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28歳の最強お姉さん冒険者は、自己肯定感ゼロの俺を放っておけない  作者: 慈架太子


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32:釣り合わない二人

 迷宮都市グランゼルの朝は早い。


 まだ陽も昇り切らない時間から、中央市場には人が溢れていた。


 野菜を積んだ荷車。


 香辛料を売る商人。


 焼き立ての黒パン。


 湯気を立てるスープ。


 迷宮から戻った冒険者が血と泥の匂いを引きずりながら通り過ぎる。


 この街は、生きるために回っている。


 戦いだけではない。


 食料。


 物流。


 武具。


 薬。


 宿。


 金。


 人。


 全部が繋がって、迷宮都市は成立していた。


 宿《灰狼亭》の食堂でも、朝の準備が始まっていた。


「おはようございます……」


 レインは静かに頭を下げながら席に着く。


 眠そうだった。


 目の下に薄く隈がある。


 朝練で疲れているのだ。


 セリナの訓練は容赦がない。


 筋肉痛が消える前に次が来る。


 それでもレインは毎日続けていた。


 逃げない。


 泣き言を飲み込む。


 怖くても立つ。


 それをセリナは知っている。


「遅い」


 向かいから声が飛ぶ。


 セリナだった。


 既に食事を半分終えている。


 焼き肉。


 卵。


 スープ。


 山盛りのパン。


 朝からかなり食べる。


 身体強化系の冒険者は消耗が激しい。


「す、すみません」


「座る」


「はい」


 レインは慌てて腰を下ろした。


 宿の女将が朝食を置く。


 豆のスープ。


 少し硬い黒パン。


 薄切りの燻製肉。


 質素だが温かい。


「ちゃんと食べる」


 セリナが言う。


「最近また痩せた」


「……そんなこと」


「ある」


 即答だった。


 レインは小さく肩をすくめる。


 最近、食事量は増えていた。


 セリナが無理やり食べさせるからだ。


 訓練後は特に。


「倒れると面倒」


「……気をつけます」


「気をつけるんじゃなく食べる」


 厳しい。


 でも不思議と嫌じゃなかった。


 レインはスープを飲む。


 温かい。


 胃に落ちる熱で少し身体が楽になる。


 セリナはそんな様子を黙って見ていた。


 細い。


 本当に細い。


 肩も薄い。


 腕も頼りない。


 初めて見た時は、迷宮で一日持たないと思った。


 今でも危うい。


 でも。


 この少年はちゃんと変わっている。


 少しずつ。


 本当に少しずつ。


 立ち方。


 視線。


 剣の握り。


 以前より前を見るようになった。


「今日、迷宮行く」


「はい」


「三層まで」


 レインが少し緊張する。


 三層。


 初心者には危険域だ。


 魔物の質が変わる。


 連携も必要になる。


「怖い?」


 レインは少し黙った。


「……怖いです」


「よろしい」


 セリナは頷く。


「怖くなくなったら死ぬ」


 それは実感のこもった声だった。


 レインは少しだけ表情を曇らせる。


 セリナには過去がある。


 仲間を失った。


 弟子を死なせた。


 裏切られた。


 その重みを、最近少しだけ感じるようになっていた。


 食堂の隅で、別の冒険者たちがこちらを見ていた。


「あれが《紅蓮姫》か」


「相変わらず美人だな……」


「隣の新人がパーティ相手らしいぞ」


「マジかよ」


「釣り合ってなくないか?」


 小さな笑い声。


 レインの肩が少し強張る。


 聞こえてしまった。


 釣り合わない。


 その言葉はずっとレイン自身も思っていた。


 S級冒険者。


 最強。


 美人。


 強い女。


 それに比べて自分は。


 弱い。


 頼りない。


 気持ち悪い。


 自信もない。


 人前でまともに話せない。


 当然だった。


 隣にいるのがおかしい。


 セリナは黙ってパンを齧る。


 そして。


「聞こえるように言うな」


 低い声だった。


 食堂が静まる。


 冒険者たちが固まる。


 セリナは視線だけ向けた。


「文句あるなら表出る?」


 一瞬で空気が凍る。


「い、いや」


「冗談だって」


「そう」


 それ以上は言わなかった。


