↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28歳の最強お姉さん冒険者は、自己肯定感ゼロの俺を放っておけない  作者: 慈架太子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/61

34:それでも同行する

 朝は早かった。


 まだ空が青黒い時間。


 迷宮都市グランゼルは、眠っているようで完全には止まらない。


 荷馬車の音。


 市場の準備。


 鍛冶屋の火。


 夜通し迷宮へ潜っていた冒険者たちの疲れた足音。


 この街では、生きることそのものが消耗だった。


 宿屋《灰鹿亭》の二階。


 狭い部屋の窓から、薄い朝の光が差し込む。


 レインは静かに目を開けた。


 体が重い。


 昨日の訓練の筋肉痛が残っている。


 剣を振るだけで腕が震えた。


 走るだけで肺が焼けた。


 吐いた。


 転んだ。


 それでもセリナは止めなかった。


『立ちなさい』


『迷宮は待ってくれない』


 その言葉通りだった。


 ベッドから起き上がる。


 窓際には、洗濯されたシャツが干してあった。


 昨夜、セリナが黙って洗ってくれていたものだ。


 少しだけ胸が苦しくなる。


 優しさに慣れていない。


 どう返していいか分からない。


 レインは静かに服を着替えた。


 部屋を出る。


 一階へ降りると、すでにセリナが席に座っていた。


 銀髪を後ろで軽く束ねている。


 革鎧。


 黒い外套。


 巨大な大剣は壁に立て掛けられていた。


 朝なのに妙に絵になる。


 宿の娘がちらちら見ているのも分かった。


「おはようございます」


「おはよう」


 セリナは短く答える。


 机には朝食が並んでいた。


 黒パン。


 燻製肉。


 豆のスープ。


 卵焼き。


 そして小さな蜂蜜菓子。


「……また甘いのありますね」


「朝は糖分必要」


「好きなだけじゃ」


「黙って食べる」


 少しだけ口元が緩む。


 レインは座った。


 温かいスープを飲く。


 胃が少し落ち着く。


 セリナは食事しながら地図を広げていた。


「今日は第三迷宮層まで行く」


 レインの動きが止まる。


「第三……」


「怖い?」


「……はい」


 正直に答える。


 セリナは少し頷いた。


「なら正常」


 第三層。


 新人が気軽に行く場所ではない。


 魔物の質が変わる。


 連携も必要になる。


 死者も出る。


 最近のレインは少し戦えるようになった。


 吸収。


 微弱な魔力制御。


 水弾。


 索敵。


 それでも弱い。


 怖いものは怖い。


「行きたくない?」


 レインは黙った。


 本音なら怖い。


 逃げたい。


 安全な場所にいたい。


 笑われたくない。


 死にたくない。


 でも。


「……行きます」


 セリナは少しだけ目を細める。


「理由は?」


 レインは答えに詰まる。


 少し考えて。


 小さく言った。


「……隣に立ちたいから」


 沈黙。


 宿屋の空気が少し止まる。


 近くで皿を拭いていた宿の娘が目を丸くした。


 レインは言った後に顔が熱くなる。


 しまったと思った。


 違う。


 そういう意味じゃなくて。


 でも。


 セリナは笑わなかった。


「……そう」


 それだけだった。


 でも少しだけ耳が赤い。


 レインは気づかなかった。


 朝食を終える。


 装備確認。


 水筒。


 保存食。


 回復薬。


 ナイフ。


 ロープ。


 迷宮は準備不足から死ぬ。


 セリナはそこを徹底していた。


「荷物持った?」


「はい」


「回復薬は?」


「右腰」


「解毒は?」


「左ポーチ」


「よし」


 淡々としている。


 でも。


 その確認には生き残らせようという意思があった。


 二人は宿を出た。


 朝の空気は冷たい。


 迷宮前広場には既に冒険者が集まっていた。


 剣士。


 槍使い。


 魔術師。


 荷運び。


 回収業者。


 迷宮都市は巨大な胃袋みたいだった。


 人を飲み込んで。


 金を吐き出して。


 また人を呼ぶ。


 その中で。


 レインとセリナは目立つ。


 理由は単純だった。


 セリナが有名すぎる。


「《紅蓮姫》だ」


「また新人連れてる」


「本気か?」


「死ぬぞあれ」


 ひそひそ声。


 視線。


 レインの胃が痛くなる。


 でも。


