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28歳の最強お姉さん冒険者は、自己肯定感ゼロの俺を放っておけない  作者: 慈架太子


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118/119

118:化け物

 朝。


 雨は止んでいた。


 宿屋の窓から差し込む光は薄く、曇天の白が街を覆っている。


 レインはゆっくり目を開けた。


 身体が重い。


 頭も痛い。


 それでも昨日よりは少しだけ楽だった。


 視界を動かす。


 椅子。


 窓際。


 そこにセレナがいた。


 腕を組み、壁にもたれたまま眠っている。


 長い銀髪が肩から流れ落ち、朝の淡い光を受けて静かに揺れていた。


 寝不足なのだろう。


 それでも姿勢は崩れていない。


 強い人間の眠り方だった。


 レインはしばらく黙って見ていた。


 昨日。


 壊れかけた自分の隣に、彼女はいた。


 逃げなかった。


 気持ち悪がらなかった。


 それがまだ信じられない。


 レインはそっとベッドから降りる。


 床板が軋む。


 その瞬間。


「……起きた?」


 セレナが目を開けた。


 完全に起きている目だった。


「すみません」


「何が」


「付き合わせました」


 セレナは小さく息を吐く。


「年上はこういう時に使うもの」


 少しだけ笑う。


 その笑みが柔らかい。


 レインは視線を落とした。


「……まだ怖いです」


「そう」


「頭の中が」


「時々、自分じゃない」


 セレナは立ち上がる。


「朝飯食べるわよ」


「……はい」


「食べられる?」


「多分」


「なら大丈夫」


 彼女は当然みたいに言った。


 宿屋の一階。


 朝の食堂は静かだった。


 冒険者たちの空気が重い。


 都市防衛戦。


 死霊軍団。


 大量死。


 街全体が疲弊している。


 パンの匂い。


 薄いスープ。


 焼いたベーコン。


 その程度の朝食でも、今は貴重だった。


 セレナは席へ座る。


 レインも向かいに座った。


 周囲の視線。


 最近は増えた。


 理由は分かっている。


 レインが死霊軍団を止めた。


 ネクロマンサーを倒した。


 転移能力者を狩った。


 都市を救った。


 新人冒険者の功績ではない。


 あり得ない。


 だから人は見る。


 尊敬。


 警戒。


 恐怖。


 全部混ざった目。


 レインは俯く。


 苦しい。


 その時。


「おい」


 声。


 三人組の冒険者だった。


 中堅。


 年齢は三十前後。


 剣士。


 槍使い。


 魔術師。


 傷だらけの防具。


 死線を潜ってきた顔。


 その剣士がレインを見ていた。


「お前」


「本当に人間か?」


 食堂の空気が止まる。


 レインの指先が強張る。


 セレナの目が細くなる。


 でも。


 止めない。


 レインを見る。


 どうするのかを。


 剣士は続ける。


「聞いたぞ」


「死霊魔法を奪ったんだってな」


「死体操ったって」


「魔物を従えたって」


「転移魔法も潰した」


「そんな新人がいるかよ」


 周囲も黙って聞いている。


 レインは何も言えない。


 怖い。


 身体が冷える。


 呼吸が浅い。


 まただ。


 また周囲の目が変わる。


 化け物を見る目。


 昔からそうだった。


 弱くても気持ち悪がられた。


 強くなっても怖がられる。


 結局。


 同じだ。


「……答えろよ」


 剣士の声が強くなる。


「お前、本当に人間か?」


 レインの喉が詰まる。


 その瞬間。


「人間よ」


 セレナが答えた。


 低く、静かな声。


 空気が張る。


「少なくとも」


「そこらの人間よりずっと」


「ちゃんと苦しんでる」


 剣士が顔をしかめる。


「S級のあんたは黙ってろ」


「こっちは命かかってんだ」


「死霊魔法使う奴なんか信用できるか」


「今日味方でも」


「明日には街ごと――」


 言い終わる前。


 空気が変わった。


 熱。


 圧力。


 セレナの魔力。


 それだけで冒険者たちの顔色が変わる。


 彼女は席に座ったまま。


 動いていない。


 それなのに。


 殺気だけで食堂全体が静まり返った。


「言葉を選びなさい」


 静かな声。


 でも重い。