 でも十分だった。


 誰も口を開かなくなる。


 レインは小さく俯く。


「……すみません」


「なんで謝るの」


「迷惑かけて」


 セリナが呆れた顔をした。


「最近それ減ったと思ったのに」


「……」


「私が組みたいって言った」


 真っ直ぐだった。


「勝手に値踏みされる筋合いない」


 レインは何も言えなくなる。


 胸が熱くなる。


 こういう言葉に慣れない。


 昔から誰かに庇われることが少なかった。


 だから余計に刺さる。


 食事を終え、二人は迷宮へ向かった。


 巨大な石門。


 地下へ続く闇。


 迷宮グランディア


 都市そのものを支える巨大資源地帯。


 魔石。


 素材。


 希少鉱物。


 肉。


 薬草。


 全部がここから出る。


 だから国もギルドも、この街を捨てられない。


 三層へ降りる途中。


 レインは索敵を続けていた。


 魔力感知。


 鑑定。


 まだ弱い。


 でも最近、精度が上がっている。


「左前方、二体」


 セリナが少し目を細めた。


「距離」


「……三十メートルくらい」


「種類」


「……ストーンウルフ」


「正解」


 セリナが少し笑う。


「成長してる」


 その一言だけで、レインの胸が少し軽くなる。


 やがて魔物が現れた。


 石の毛皮を持つ狼。


 硬い。


 速い。


 初心者殺しだ。


 レインは剣を握る。


 怖い。


 喉が乾く。


 でも逃げない。


「レイン」


「はい」


「一体止める」


「……はい!」


 飛び出す。


 足はまだ遅い。


 剣筋も甘い。


 でも。


 前より踏み込める。


 ストーンウルフが飛びかかる。


 怖い。


 それでもレインは水魔法を放った。


「ウォーターバインド!」


 水の縄が狼の脚へ絡みつく。


 一瞬。


 本当に一瞬だけ動きが止まる。


「十分!」


 次の瞬間。


 セリナが前へ出た。


 炎。


 圧倒的熱量。


 超大型大剣が赤熱する。


 一閃。


 空気が爆ぜた。


 ストーンウルフが真っ二つになる。


 強い。


 何度見ても規格外だった。


 セリナはもう一体を蹴り飛ばす。


「止めなさい!」


「はい!」


 レインは再び魔法を放つ。


 今度は風。


 風圧。


 拘束。


 未熟。


 不格好。


 それでも。


 ちゃんと連携になっていた。


 戦闘後。


 レインは肩で息をしていた。


「……はぁ……っ」


「悪くない」


 セリナが魔石を拾う。


「前より動けてる」


 レインは少しだけ笑う。


「……怖かったです」


「知ってる」


「でも」


 レインは狼の死体を見る。


「止められた」


「うん」


 セリナは頷いた。


「それが大事」


 レインは胸の奥で、その言葉を反芻する。


 止められた。


 役に立てた。


 ほんの少しだけ。


 その事実が嬉しかった。


 三層から戻る頃には夕方になっていた。


 市場通りは人で溢れている。


 今日も街は生きていた。


 パン屋。


 肉屋。


 酒場。


 鍛冶屋。


 迷宮で命を懸ける者たちを、街全体が支えている。


「腹減った」


 セリナが言う。


「今日はシチュー屋」


「またですか?」


「嫌?」


「……好きです」


「なら決まり」


 二人は並んで歩く。


 背丈が違う。


 強さも違う。


 年齢も。


 経験も。


 釣り合っていない。


 本当にその通りだった。


 でも。


 レインは隣を歩く。


 セリナも歩幅を合わせる。


 その時間だけは、妙に自然だった。


 夕焼けが街を赤く染めていく。


 レインはふと思う。


 いつか。


 本当に。


 この人の隣に立てる日が来るのだろうか。


 まだ遠い。


 遠すぎる。


 それでも。


 追いつきたいと思ってしまう。


 セリナは横目でレインを見る。


 弱い。


 頼りない。


 放っておけない。


 でも。


 少しずつ強くなる。


 その姿が、どうしようもなく目を引いた。


 二人は言葉少なに歩いていく。


 迷宮都市グランゼル。


 喧騒の中。


 釣り合わない二人の距離だけが、少しずつ変わり始めていた。







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