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28歳の最強お姉さん冒険者は、自己肯定感ゼロの俺を放っておけない  作者: 慈架太子


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36:巨大魔物討伐依頼

 朝の冒険者ギルドは騒がしかった。


 酒の匂い。


 汗。


 鉄。


 湿った革鎧。


 怒鳴り声。


 笑い声。


 迷宮都市グランゼルの中心にある巨大建築、《冒険者ギルド》。


 ここは毎日、人が命を金に変える場所だった。


 依頼掲示板の前には既に人だかりができている。


 低級採取。


 荷運び。


 下水清掃。


 第一層巡回。


 新人向け依頼は朝早く消える。


 弱い者は仕事を取ることから戦いだった。


 レインは人混みの端で小さく肩を縮めていた。


 苦手だ。


 近い距離。


 大声。


 他人の視線。


 胃が重くなる。


 呼吸も浅い。


 でも今日は少しだけ違った。


 隣にセリナがいる。


 銀髪の女剣士は壁際に立ち、静かに掲示板を見ていた。


 長身。


 黒い外套。


 腰まで届く銀髪。


 背負った超大型大剣。


 人混みの中でも異様に目立つ。


 そして、誰も無遠慮には近づかない。


「《紅蓮姫》だ……」


「久しぶりに来たな」


「また新人連れてる」


「本気か?」


 ひそひそ声が聞こえる。


 レインは少し俯いた。


 まだ慣れない。


 自分だけ浮いている気がする。


 釣り合わない。


 本当にその通りだった。


 セリナはS級。


 自分は、まだ第三層で震えている新人だ。


「レイン」


「……はい」


「顔上げなさい」


 セリナは掲示板を見たまま言った。


「下向いてると余計舐められる」


「……はい」


 レインは少しだけ顔を上げた。


 その時。


 ギルド奥の扉が勢いよく開いた。


「セリナ!!」


 大声。


 周囲が静まる。


 現れたのは筋骨隆々の男だった。


 四十代半ば。


 短い灰髪。


 左頬に古傷。


 重厚な鎧。


 ギルド長、バルガス。


 歴戦の元冒険者だ。


 彼はセリナを見るなり眉を寄せた。


「探したぞ」


「朝から騒がしい」


「騒がしくもなる」


 バルガスはため息を吐く。


「面倒なのが出た」


 空気が少し変わる。


 周囲の冒険者たちも耳を向けていた。


「何ですか」


 セリナが短く聞く。


 バルガスは低い声で言った。


「巨大種だ」


 ざわつき。


 巨大種。


 普通の魔物とは違う。


 異常成長個体。


 群れを壊し。


 生態系を変え。


 時には街を潰す。


 危険度は高い。


 レインの背筋に冷たいものが走った。


「場所は」


「西側旧坑道」


「……最悪ね」


 セリナの目が細くなる。


 西側旧坑道。


 放棄された地下鉱山。


 迷宮と繋がっている危険区域だ。


「何が出たんですか」


 レインが小さく聞く。


 バルガスが視線を向けた。


「岩竜種」


 空気が重くなる。


 岩竜。


 巨大。


 硬い。


 強靭。


 新人が聞くだけで震える相手だった。


「確認された個体は全長八メートル級」


「二隊潰された」


 レインの喉が鳴る。


 想像できない。


 八メートル。


 家みたいな大きさだ。


「討伐隊は?」


「今集めてる」


 バルガスはセリナを見る。


「お前にも入ってほしい」


「嫌」


 即答だった。


 周囲が静まる。


 バルガスが頭を抱える。


「即答するな」


「今は新人抱えてる」


「街が潰れても?」


「脅迫?」


「現実だ」


 セリナは黙る。


 その横顔は少し険しかった。


 レインは静かに聞いていた。


 巨大種。


 討伐隊。


 死ぬ。


 その言葉が頭の中を回る。


 怖い。


 関わりたくない。


 自分なんか絶対死ぬ。


 でも。


「……行くんですか」


 レインが聞く。


 セリナはすぐ答えなかった。


「本音なら行きたくない」


「……」


「巨大種は嫌い」


 珍しく本音っぽかった。


「強いからじゃない」


「死ぬ時、まとめて死ぬから」


 その言葉に重みがあった。


 仲間を失った女の言葉だった。


 セリナは続ける。


「昔、似た討伐で半分死んだ」


「弟子も」


 レインは何も言えなかった。


 セリナはあまり過去を語らない。


 でも時々こうして漏れる。


 傷みたいに。


 消えないものみたいに。


 バルガスが低く言う。


「だからお前が必要だ」


「生き残らせられる奴が少ない」


 セリナは苛立ったように息を吐く。


「買い被り」


「違う」


 ギルド長は真っ直ぐ言った。


「お前、生き残るための判断だけは間違えない」


 レインは少し驚いた。


 確かにセリナは無茶を嫌う。


 退く。


 休む。


 食べる。


 準備する。


 英雄っぽくないくらい現実的だ。


 でも、その現実が人を生かしてきた。


「報酬は?」


 セリナが聞く。


「白金貨三十」


 周囲がざわつく。


 大金だった。


 普通の冒険者なら人生が変わる。


「……高い」


「街が危ない」


 沈黙。


 レインは小さく手を握った。


 本当は行ってほしくない。


 怖い。


 巨大種なんて想像もできない。


 でも。


 セリナは行く気がする。


 この人はそういう人だ。


 見捨てない。


 嫌でも。


 死にたくなくても。


 必要なら行く。


「セリナさん」


「何」


「……僕も行きます」


 周囲が静まる。


 セリナがゆっくり振り返る。


「何で」


「パーティですから」


 レインの声は震えていた。


 怖い。


 本当に怖い。


 でも。


 逃げたくなかった。


 セリナだけ行かせるのが嫌だった。


「死ぬわよ」


「……はい」


「怖い?」


「怖いです」


「なら来ない方がいい」


 普通ならそうだ。


 新人が行く場所じゃない。


 荷物になる。


 守る側が危険になる。


 でも。


 レインは小さく息を吸った。


「それでも」


 声が震える。


「……隣にいたいです」


 ギルドの空気が少し止まる。


 レインは顔が熱くなる。


 また変なことを言った気がした。


 でも。


 セリナは笑わなかった。


 しばらく黙って。


 小さく息を吐く。


「馬鹿」


「……はい」


「本当に弱い」


「……はい」


「震えてる」


「……はい」


「でも」


 セリナは少しだけ目を細めた。


「逃げないのね」


 レインは頷いた。


 怖い。


 吐きそうだ。


 でも。


 最後だけは逃げたくなかった。


 セリナはギルド長へ向き直る。


「条件ある」


「何だ」


「新人を勝手に前出ししない」


「当然だ」


「撤退判断は私」


「分かった」


「あと」


 セリナの目が少し鋭くなる。


「無能混ぜるなら抜ける」


 空気が張る。


 ギルド長は苦笑した。


「相変わらず厳しいな」


「死体見飽きてる」


 その一言で誰も何も言えなくなった。


 討伐隊結成は昼。


 出発は明朝。


 ギルド内が慌ただしく動き始める。


 レインはまだ実感が薄かった。


 巨大種。


 討伐。


 死ぬかもしれない。


 怖い。


 怖くて仕方ない。


 それでも。


 セリナは歩き出す。


 だから。


 レインも、その後ろをついていった。


 隣に立つには、まだ遠い。


 それでも少しずつ。


 この人と同じ方向を向いて歩きたかった。







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