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28歳の最強お姉さん冒険者は、自己肯定感ゼロの俺を放っておけない  作者: 慈架太子


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37/62

37:役に立てない

 巨大魔物討伐隊の出発は翌朝だった。


 迷宮都市グランゼルの西門前。


 まだ日も完全には昇っていない。


 灰色の空。


 冷たい風。


 湿った石畳。


 重い空気。


 集まった冒険者たちは皆、無口だった。


 巨大種討伐。


 それがどういう意味か、全員知っている。


 死ぬ可能性が高い。


 しかも一人ではない。


 まとめて死ぬ。


 逃げ遅れた前衛。


 潰される後衛。


 崩落。


 炎。


 悲鳴。


 そういう現場だ。


 レインは隊列の後ろで肩を縮めていた。


 緊張で胃が痛い。


 昨夜からほとんど眠れていない。


 吐き気もある。


 手が冷たい。


 剣を握る指に力が入らない。


「顔色悪いわね」


 隣からセリナが言った。


 銀髪を後ろで軽く束ねている。


 黒い軽装鎧。


 背中の超大型大剣。


 朝の薄い光の中でも、その姿は強かった。


「……すみません」


「謝ることじゃない」


 セリナは小さく息を吐く。


「怖いのは普通」


「……はい」


「怖くない新人の方が危ない」


 レインは小さく頷いた。


 それでも怖かった。


 自分だけ場違いに見える。


 周囲の冒険者たちは皆、強そうだ。


 筋肉。


 傷。


 経験。


 覚悟。


 それに比べて自分は。


 細い。


 弱い。


 震えている。


 完全に足手まといだった。


「《紅蓮姫》」


 低い声。


 近づいてきたのは大柄な男だった。


 赤銅色の鎧。


 二本斧。


 三十代半ば。


 A級冒険者、《鉄牙》ガルム。


 討伐隊の前衛長だ。


「そいつ連れてくのか?」


 視線がレインへ向く。


 レインは反射的に身体を固くした。


「連れてく」


 セリナは即答する。


「冗談だろ」


「本気」


 ガルムは露骨に眉をしかめた。


「巨大種だぞ」


「分かってる」


「新人抱えて戦える相手じゃねぇ」


「それも分かってる」


 セリナは淡々としていた。


 でも空気は少し張っている。


 周囲の視線も集まり始めた。


「悪いが、死にたがりに付き合う余裕はねぇ」


 レインの胸が痛む。


 正しい。


 全部正しい。


 自分でもそう思う。


 役に立てない。


 守られるだけだ。


 足を引っ張る。


「鑑定持ちよ」


 セリナが言う。


「……は?」


「索敵補助できる」


「新人の鑑定なんざ誤差だろ」


「誤差でもある方がマシ」


 ガルムは不満そうに鼻を鳴らした。


「死んでも知らねぇぞ」


「死なせない」


 セリナの声は静かだった。


 でも強かった。


 レインはその横顔を見上げた。


 綺麗だと思った。


 強くて。


 真っ直ぐで。


 こんな人に守られている。


 情けなくて。


 嬉しくて。


 苦しかった。


 隊列が動き始める。


 西門を抜け。


 旧坑道へ向かう街道へ出る。


 討伐隊は全部で二十七人。


 前衛。


 盾役。


 弓。


 魔術師。


 治癒役。


 荷運び。


 全員がどこか緊張していた。


 巨大種は、それだけ特別だ。


 街道脇には小さな農地が広がっている。


 朝露に濡れた麦。


 畑を耕す農民。


 荷車。


 煙。


 パンを焼く匂い。


 普通の生活。


 誰かの日常。


 巨大種を放置すれば、あれが壊れる。


 セリナが依頼を断れなかった理由が少し分かった。


「レイン」


「はい」


「歩幅、小さい」


「……すみません」


「謝らなくていいから合わせなさい」


 セリナは歩調を少し落とした。


 そのさりげなさが余計に刺さる。


 優しい。


 でも。


 その優しさに甘えているだけな気がする。


 役に立てていない。


 ただ守られている。


 その感覚がずっと胸に残っていた。


 昼前。


 討伐隊は旧坑道近くの廃村へ到着した。


 人のいない村。


 崩れた屋根。


 壊れた井戸。


 荒れた畑。


 魔物被害で放棄された場所だ。


 ここを前線拠点にするらしい。


「今日はここで準備だ」


 ガルムが声を上げる。


「坑道突入は明朝」


 隊員たちが散っていく。


 食事。


 武器点検。


 罠確認。


