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28歳の最強お姉さん冒険者は、自己肯定感ゼロの俺を放っておけない  作者: 慈架太子


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14/61

14:見捨てない理由

 夕暮れのレグナードは赤かった。


 西日が石造りの街を染め、巨大外壁の影が長く伸びている。


 市場の喧騒も少しずつ落ち着き始めていた。


 露店商たちは店じまいを始め、荷馬車が倉庫街へ向かっていく。焼きたてのパンの匂いに混じって、炭火焼きの肉や香草スープの香りが街路を漂っていた。


 人が生きている匂いだった。


 レインはその空気を感じながら、セリナの少し後ろを歩いていた。


 人混みはまだ苦手だ。


 でも、最初よりは少しだけ呼吸が楽になっている。


 セリナがいるからかもしれない。


「……疲れた?」


 不意にセリナが振り返る。


「え」


「顔」


 レインは慌てて背筋を伸ばした。


「だ、大丈夫です」


「その返事、信用度低いのよね」


 少し笑う。


 レインは困ったように視線を逸らした。


 最近、セリナはよく笑う。


 もちろん豪快ではない。


 小さく。

 疲れたみたいに。

 でも柔らかく。


 その表情を見るたび、レインの胸は少し苦しくなる。


「座る?」


 セリナが広場脇の石段を指した。


 中央噴水の近く。


 夕方の人通りも多く、子供たちが走り回っている。


「……はい」


 二人は石段へ腰掛けた。


 噴水の水音が静かに響く。


 レインはぼんやり広場を見る。


 パンを抱えた母親。

 荷運びの青年。

 食堂帰りの冒険者。


 誰もが普通に生きていた。


 でも、その“普通”を維持するために、迷宮で命を張る人間がいる。


「……セリナさん」


「何」


「どうして、あんなに怒ったんですか」


 昼間の市場のことだった。


 薬草採取の少女。


 商人。


 あの時のセリナは、珍しく感情を表に出していた。


 セリナは少し黙る。


 広場の噴水を見る。


「……昔ね」


 静かな声。


「似たような子がいたの」


 レインは黙って聞く。


「まだ十六くらい」

「痩せてて」

「生意気で」

「すぐ無茶する子」


 少しだけ笑う。


 懐かしむみたいに。


「強くなりたかったのよ」


 夕陽がセリナの横顔を照らす。


「早く上に行きたかった」

「稼ぎたかった」

「認められたかった」


 レインの胸が少し痛くなる。


 どこか、自分と似ていた。


「私は止めた」


 セリナは続ける。


「もっと準備しろって」

「飯を食えって」

「死ぬなって」


「でも、聞かなかった」


 沈黙。


 広場の笑い声だけが遠くに聞こえる。


「……死んだんですか」


 レインが小さく聞く。


 セリナは頷いた。


「深層へ無理して潜って」


 その声は静かだった。


 怒りではない。


 諦めでもない。


 もっと重い何か。


「助けに行った時には、もう遅かった」


 レインは何も言えない。


 セリナは強い。


 でも、全部を救えるわけじゃない。


 むしろ強いからこそ、“間に合わなかった瞬間”を何度も見てきたのだろう。


「……だから嫌なの」


 セリナがぽつりと言う。


「若い子が、自分を雑に扱うの」


 レインは視線を落とした。


 思い当たることがありすぎた。


 自分もきっと、同じ側だ。


 弱いくせに無茶して。

 怖いくせに迷宮へ行って。

 壊れかけている。


「……俺も」


 レインが呟く。


「同じに見えてますか」


 セリナは少し考える。


「少し」


 正直だった。


 レインは苦笑する。


 やっぱりそうなのか。


「でも違う」


「……え?」


「あなた、怖がってるでしょう」


 レインは固まる。


「怖がれる人は、まだ止まれる」


 セリナは噴水を見る。


「本当に危ない人間は、“死ぬ感覚”が壊れてるから」


 レインは静かに聞いていた。


 セリナはきっと、そういう人間を何人も見てきた。


 戦場で。

 迷宮で。

 生と死の境界で。


「……セリナさんは」


 レインが恐る恐る聞く。


「壊れてないんですか」


 少しだけ風が吹いた。


 銀髪が揺れる。


 セリナは笑った。


 でも、その笑顔は少し寂しい。


「半分くらいは壊れてるかも」


「……」


「普通の生き方、もう分からないし」


 その言葉が胸へ刺さる。


 セリナは“最強”だ。


 でも同時に、普通から遠ざかってしまった人でもある。


「昔はね」


 セリナが続ける。


「もっと普通だったのよ」


「恋愛もしたし」

「将来の話もした」


「結婚とか、子供とか」


 レインの心臓が少し跳ねた。


 知らないセリナ。


 今の彼女からは想像できない。


「でも、全部なくなった」


 静かな声。


「仲間が死んで」

「裏切られて」

「残ったのは戦う力だけ」


 レインは何も言えなかった。


 セリナは強い。


 でも、それは幸せの結果じゃない。


 失ったものの積み重ねだ。


「……それでも」


 レインはゆっくり言う。


「セリナさん、優しいです」


 セリナが少し目を丸くする。


「優しくないわよ」


「優しいです」


 レインは珍しく視線を逸らさなかった。


「見捨てないから」


 沈黙。


 噴水の音。


 遠くの市場。


 夕焼け。


 セリナはしばらく何も言わなかった。


 やがて、小さく笑う。


「……あなた、変なところ真っ直ぐよね」


「え」


「普通、もっと気を遣う」


 レインは困った。


 そんなつもりはなかった。


 ただ、本当にそう思っただけだ。


「……でも」


 セリナがぽつりと言う。


「見捨てたくないのは、本当」


 その横顔は少し疲れていた。


 でも。


 どこか安心したみたいにも見えた。


 レインは胸の奥が温かくなる。


 この人は、ちゃんと傷ついている。


 ちゃんと苦しんでいる。


 それでも人を見捨てない。


 だから綺麗なんだ、とレインは思った。


「……腹減った」


 突然セリナが言った。


 空気が少し緩む。


 レインが小さく笑った。


「急ですね」


「真面目な話すると、お腹空くのよ」


 セリナは立ち上がる。


「今日は麺にしましょうか」


「麺?」


「東方料理」


 セリナは少し楽しそうだった。


「最近、港経由で入ってきた店があるの」


「出汁文化が変わってて面白い」


 レインは少し驚く。


 セリナは本当に食べることが好きらしい。


 二人は夕暮れの街を歩く。


 石畳。

 灯り始める魔導灯。

 食堂の匂い。


 隣を歩くセリナの横顔を見る。


 綺麗だった。


 強くて。

 優しくて。

 少し壊れている人。


 レインはまだ、この感情に名前を付けられない。


 でも。


 この人が笑っていると、嬉しいと思った。







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