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28歳の最強お姉さん冒険者は、自己肯定感ゼロの俺を放っておけない  作者: 慈架太子


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31/61

31:パーティ結成

 朝の空気は冷たかった。


 迷宮都市グランゼル。


 東区外れ。


 石造りの古い宿《灰狼亭》の裏庭で、レインは木剣を振っていた。


 まだ夜明け前だ。


 空は薄暗く、白い息が静かに漏れる。


「……っ」


 振る。


 遅い。


 振る。


 重い。


 腕が痛い。


 握力が抜ける。


 肩が焼けるように熱い。


 それでも止めない。


 木剣を握る指は震えていた。


 昨日より少しだけ深く踏み込む。


 昨日より少しだけ腰を落とす。


 それだけで身体が悲鳴を上げる。


 レインは元々、戦う身体をしていない。


 細い。


 軽い。


 筋肉も足りない。


 体力もない。


 冒険者としては落第点だ。


 それでも。


「止めるな」


 後ろから声が飛ぶ。


 セリナだった。


 銀髪を後ろで束ね、腕を組んでいる。


 朝露の中でも、その姿だけ妙に存在感があった。


 長い脚。


 鍛え抜かれた体。


 傷跡。


 圧倒的な強者の気配。


 それなのに。


 どこか疲れて見える時がある。


「振れ」


「……はい」


 レインは息を整える。


 怖い。


 この人の訓練は本当に容赦がない。


 でも。


 嫌じゃなかった。


 セリナは見ている。


 手を抜けば分かる。


 逃げれば分かる。


 だからレインも誤魔化せない。


「足」


「……え」


「流れてる」


 レインが慌てて姿勢を直す。


 セリナは近づき、足先を軽く蹴った。


「もっと地面を掴む」


「はい」


「剣を腕で振るな」


「……はい」


「腰」


「……はい」


 返事ばかりになる。


 でもセリナは呆れなかった。


 むしろ。


 最近少し楽しそうだった。


 以前はただ守っていた。


 危なっかしい新人を死なせないように見ていた。


 今は違う。


 この少年は伸びる。


 恐ろしいほど不器用だ。


 だが、積み重ねる。


 毎日。


 吐きながらでも。


 震えながらでも。


 ちゃんと前へ出る。


 それがセリナには眩しかった。


「……休憩」


 ようやく許可が出た。


 レインはその場に座り込む。


 肩で呼吸する。


 汗が滴る。


「水」


「あ、ありがとうございます」


 革袋を受け取る。


 冷たい水が喉を通る。


 生き返る。


 セリナは隣の木箱に腰掛けた。


 距離が近い。


 レインは少し緊張する。


 最近、この距離に慣れてきた自分が怖かった。


「今日は昼からギルド行く」


「依頼ですか」


「違う」


 セリナは真っ直ぐ言った。


「パーティ登録」


 レインが止まる。


「……え」


「聞こえなかった?」


「いや……その……」


 頭が追いつかない。


「パーティって」


「二人」


 セリナは当然のように言う。


「嫌?」


 レインは慌てて首を振った。


「ち、違います!」


 声が裏返る。


 セリナが少し笑う。


「なら決まり」


 簡単だった。


 あまりにも。


 レインは呆然とする。


 パーティ。


 冒険者にとって特別なものだ。


 命を預ける関係。


 信頼。


 契約。


 家族より近い時もある。


 それを。


 S級冒険者であるセリナが。


 自分と。


「……僕でいいんですか」


 思わず漏れる。


 セリナは少し黙った。


「よくないなら組まない」


 即答だった。


 レインは何も言えなくなる。


 嬉しかった。


 怖いくらい。


 こんな風に必要とされたことがなかった。


「……頑張ります」


「知ってる」


 その返事が、妙に温かかった。


 昼。


 冒険者ギルド《黒鉄の牙》。


 巨大な石造りの建物は、今日も騒がしかった。


 酒。


 怒鳴り声。


 笑い声。


 依頼書。


 血と鉄の匂い。


 新人冒険者が縮こまり、熟練者が威圧感を撒き散らす。