 周辺警戒。


 全員が慣れた動きだった。


 レインは何をすればいいか分からず立ち尽くす。


 邪魔にならない場所を探してしまう。


「立ってるだけなら荷物整理」


 セリナが袋を放ってきた。


「……はい」


 レインは慌てて受け取る。


 食料袋。


 干し肉。


 保存パン。


 乾燥野菜。


 塩。


 燻製。


 討伐隊の食事は質素だ。


 でもちゃんとしている。


 セリナは食を軽視しない。


「戦う前に食べる」


「休む」


「身体を壊さない」


 いつも言っている。


 強い人ほど、その辺りが現実的だった。


 レインは焚き火の横で鍋を準備した。


 水。


 乾燥野菜。


 塩。


 燻製肉。


 簡単なスープ。


 自分にできることは少ない。


 でも。


 何もしないよりマシだ。


「……手際いいな」


 低い声。


 振り向くと、弓使いの女がいた。


 短い茶髪。


 鋭い目。


 二十代半ば。


 軽装。


「え」


「料理」


「あ……」


 レインは戸惑う。


「少しだけ」


「へぇ」


 彼女は鍋を覗き込む。


「新人にしては珍しい」


 その時。


「リオ、あんまり脅かさない」


 セリナが近づいてきた。


「脅かしてない」


 女弓使い――リオは肩をすくめる。


「この子、本当に新人?」


「そうよ」


「変わってる」


 レインは居心地が悪くなる。


 変。


 気持ち悪い。


 昔からよく言われる。


「レイン、気にしない」


 セリナが自然に言った。


「リオは口悪いだけ」


「否定しないんだ」


 リオが笑う。


 少し空気が軽くなる。


 レインは小さく息を吐いた。


 でも。


 やっぱり自分だけ弱い。


 それは変わらない。


 夕方。


 周辺警戒から戻った隊員が報告を上げる。


「痕跡あり」


「デカい」


「岩壁削れてた」


 空気が重くなる。


 本当にいる。


 巨大種。


 セリナは地図を広げていた。


「坑道は三層構造」


「崩落箇所あり」


「逃げ道は少ない」


 真剣な横顔。


 戦場の人間の顔だった。


 レインは少し離れた場所からそれを見ていた。


 綺麗だと思う。


 でも遠い。


 強すぎる。


 自分とは違う世界の人みたいだ。


 その時。


「何してるの」


 セリナが振り向いた。


「……見てました」


「ぼーっと?」


「……はい」


 セリナは少し困ったように笑う。


「レイン」


「はい」


「役に立ててないって顔してる」


 心臓が跳ねた。


 見抜かれている。


「……だって」


 言葉が詰まる。


「僕、弱いし」


「うん」


「何もできないし」


「まだね」


「皆、強くて」


「そうね」


「……僕だけ」


 喉が苦しくなる。


「足手まといです」


 静かな沈黙。


 焚き火の音。


 風。


 遠くの虫の声。


 セリナは少しだけ目を細めた。


「レイン」


「はい」


「役に立つって、何だと思う?」


 レインは答えられない。


 強いこと。


 戦えること。


 守れること。


 たぶん、そういうことだ。


「私は昔」


 セリナが静かに言う。


「強い奴だけが必要だと思ってた」


「……」


「弱い人間は死ぬだけだって」


 焚き火の火が銀髪を揺らす。


「でも違った」


「……」


「ちゃんと食べろって言う奴」


「休めって言う奴」


「帰ってこいって言う奴」


「死ぬなって怒る奴」


「そういうのがいないと、人は壊れる」


 レインは黙って聞いていた。


「役に立つって、剣だけじゃない」


 セリナはレインを見る。


「あなた、ちゃんと周り見てる」


「怖いのに逃げない」


「それ、簡単じゃない」


 レインの胸が熱くなる。


 そんな風に言われたことがない。


 ずっと。


 役に立たないと言われてきたから。


「だから今は」


 セリナは小さく笑った。


「生き残ること考えなさい」


「……はい」


「勝手に潰れない」


「……はい」


「あと」


 少しだけ声が柔らかくなる。


「一人で抱え込まない」


 レインは小さく頷いた。


 焚き火の温かさ。


 夜風。


 遠くの星。


 巨大種は怖い。


 明日が怖い。


 自分が無力なのも変わらない。


 それでも。


 隣にいていいと言われた気がした。


 その言葉だけで、少し呼吸が楽になった。







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