「この子は」


「お前たちを守るために壊れかけた」


「それを侮辱するなら」


「私が許さない」


 完全な威圧。


 剣士が汗を流す。


 それでも意地で睨み返す。


「……化け物は化け物だろ」


 その言葉。


 レインの肩が震えた。


 頭の奥。


 黒い魔力。


 ざわつく。


『殺せ』


『敵だ』


『恐怖は排除しろ』


 知らない声。


 ネクロマンサーの残滓。


 レインの呼吸が乱れる。


 視界が暗くなる。


 怖い。


 怖い。


 壊れる。


 その瞬間。


 温かい感触。


 セレナの手だった。


 机の下。


 彼女がレインの手を握っていた。


 大きい手。


 硬い。


 傷だらけ。


 でも温かい。


「レイン」


 名前を呼ばれる。


 それだけで。


 意識が戻る。


「息して」


「……っ」


「ゆっくり」


 レインは震えながら呼吸する。


 周囲がざわめく。


 セレナは冒険者たちから目を離さない。


「見なさい」


 彼女は静かに言った。


「これが化け物に見える?」


 レインは必死に呼吸している。


 恐怖で。


 吐きそうになりながら。


 壊れないよう耐えている。


 セレナは続ける。


「力が強いから化け物?」


「死霊を扱ったから?」


「違う」


「人を人として見なくなった時」


「それが本物の化け物よ」


 食堂が静まり返る。


 誰も何も言えない。


 セレナはレインの手を握ったまま言った。


「この子はまだ苦しめる」


「まだ怯えられる」


「だから人間」


 レインは俯いたまま。


 唇を噛んでいた。


 涙が出そうだった。


 こんな風に。


 庇われたことがない。


 こんな風に。


 信じられたことがない。


 剣士は何も言えなくなる。


 やがて舌打ちして席へ戻った。


 空気が少しだけ動く。


 食堂が息を吹き返す。


 セレナはようやく魔力を引いた。


「……食べなさい」


 何事もなかったみたいに言う。


 レインは小さく頷く。


「……すみません」


「なんで謝るの」


「迷惑ばっかりで」


「迷惑なら助けてない」


 即答だった。


 レインは言葉を失う。


 セレナはスープを飲む。


「それに」


「強い力持ってる人間が孤立するとろくなことにならない」


「だから監視してる」


 少しだけ笑う。


「半分本音で」


「半分嘘」


 レインは思わず小さく笑った。


 本当に少しだけ。


 でも。


 ちゃんと笑った。


 セレナはそれを見て目を細める。


「その顔」


「もう少し増やしなさい」


「……難しいです」


「知ってる」


 朝食は静かに続く。


 パン。


 スープ。


 薄い塩味。


 疲弊した街の食事。


 それでも。


 二人で食べる朝飯は少しだけ温かかった。


 食後。


 二人は外へ出る。


 都市はまだ傷だらけだった。


 崩れた城壁。


 焼け跡。


 運ばれる物資。


 死体処理。


 泣く子供。


 疲れ切った兵士。


 現実。


 それでも街は動いている。


 生きている。


「……匂い」


 レインが呟く。


「死の匂いが残ってる」


 セレナは隣を歩く。


「感じるの?」


「はい」


「前よりずっと」


 強奪完成。


 その代償。


 感覚が広がりすぎている。


 魔力。


 死。


 感情。


 全部流れ込む。


 セレナは少し考えた。


「じゃあ使い方覚えないとね」


「……怖いです」


「知ってる」


「でも」


 彼女は前を見る。


「逃げないんでしょう?」


 レインは黙る。


 そして。


 小さく頷いた。


「……はい」


 怖い。


 壊れそう。


 化け物かもしれない。


 それでも。


 逃げたくなかった。


 セレナが隣にいるから。


 一人じゃないから。


 その時。


 遠くで鐘が鳴った。


 警鐘。


 都市全体がざわめく。


 兵士たちが走る。


 空気が変わる。


 レインの鑑定が反応した。


 巨大な魔力。


 都市外周。


 黒。


 深い闇。


 死霊とは違う。


 もっと巨大な何か。


 レインの顔色が変わる。


「……来る」


「何が」


 レインの声が震える。


「本物の化け物が」







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