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28歳の最強お姉さん冒険者は、自己肯定感ゼロの俺を放っておけない  作者: 慈架太子


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19/61

19:怖くても前へ

 翌朝。


 レグナードは雨だった。


 石畳を濡らす細かな雨粒。


 曇天。


 空気は冷たい。


 宿屋《灰狼亭》の窓から見える街並みも、どこか静かだった。


 レインは早く目を覚ましていた。


 正確には、ほとんど眠れていない。


 地下迷宮での戦闘が頭から離れなかった。


 ダスクウルフ。


 牙。


 血。


 セリナの脇腹を裂いた爪。


「……」


 胸が重い。


 ベッドから起き上がる。


 狭い部屋。


 安宿らしい簡素な木机。


 濡れた外套。


 磨きかけの安物の剣。


 レインはその剣を見つめる。


 まだ弱い。


 本当に弱い。


 昨日だって、結局セリナに守られた。


 怖くて動けなかった。


「……」


 それでも。


 最後に少しだけ前へ出られた。


 あの時。


 セリナを傷つけたまま終わるのが嫌だった。


 それだけだった。


 レインはゆっくり剣を手に取る。


 鞘から抜く。


 安い鉄の匂い。


 刃こぼれ。


 未熟な自分に似ていた。


 その時。


 階下から物音が聞こえる。


 朝食の準備だろう。


 レインは剣を置き、部屋を出た。


 一階食堂。


 朝の灰狼亭はまだ人が少なかった。


 夜通し飲んで潰れた冒険者が机に突っ伏している。


 商人らしき男が帳簿を睨んでいた。


 厨房からは焼いたパンとスープの匂い。


 少しだけ落ち着く。


「早いわね」


 奥の席。


 セリナがいた。


 銀髪を後ろで軽く結んでいる。


 普段より少しラフな格好。


 だが、それでも目を引くほど綺麗だった。


「……おはようございます」


「おはよう」


 レインは向かいへ座る。


「傷、大丈夫ですか」


「平気」


 即答。


 でも脇腹には包帯が巻かれている。


 痛くないはずがない。


 レインは視線を落とす。


「……すみません」


「またそれ?」


 セリナが苦笑する。


「気にしすぎ」


「でも……」


「怪我なんて慣れてる」


 セリナはパンを千切る。


「それより食べなさい」


 目の前へスープ皿が置かれる。


 湯気。


 野菜と肉の香り。


 レインの腹が小さく鳴った。


「……いただきます」


 一口飲む。


 温かい。


 身体に染みる。


 セリナは静かにこちらを見ていた。


「少し顔つき変わった」


「え」


「昨日より、逃げたい顔してない」


 レインは少し驚く。


 自分では分からなかった。


「……怖いです」


「うん」


「今も迷宮思い出すと、手が震えます」


 セリナは否定しない。


「でも」


 レインはスープ皿を見る。


「また行きたいです」


 言ってから、自分でも驚く。


 本当に怖い。


 死にそうだった。


 吐いたし、震えた。


 でも。


 前より少しだけ、逃げたくないと思った。


 セリナは少し黙る。


 それから小さく笑った。


「そういうの、大事」


 レインの胸が少し熱くなる。


 食事を終えた後。


 二人は宿の裏庭へ出た。


 雨はまだ降っている。


 だが屋根付きの訓練場には何人か冒険者がいた。


 木剣の音。


 怒号。


 汗。


 朝から鍛えている。


「今日は基礎」


 セリナが言う。


「迷宮は行かない」


 レインは少し安心した。


 同時に、少し悔しかった。


「剣持って」


「はい」


 レインは木剣を取る。


 重い。


 まだ慣れない。


「構えて」


 セリナが前に立つ。


 長身。


 雨音。


 銀髪。


 その姿はやはり綺麗だった。


「力入りすぎ」


「……はい」


「肩」


 セリナが近づく。


 レインの肩へ軽く触れる。


「固い」


「っ……」


 一瞬、心臓が跳ねる。


 近い。


 綺麗な匂いがした。


 酒と雨と、少し甘い香り。


「集中」


「す、すみません」


 セリナは小さく笑う。


「分かりやすいわね」


 レインは耳まで赤くなる。


 情けない。


 でもセリナはからかわない。


「剣は怖がると遅れる」


 セリナが木剣を構える。


「来なさい」


「え」


「打ち込む」


「む、無理です」


「無理でもやる」


 レインは恐る恐る前へ出る。


 木剣を振る。


 遅い。


 素人丸出し。


 セリナが軽く弾く。


 あっさり体勢が崩れた。


「足」


「……はい」


「腰」


「はい」


「視線下げない」


「……はい」


 何度も。


 何度も。


 打ち込む。


 弾かれる。


 転ぶ。


 雨音の中、レインは必死に食らいついた。


 周囲の冒険者がちらちら見る。


「またセリナさん拾ってる」


「今度は細いなぁ」


「死にそう」


 笑い声。


 レインの胸が少し痛む。


 事実だから。


 弱い。

 細い。

 頼りない。


 セリナは振り返りもしない。


「気にしない」


「……」


「見返したいなら、積むしかない」


 レインは木剣を握り直す。


 悔しかった。


 でも怒鳴り返す力もない。


 だから前へ出る。


 セリナへ打ち込む。


 弾かれる。


 また立つ。


 雨で服が濡れる。


 腕が痛い。


 息が苦しい。


 それでも。


「もう一回」


 レインは言った。


 セリナが少し目を細める。


「……いい顔になってきた」


 昼過ぎ。


 訓練を終えたレインは完全にへばっていた。


 宿へ戻る途中、足がふらつく。


「大丈夫?」


「……た、多分」


「多分は危ない」


 セリナは呆れながらも歩幅を合わせる。


 市場通り。


 雨の日でも人は多い。


 野菜。

 香辛料。

 肉。

 魔石。


 商人たちの声が飛び交う。


「座るわよ」


 セリナが屋台席へ腰掛けた。


 レインも座る。


「何食べますか」


「今日は甘い物」


「え」


 セリナは少しだけ視線を逸らした。


「……疲れたから」


 数分後。


 運ばれてきたのは蜂蜜焼き菓子だった。


 レインは少し驚く。


 セリナは静かに食べ始めた。


 その姿が少し可笑しくて、レインは思わず笑ってしまう。


「何」


「……甘い物好きなんだなって」


 セリナは少しだけ気まずそうな顔をした。


「悪い?」


「いえ」


 レインは少し笑う。


「なんか、安心しました」


「安心?」


「……ちゃんと人間なんだなって」


 一瞬。


 セリナの目が止まった。


 それから、少しだけ笑った。


「失礼ね」


 でも怒ってはいなかった。


 レインはその笑顔を見て思う。


 この人は強い。


 傷だらけで。


 怖いものを知っていて。


 それでも前へ進む。


 自分も、そうなりたい。


 怖くても。


 震えても。


 逃げたくても。


 少しずつでも前へ。


 この人の隣へ行くために。







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