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28歳の最強お姉さん冒険者は、自己肯定感ゼロの俺を放っておけない  作者: 慈架太子


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33/61

33:嘲笑

 迷宮都市グランゼルの夜は騒がしい。


 酒場。


 怒鳴り声。


 笑い声。


 勝者の歓声。


 敗者の呻き。


 この街では、強さがそのまま価値だった。


 迷宮へ潜る者。


 生きて戻る者。


 稼げる者。


 守れる者。


 そういう人間だけが胸を張れる。


 弱い者は笑われる。


 足を引っ張る者は嫌われる。


 死体になる前に切り捨てられる。


 それが現実だった。


 冒険者ギルド《黒鉄の牙》。


 夜の酒場スペースは特に空気が荒れている。


 依頼帰りの冒険者たちが酒を飲み、今日の成果を語っていた。


 その一角で、レインは静かに依頼書を整理していた。


 最近はセリナの補助だけでなく、簡単な事務も覚え始めている。


 素材換金。


 依頼整理。


 迷宮層ごとの利益率。


 食料消費。


 薬代。


 宿代。


 迷宮は戦闘だけでは成立しない。


 物資と金がなければ冒険者は死ぬ。


 セリナはそこを徹底していた。


「剣だけ振ってる奴は早死にする」


 それが口癖だった。


 だからレインも学ぶ。


 必死に。


 少しでも隣に立てるように。


 その時だった。


「おい」


 低い声。


 レインが顔を上げる。


 三人組の冒険者だった。


 中堅クラス。


 鎧も悪くない。


 腕も立つ。


 少なくともレインより遥かに強い。


「……はい」


「お前、《紅蓮姫》の腰巾着だろ」


 周囲が少し静かになる。


 レインの喉が詰まる。


「違っ……」


「違わねぇだろ」


 男は笑った。


「最近ずっと一緒じゃねぇか」


「羨ましいねぇ」


「S級女に拾われるとか」


 酒の入った笑い声。


 レインの指が少し震える。


 怖い。


 こういう空気が苦手だ。


 視線。


 嘲笑。


 軽蔑。


 昔から慣れている。


 でも慣れたくはなかった。


「……パーティです」


 小さく言う。


「正式に組んでます」


「はっ」


 男が鼻で笑う。


「お前みたいなのが?」


「何ができんの?」


「壁役? 無理だろ」


「前衛? 死ぬだけだ」


「女の後ろ隠れてる方が似合ってる」


 周囲から乾いた笑いが漏れる。


 レインは俯きそうになる。


 でも。


 最近は少し違った。


 セリナが言っていた。


『胸張って立ちなさい』


 その言葉を思い出す。


 怖い。


 胃が痛い。


 逃げたい。


 それでも。


「……僕は」


 声が震える。


「ちゃんと役に立ちます」


 一瞬、場が止まった。


 冒険者たちは少し意外そうな顔をした。


 以前のレインなら謝って終わっていた。


 縮こまって消えそうになっていた。


 今は違う。


 弱いまま。


 震えたまま。


 それでも立っている。


「役に立つ?」


 男が笑う。


「なら見せてみろよ」


 その瞬間。


 酒場の扉が開いた。


 冷たい空気が流れ込む。


 セリナだった。


 銀髪。


 長身。


 圧倒的な存在感。


 視線が一斉に集まる。


「……なにしてるの」


 静かな声だった。


 でも空気が張り詰める。


 男たちが一瞬固まる。


「いや、別に」


「雑談っすよ」


「そう」


 セリナはレインを見る。


 震えている。


 でも逃げていない。


 ちゃんと立っている。


 それを見て、セリナは少しだけ目を細めた。


「レイン」


「……はい」


「帰るよ」


 レインが頷く。


 その時。


 男の一人がぼそりと言った。


「甘やかしすぎだろ」


 空気が止まる。


 セリナの足が止まった。


「……何か言った?」


 声が低い。


 温度が下がる。


 男が少し後退る。


 それでも酒が入っていた。


「いや、だって実際そうだろ」


「こんな新人連れて」


「どう考えても足手まといじゃねぇか」


 セリナは少し黙った。


 怒鳴らない。


 暴れない。


 その代わり。


 視線だけが鋭かった。


「……そうかもね」


 意外な返答だった。


 レインが少し固まる。


「今は弱い」


「未熟」


「危なっかしい」


「目離すとすぐ無茶する」


 レインが少し沈む。


 でも。


 セリナは続けた。


「でも」


 真っ直ぐだった。


「こいつは逃げない」


 酒場が静まる。


「怖がりながら前に出る」


「吐きながらでも立つ」


「それがどれだけ難しいか、分かってない奴が多すぎる」


 誰も笑わなかった。


 セリナの声には実感があった。


 死線を越えた人間の重みがあった。


「強いだけの奴は腐るほどいる」


「でも」


 セリナはレインを見る。


「折れない奴は少ない」


 レインの胸が熱くなる。


 苦しいくらい。


 こんな風に言われたことがない。


 男たちは気まずそうに黙った。


 セリナはそれ以上何も言わない。


「帰る」


「……はい」


 二人は酒場を出た。


 夜風が冷たい。


 石畳が濡れている。


 少し前に雨が降ったらしい。


 しばらく沈黙が続いた。


 レインは俯いて歩く。


「……すみません」


 結局それだった。


 セリナが呆れたように息を吐く。


「最近減ったと思ったのに」


「でも……迷惑」


「迷惑なら組まない」


 即答。


「それ何回言わせるの」


 レインは黙る。


 セリナは歩幅を少し緩めた。


「気にするなとは言わない」


「……」


「実際、今は釣り合ってない」


 レインの胸が少し痛む。


 でも。


 セリナは続けた。


「でも、今だけ」


 レインが顔を上げる。


「追いつけばいい」


 簡単に言う。


 でも。


 その言葉はレインにとって救いだった。


「……追いつけますか」


「知らない」


「え」


「未来なんか分からない」


 セリナは少し笑った。


「でも、今のお前なら可能性ある」


 レインは息を飲む。


「可能性」


「無限魔力」


「吸収」


「その上で折れない」


「正直かなり危ない」


「危ない?」


「化けるって意味」


 レインは少し困ったように笑う。


「自信ないです」


「知ってる」


「怖いです」


「それも知ってる」


 セリナは視線を前へ向けた。


「でも前よりマシ」


 その言葉が嬉しかった。


 本当に。


 少しずつ。


 少しずつだけど。


 変われている気がした。


 市場通りへ出る。


 夜でも屋台は明るい。


 串焼き。


 煮込み。


 焼き菓子。


 迷宮都市は夜でも腹を空かせた人間で溢れている。


 セリナが足を止めた。


「食べる?」


「……はい」


「今日は甘いの」


 レインが少し笑う。


「セリナさん、本当に好きですね」


「……うるさい」


 少しだけ耳が赤い。


 二人は屋台の焼き菓子を買った。


 蜂蜜と木の実を使った甘い菓子。


 温かい。


「美味しい……」


「でしょ」


 セリナが少し満足そうに笑う。


 その横顔を見ながら、レインは思う。


 釣り合わない。


 その通りだ。


 今の自分はまだ弱い。


 でも。


 それで終わりたくない。


 この人の隣で笑いたい。


 守られるだけじゃなく。


 支えられるようになりたい。


 夜風が吹く。


 街の灯りが揺れる。


 迷宮都市グランゼル。


 嘲笑の中でも。


 少年の決意だけは、少しずつ強くなっていた。







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