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28歳の最強お姉さん冒険者は、自己肯定感ゼロの俺を放っておけない  作者: 慈架太子


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21/61

21:吸収

 三層から戻った夜。


 レインは熱を出した。


 灰狼亭の二階。


 狭い客室。


 窓の外ではまだ雨が降っている。


 石畳を叩く雨音。


 遠くの酒場の喧騒。


 だが、レインには何もまともに聞こえていなかった。


「……っ」


 熱い。


 身体が燃えるみたいだった。


 呼吸が苦しい。


 汗が止まらない。


 視界が揺れる。


 ベッドの上で身体を丸めながら、レインは荒い息を吐いていた。


「はっ……ぁ……」


 頭の奥で魔力が暴れている。


 怖かった。


 今までとは違う。


 身体の中に知らない何かが流れ込んでいる感覚。


 重い。


 熱い。


 気持ち悪い。


 吐きそうだった。


 部屋の扉が開く。


「レイン」


 セリナだった。


 湯気の立つ桶と濡れ布を持っている。


 銀髪は少し乱れていた。


 どうやら下で水を替えてきたらしい。


「……まだ熱い」


 セリナはレインの額へ手を当てる。


 冷たい手だった。


 少しだけ安心する。


「……すみません」


「謝らなくていい」


 セリナは濡れ布を額へ置いた。


 冷たさが気持ちいい。


「昼から様子おかしかった」


「……」


「無理したでしょう」


 レインは答えられない。


 無理はしていた。


 怖かった。


 でも前へ出たかった。


 守られたくなかった。


 だから無理やり身体を動かした。


 その代償みたいに、今は全身が壊れそうだった。


「……セリナさん」


「何」


「僕、変なんです」


 セリナは黙って聞く。


「オーガと戦った時……」


 レインは震える手を見る。


「身体の中に、何か入ってきた感じがして」


 熱い。


 今も。


 魔力が暴れている。


「……吸った?」


 セリナが静かに聞いた。


「え」


「魔力」


 レインは息を止める。


 分からない。


 でも。


「……多分」


 オーガへ剣を当てた瞬間。


 一瞬だけ。


 熱流みたいなものが身体へ流れ込んだ。


 そして今。


 それが暴れている。


「……そう」


 セリナは少し考え込む。


「魔力吸収、かもしれないわね」


 レインの胸がざわつく。


 自分の異常な力。


 無限魔力。

 魔力吸収。

 スキル強奪。


 まだ何一つ制御できない。


「……気持ち悪いです」


 正直な言葉だった。


「身体の中が、自分じゃないみたいで」


 セリナは静かに椅子へ座る。


「怖い?」


 レインは少しだけ黙る。


 それから頷いた。


「……はい」


 怖い。


 迷宮も怖い。


 魔物も怖い。


 でも。


 一番怖いのは、自分かもしれない。


 こんな力。


 普通じゃない。


 いつか壊れるんじゃないか。


 誰かを傷つけるんじゃないか。


 そう思ってしまう。


「……化け物みたいで」


 レインが呟く。


 部屋が静かになる。


 雨音だけが響く。


 その時。


 セリナが立ち上がった。


 レインの前へ来る。


 そして。


 ぐしゃ、と黒髪を乱暴に撫でた。


「っ」


「変なこと言わない」


 低い声だった。


「力持ってるだけで化け物なら、迷宮都市なんて化け物だらけ」


 レインは目を見開く。


「怖がるのは分かる」


 セリナは真っ直ぐレインを見る。


「でも、レインはまだ、人を助けようとしてる」


「……」


「怖くても前へ出た」


「……」


「それができるなら、まだ大丈夫」


 レインの胸が少しだけ軽くなる。


 セリナはまた額の布を替えた。


「今日は寝なさい」


「……すみません」


「だから謝らない」


 セリナは少し呆れたように息を吐く。


「面倒見てるの、私が勝手にやってるだけ」


 レインはぼんやりセリナを見る。


 この人は、本当に見捨てない。


 どうしてそこまでできるんだろう。


「……昔」


 セリナがぽつりと呟く。


「弟子にも同じこと言われた」


 レインの意識が少し戻る。


「……え」


「化け物みたいで怖いって」


 セリナは窓の外を見る。


 雨。


「火属性の適性が強すぎた子だった」


 静かな声だった。


「制御できなくて」

「暴走して」

「周り傷つけて」


「ずっと怯えてた」


 レインは何も言えない。


「私は、ちゃんと支えられなかった」


 少しだけ苦い顔。


「だから死んだ」


 部屋が静まる。


 レインは胸が痛くなる。


 この人は今でも、その死を背負っている。


「……ごめんなさい」


 思わず言ってしまう。


 セリナは少し笑った。


「レインの謝り癖、重症ね」


「……」


「別に、あなたのせいじゃない」


 それから。


 少しだけ目を細める。


「でも」


「……?」


「今回は、ちゃんと見る」


 レインの心臓が少し跳ねる。


「暴走しても」

「怖がっても」

「逃げたくなっても」


「見捨てない」


 その言葉は、熱に浮かされた頭でもはっきり聞こえた。


 レインの目が熱くなる。


 弱くて。


 怖くて。


 役立たずで。


 それでも。


 この人は隣にいてくれる。


「……なんで」


 小さく漏れる。


「なんで、そこまでしてくれるんですか」


 セリナは少し黙った。


 簡単には答えない。


 雨音。


 静かな部屋。


 そして。


「放っておけないから」


 短い答え。


 でも、それがセリナらしかった。


 レインは少しだけ笑ってしまう。


「……それ、ずるいです」


「何が」


「嬉しくなるので」


 一瞬。


 セリナの目が止まった。


 それから小さく息を吐く。


「熱で素直になってる?」


「……かもです」


「明日覚えてなかったら殴る」


 レインは弱々しく笑った。


 セリナも少しだけ笑う。


 その空気が心地良かった。


 怖いものは消えない。


 迷宮も。


 力も。


 自分自身も。


 それでも。


 一人じゃないと思えた。


 その夜。


 レインは初めて、少しだけ安心して眠った。







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