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28歳の最強お姉さん冒険者は、自己肯定感ゼロの俺を放っておけない  作者: 慈架太子


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23/66

23:高熱

 地下迷宮一層。


 湿った石壁から水滴が落ちる。


 薄暗い通路には、青白い発光苔が張り付き、ぼんやりと周囲を照らしていた。


 迷宮都市アルディアの地下迷宮。


 その最下層には国を滅ぼす怪物すら眠ると言われている。


 だが、一層は比較的安全だ。


 新人冒険者でも入れる。


 その代わり。


 油断した者から死ぬ。


 レインは緊張したまま歩いていた。


 片手剣を握る手が汗ばんでいる。


 隣を歩くセリナは普段通りだった。


 背中の超大型大剣。


 長い銀髪。


 迷宮の空気に慣れきった足取り。


 レインとは全部が違う。


「呼吸」


 前を向いたままセリナが言う。


「止まってる」


「……すみません」


「謝らなくていいから吸って」


 レインは慌てて息を整える。


 緊張すると呼吸が浅くなる。


 それをセリナはすぐ見抜く。


「今日は採取が主目的」


「……はい」


「戦闘は最低限」


「はい」


「無理しない」


「はい」


「返事は本当にいいわね」


 少し呆れたように笑う。


 レインも少しだけ口元を緩めた。


 その時だった。


 奥の暗がりで音がする。


 ガリ。


 ガリガリ。


 骨を削るような音。


 レインの身体が固まった。


「来る」


 セリナの声。


 次の瞬間。


 灰色の影が飛び出した。


 ゴブリン。


 小柄。


 痩せている。


 だが目だけが異様に鋭い。


 二体。


 三体。


 さらに奥から四体目。


 レインの喉が鳴る。


 怖い。


 数が多い。


 足が後ろへ下がりそうになる。


「落ち着いて」


 セリナは静かだった。


「一体ずつ見る」


 ゴブリンが飛び込む。


 セリナの大剣が横薙ぎに走った。


 一撃。


 胴が裂ける。


 熱を帯びた剣圧。


 血が蒸発する。


 強い。


 圧倒的だった。


 だが。


 一体がレインへ向かってくる。


「っ……!」


 レインは剣を構える。


 震える。


 怖い。


 近い。


 牙。


 臭い。


 殺意。


 頭が真っ白になる。


「レイン!」


 セリナの声。


 その瞬間。


 レインは反射的に剣を振った。


 偶然だった。


 軌道も甘い。


 姿勢も悪い。


 それでも刃はゴブリンの肩を裂く。


 悲鳴。


 レインの顔へ血が飛んだ。


 熱い。


 生臭い。


「ぁ……」


 呼吸が止まる。


 吐き気。


 恐怖。


 足が震える。


 ゴブリンはまだ死んでいない。


 狂ったように短剣を振る。


 レインは後ろへ倒れた。


「危ない!」


 セリナが踏み込む。


 大剣が振り下ろされる。


 轟音。


 ゴブリンごと石床が砕けた。


 静寂。


 戦闘終了。


 レインは床へ座り込んでいた。


 息が荒い。


 手が震えて止まらない。


「……大丈夫」


 セリナがしゃがみ込む。


「呼吸して」


 レインは必死に息を吸う。


「……ごめんなさい」


「死んでない」


「……」


「なら十分」


 セリナは短く言う。


 レインは俯いた。


 情けなかった。


 また守られた。


 何もできない。


 怖がって。


 震えて。


 倒れただけ。


「立てる?」


「……はい」


 レインはゆっくり立ち上がる。


 脚に力が入らない。


 それでも立つ。


 セリナはそれを見ていた。


 何も言わない。


 でも目だけが見ている。


 逃げるか。


 残るか。


 その後。


 二人は採取を続けた。


 薬草。


 青苔。


 魔鉱石。


 レインは鑑定を使いながら慎重に集めていく。


 その時だった。


 突然。


 視界が揺れた。


「……っ」


 熱い。


 身体の内側が焼ける。


「レイン?」


 セリナが振り返る。


 レインは壁へ手をついた。


 呼吸が苦しい。


 熱。


 異常な熱。


「……熱い」


「何が?」


「身体が……」


 次の瞬間。


 レインの掌から火が噴いた。


 轟。


 赤い炎。


 制御不能。


 石壁へ直撃する。


 爆発。


「っ!?」


 セリナが即座にレインを押し倒す。


 熱風。


 石片。


 迷宮が揺れる。


「レイン!!」


 セリナの声。


 レインは呻いていた。


「ぁ……ぐ……」


 熱い。


 頭が割れそうだった。


 魔力が暴れる。


 身体の中で炎が荒れ狂う。


「……吸収した火属性が馴染んでない」


 セリナはすぐ理解した。


「最悪……!」


 レインの身体が赤く熱を帯びていく。


 皮膚が焼けそうだった。


 迷宮内で暴走すれば危険すぎる。


「帰る」


 セリナは即断した。


 レインを抱える。


 軽い。


 細い。


 筋肉が少ない。


 こんな身体で、必死に戦っている。


「……ごめん、なさい」


 意識が朦朧とする中でレインが呟く。


「喋らなくていい」


「……また」


「今は黙って」


 セリナは走った。


 迷宮通路を駆け抜ける。


 魔物が出る。


 ゴブリン。


 巨大鼠。


 だが全部一撃。


 炎を纏った大剣が道を開く。


 その背中は圧倒的だった。


 強い。


 迷わない。


 生き残ってきた者の動き。


 地上へ出た頃には、レインの熱はさらに上がっていた。


 街の人間がざわつく。


「おい、セリナだ」


「また無茶したのか?」


「違う、あの男……」


 視線。


 好奇。


 嘲笑。


 レインは薄れる意識の中でそれを感じていた。


 惨めだった。


 弱い。


 役立たず。


 守られてばかり。


 セリナはそれら全部を無視した。


「道開けて」


 低い声。


 人混みが割れる。


 灰狼亭へ戻る。


 宿屋の主人が驚いた。


「おい!?」


「部屋借りる。水と氷」


「わ、分かった!」


 セリナはレインを寝台へ寝かせる。


 額へ触れる。


 熱い。


 異常だった。


「……っ」


 レインが苦しそうに息をする。


 汗。


 荒い呼吸。


 震え。


 火属性魔力が暴れている。


 セリナは舌打ちを堪えた。


 想定より危険だ。


「どうして……こんな無茶な能力を持ってるの」


 小さく呟く。


 答える者はいない。


 しばらくして宿屋の娘が氷を持ってきた。


 セリナは礼を言い、扉を閉める。


 布を濡らし、レインの額へ置く。


「……ぁ……」


「大丈夫」


 セリナは静かに言う。


「死なせない」


 レインの手が微かに動く。


 何かを掴むように。


 不安そうに。


 セリナは少し迷ってから、その手を握った。


 熱い。


 火傷しそうなくらい。


 でも離さない。


「……怖いか」


 返事はない。


 熱に浮かされている。


 それでもレインの眉は苦しそうだった。


「……怖いわよね」


 セリナは静かに言った。


「力って、怖い」


 窓の外では雨が降り始めていた。


 石畳を打つ音。


 遠くの喧騒。


 宿屋の灯り。


 静かな部屋。


 その中で。


 最強の女冒険者は。


 一人の弱い少年の手を握り続けていた。


 見捨てないために。


 壊させないために。


 そして。


 自分でもまだ気づいていない感情から、目を逸らすように。






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