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28歳の最強お姉さん冒険者は、自己肯定感ゼロの俺を放っておけない  作者: 慈架太子


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12/64

12:壊れた宿

 翌朝。


 レグナードは珍しく快晴だった。


 昨夜の雨が嘘みたいに空は青く、都市国家を囲む巨大外壁が朝日に照らされている。


 市場は朝から活気に満ちていた。


 パン屋の煙。

 荷馬車の軋む音。

 魚を捌く音。

 香辛料の匂い。


 迷宮都市レグナードは、人が生きることで回っている。


 食が止まれば、人が死ぬ。

 物流が止まれば、街が終わる。


 だから朝は早い。


 誰かが起きる前から、街は動いている。


「……」


 レインはぼんやり天井を見ていた。


 昨夜のことを思い出す。


 魔力暴走。


 破壊された部屋。


 怖かった。


 自分の力が。


 本当に。


「起きた?」


 声。


 セリナが窓際に立っていた。


 朝日が銀髪を照らしている。


 白いシャツ。

 ラフな黒ズボン。

 結ばれていない長髪。


 戦闘時より少し柔らかく見えた。


「……おはようございます」


「おはよう」


 セリナは軽く伸びをする。


 長身の身体が朝日に映える。


 レインは目のやり場に困って、慌てて起き上がった。


「顔赤いわよ」


「ち、違います」


「そう」


 絶対分かっている顔だった。


 セリナは少しだけ笑う。


 その空気に、レインは少し救われる。


 昨夜みたいなことがあった後なのに、セリナは普通に接してくれていた。


 怖がっていない。


 避けてもいない。


 それが嬉しかった。


「朝飯、下で食べる?」


「……はい」


 レインはベッドから降りる。


 すると床に何か落ちていることに気づいた。


 黒い布。


 拾う。


 ……下着だった。


「……っ」


 レインの思考が止まる。


 その瞬間。


「それ私の」


 セリナが平然と言った。


 レインの顔が爆発みたいに赤くなる。


「すっ……すみません!!」


 勢いよく返したせいで、逆にセリナへ押し付けるような形になった。


 セリナは受け取りながら、小さく吹き出す。


「そんなに慌てなくても取って食べたりしないわよ」


「ち、違っ……!」


「うんうん」


 完全に面白がられていた。


 レインは耳まで真っ赤になる。


 セリナはそんな反応を見ながら、少しだけ柔らかい顔をしていた。


 久しぶりだった。


 こんな風に、誰かの反応を見て笑うのは。


「行きましょうか」


 二人は部屋を出る。


 宿の階段を降りる。


 その途中。


「おい!」


 怒鳴り声が響いた。


 宿主だった。


 太った中年男。


 髭面。


 顔が引きつっている。


「部屋見たぞ!!」


 レインの身体が硬直する。


「す、すみません……!」


 反射的に頭を下げる。


 だが宿主はかなり怒っていた。


「壁は割れてる!」

「窓は吹き飛んでる!」

「床まで砕けてるじゃねぇか!」


 当然だった。


 完全に事故現場である。


 レインの胃が痛くなる。


「……弁償します」


 小さな声。


 でも所持金はほぼ無い。


 払えるわけがない。


 その時。


「いくら?」


 セリナが前へ出た。


 宿主の空気が一瞬で変わる。


「せ、セリナさん……」


 S級冒険者。


 街での影響力は大きい。


 宿主も強くは出られない。


「修繕費」


 セリナが淡々と聞く。


「……銀貨二十枚くらいで」


「分かった」


 セリナは即座に革袋を投げた。


 宿主が慌てて受け取る。


「足りなかったら後で言いなさい」


「あ、ありがとうございます……!」


 態度が一気に変わる。


 レインは俯いた。


 情けない。


 全部セリナに助けられている。


 宿主が去った後も、レインは黙っていた。


 セリナが横を見る。


「どうしたの」


「……俺、何もできてない」


 小さな声だった。


「迷惑ばっかりで」


 セリナは少し黙る。


 そして。


「そうね」


 レインの肩が落ちる。


 でも。


「今は」


 その続きがあった。


「今は弱い」


 セリナは真っ直ぐ言う。


「未熟」

「危なっかしい」

「放っておくと死にそう」


 かなり酷い。


 でも全部事実だった。


「でも」


 セリナは歩きながら続ける。


「だから終わりじゃないでしょう」


 レインは顔を上げる。


「弱い人間は成長できる」


「……」


「最初から完成してる人なんていないわ」


 朝の食堂。


 二人は隅の席へ座る。


 焼き魚。

 スープ。

 黒パン。


 湯気が立っている。


 レインは静かに食べ始めた。


 温かい。


 身体に染みる。


「……美味しい」


「今日は魚が良いわね」


 セリナは自然に言う。


「港町から朝便が来たのかも」


 レグナードは物流都市でもある。


 迷宮だけで成り立っているわけじゃない。


 港。

 街道。

 保存技術。

 商会。


 全部が繋がって、人を生かしている。


「最近、東の街道が整備されたの」


 セリナが魚を崩しながら言う。


「流通量が増えたから、食材も良くなってる」


「……詳しいんですね」


「生きるのに必要だから」


 セリナは平然としていた。


「冒険者って戦うだけじゃ駄目なのよ」


「食えないと死ぬし」

「装備が届かなくても死ぬ」

「薬草が切れても死ぬ」


 レインは黙って聞く。


 この人は本当に“生き残る”ことを知っている。


「だから国は物流を守る」


 セリナが窓の外を見る。


「人が流れる場所を作るの」


 市場には人が溢れている。


 冒険者。

 商人。

 職人。

 料理人。


 皆、生きるために動いていた。


「……レイン」


「はい」


「あなたも、まずは生き残りなさい」


 セリナは真っ直ぐ言う。


「強くなるのはその後」


 レインは小さく頷いた。


 その時だった。


 突然。


 レインの視界へ、妙な文字が浮かぶ。


【鑑定:焼き魚】

【品質:良】

【鮮度:高】

【脂質:適量】

【調理:成功】


「……え」


 レインが固まる。


「どうしたの」


「今……」


 視界に文字が浮かんだ。


 焼き魚の情報。


 意味不明だった。


「また能力?」


 セリナが眉を寄せる。


 レインは恐る恐る頷く。


「魚の情報が……見えました」


「……は?」


 今度はセリナが固まる番だった。


 レインは自分でも混乱している。


「品質とか……鮮度とか……」


 セリナがしばらく黙る。


 やがて。


「……本当に面倒な能力ね」


 頭を抱えた。


 レインは少し焦る。


「す、すみません」


「だから謝らない」


 セリナはため息を吐いた。


 でも。


 少しだけ笑っていた。


「そのうち、街ごと鑑定しそう」


「そんなこと……」


 否定しかけて、レインは止まる。


 自分の能力が、どこまで異常なのか分からない。


 セリナはそんなレインを見ながら、小さく息を吐いた。


「本当に危なっかしい」


 でも。


 その声は、どこか優しかった。


 壊れた宿。


 暴走した魔力。


 訳の分からない能力。


 不安は山ほどある。


 それでも。


 朝の食堂で一緒に飯を食っているこの時間だけは、少しだけ平和だった。







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