 レインは相変わらず苦手だった。


 人が多い。


 視線が怖い。


 胃が痛い。


 セリナはそんなレインを横目で見た。


「吐く?」


「……大丈夫です」


「顔色悪い」


「いつもです」


「それもそう」


 少し笑われた。


 受付に近づく。


 すると空気が変わった。


「あれ、セリナじゃねぇか」


「S級だ」


「また単独潜行か?」


 周囲がざわつく。


 セリナは有名人だった。


 強すぎる女。


 災害級。


 単独討伐者。


 生き残り。


 色々言われている。


 その隣にいるレインへ視線が集まる。


「……誰だ?」


「新人?」


「ひょろいな」


「弟子か?」


 レインの肩が少し強張る。


 視線が怖い。


 笑われるのは慣れている。


 でも。


 セリナは平然としていた。


 受付嬢が驚いた顔をする。


「セリナ様、本日はどういったご用件で?」


「パーティ登録」


 一瞬、空気が止まった。


「……はい?」


「この子と組む」


 周囲がざわつく。


「マジか」


「新人だぞ?」


「なんで」


 レインは俯きそうになる。


 でも。


 その瞬間。


 セリナの手が肩に置かれた。


 大きくて温かい手。


「胸張って立ちなさい」


 小さな声。


 でも強かった。


「私が選んだんだから」


 レインの呼吸が止まりそうになる。


 周囲の声が遠くなる。


 胸が熱い。


 受付嬢が慌てて書類を用意した。


「しょ、少々お待ちください!」


 セリナはペンを取る。


 さらさらと名前を書く。


 レインも続いた。


 震える字。


 少し歪む。


 セリナはそれを見て、何も言わなかった。


 受付嬢が確認する。


「パーティ名はどうされますか?」


 そこで止まった。


 レインが困った顔をする。


 考えてなかった。


 セリナも少し考える。


「……適当でいい?」


「適当って」


「名前つけるの苦手」


「……僕もです」


 二人で黙る。


 受付嬢が困る。


 周囲は少し笑っていた。


 S級冒険者なのに、そこは不器用だった。


 しばらくして。


 セリナがぽつりと言った。


「《灯火》」


 レインが見る。


「……灯火?」


「小さいけど」


 セリナは少し視線を逸らした。


「暗い場所で、前見えるから」


 レインの胸が少し熱くなる。


「……いい名前です」


「そう?」


「はい」


 本心だった。


 受付嬢が微笑む。


「では、パーティ《灯火》で登録いたします」


 カン、と印が押された。


 その音は妙に重かった。


 レインは書類を見つめる。


 自分の名前。


 セリナの名前。


 並んでいる。


 それだけで現実感が薄かった。


「今日から正式に仲間」


 セリナが言う。


「死ぬ時は助ける」


 真っ直ぐだった。


「でも、自分でも立ちなさい」


「……はい」


「守られて終わるな」


 レインはゆっくり頷いた。


 怖い。


 まだ怖い。


 自分は弱い。


 情けない。


 でも。


 この人の隣にいたい。


 その気持ちだけは、もう誤魔化せなかった。


 ギルドを出る。


 外は夕焼けだった。


 市場からは匂いが流れてくる。


 焼いた肉。


 香草。


 スープ。


 パン。


 迷宮都市グランゼルは、戦う街だ。


 同時に、生きる街でもある。


 食べて。


 笑って。


 泣いて。


 また迷宮へ向かう。


「飯食べる?」


 セリナが言った。


「今日は奢る」


「え」


「パーティ結成祝い」


 レインは少し笑った。


「……ありがとうございます」


「何食べたい」


 レインは少し悩む。


 前なら遠慮していただろう。


 でも今は。


「……シチュー」


「子供っぽい」


「すみません」


「別に嫌いじゃない」


 セリナは笑う。


 その横顔を見ながら、レインは思う。


 この時間を守りたい。


 まだ弱い。


 まだ未熟だ。


 それでも。


 いつか。


 本当に隣へ立てるように。


 少年は静かに拳を握った。







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