ」
セリナは冷たく返した。
「死にそうでも前に出るヤツは、嫌いじゃねぇだけだ」
それだけ言って、
セリナはレインを見る。
「行くぞ」
「……は、はい」
レインは慌てて立ち上がった。
ギルドを出る。
朝の光が眩しい。
レインは少し後ろを歩く。
セリナの背中を見る。
大きい。
強い。
怖いくらい強い。
でも。
さっき、
庇ってくれた。
「……なんで」
「あ?」
「なんで、俺なんか……」
セリナは少しだけ空を見る。
「別に」
「……」
「昔の自分見てるみたいで、気に入らねぇだけだ」
レインは意味が分からなかった。
こんな強い人が。
自分みたいだった?
信じられない。
するとセリナが振り返る。
「勘違いすんなよ」
「はい」
「私は強い」
「……はい」
「レグナードでも最強クラスだ」
堂々と言い切った。
冗談じゃない。
本気だ。
でも嫌味がない。
事実だからだ。
「だからアンタくらい、死なせず連れて帰れる」
その言葉。
その背中。
その自信。
レインは初めて思った。
この人みたいになりたい、と。
まだ憧れだった。
恋じゃない。
でも確かに。
レインの世界は、
少しずつ変わり始めていた。