 昨日より少しだけ耐えられた。


 セリナは気にしない。


 真っ直ぐ歩く。


 迷宮入口。


 巨大な石門。


 地下へ続く暗闇。


 空気が冷たい。


 底の見えない穴みたいだった。


 レインの呼吸が浅くなる。


 怖い。


 また。


 足が止まりそうになる。


 その時。


「レイン」


「……はい」


「見るな」


「え?」


「周り見るな」


 セリナは迷宮だけを見ていた。


「迷宮だけ見ろ」


「生き残る時はそれでいい」


 レインは少しだけ息を吸う。


 頷いた。


「……はい」


 二人は地下へ降りる。


 石階段。


 湿った空気。


 暗い壁。


 魔石灯がぼんやり揺れている。


 第一層。


 第二層。


 ここまでは慣れた。


 ゴブリン。


 スライム。


 小型狼。


 レインでも対応できる。


 でも。


 第三層へ降りた瞬間。


 空気が変わった。


 重い。


 冷たい。


 静かすぎる。


 レインの背中に汗が流れる。


「索敵」


「は、はい」


 レインは集中する。


 風。


 空気。


 振動。


 最近少しずつ感覚が掴めてきた。


 奥。


 右。


 三体。


「……います」


「種類は?」


 レインは目を閉じる。


 鑑定。


 微弱な魔力反応。


「……影狼」


「三体」


「距離は?」


「三十……二十七くらい」


 セリナが少し驚いた顔をした。


「精度上がった」


 レインは少しだけ嬉しくなる。


 でもすぐ緊張が戻る。


 影狼。


 第三層の危険種。


 速い。


 群れる。


 喉を狙う。


 新人殺し。


 次の瞬間。


 闇から飛び出した。


 速い。


 黒い。


 牙。


 レインの体が硬直する。


 動けない。


 怖い。


 でも。


「下がるな!」


 セリナの声。


 巨大剣が炎を纏う。


 一閃。


 轟音。


 一体が真っ二つになる。


 熱風。


 血。


 焦げ臭い匂い。


 残り二体。


 レインの足が震える。


 怖い。


 無理だ。


 死ぬ。


 影狼が突っ込む。


 その瞬間。


 レインは反射的に手を出していた。


「水……!」


 水弾。


 まだ弱い。


 でも。


 狼の目に直撃する。


 僅かに怯む。


「いい!」


 セリナが踏み込む。


 炎。


 斬撃。


 二体目が吹き飛ぶ。


 最後の一体がレインへ来る。


 恐怖で頭が真っ白になる。


 逃げたい。


 でも。


 逃げたら死ぬ。


 レインは震えながら剣を握る。


 下手でも。


 怖くても。


 前へ。


「ぁああっ!」


 振る。


 剣は浅い。


 でも。


 その瞬間。


 狼の魔力が流れ込んできた。


「っ!?」


 吸収。


 体内に熱が走る。


 視界が揺れる。


 魔力。


 力。


 暴れそうな奔流。


 制御できない。


 セリナが最後の狼を斬り裂いた。


 静寂。


 レインは膝をつく。


「はっ……はっ……」


 吐き気。


 頭痛。


 体が熱い。


 セリナがすぐしゃがみ込む。


「吸収したの?」


「……少し」


「馬鹿」


 声は厳しい。


 でも。


 手は優しかった。


 額に触れる。


 熱を測る。


「無茶しすぎ」


「でも……」


「でもじゃない」


 レインは俯く。


「……怖かったです」


「知ってる」


「動けなかった」


「それでも動いた」


 セリナは短く言う。


「十分」


 レインは少しだけ目を開く。


「……怒らないんですか」


「何で?」


「弱いから」


 セリナは呆れたように息を吐いた。


「最初から強い奴なんか気持ち悪い」


「……」


「ちゃんと怖がって」


「ちゃんと苦しんで」


「それでも来る奴の方が信用できる」


 レインは胸が苦しくなる。


 迷宮の空気は冷たい。


 でも。


 セリナの手は温かかった。


「帰る?」


 レインは少し迷った。


 本当は帰りたい。


 休みたい。


 でも。


「……行きます」


 セリナは少し笑う。


「そういうと思った」


 二人は立ち上がる。


 暗い地下迷宮。


 恐怖。


 嘲笑。


 実力差。


 全部まだ変わらない。


 それでも。


 レインは同行する。


 この人の隣を歩くために。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。