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28歳の最強お姉さん冒険者は、自己肯定感ゼロの俺を放っておけない  作者: 慈架太子


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116/119

116:強奪完成

 夜明け前の空は暗かった。


 雨は止んでいたが、街にはまだ死の臭いが残っている。


 焼けた死霊。


 崩れた建物。


 泣き疲れた人々。


 そして、静かに運ばれていく遺体。


 南門近くの広場では、兵士たちが徹夜で片付けを続けていた。


 炊き出しの鍋から湯気が上がる。


 野菜と干し肉を煮込んだだけの簡素なスープ。


 それでも、人々は無言で列を作っていた。


 生き残った。


 それだけで十分だった。


 レインは石段に座っていた。


 顔色が悪い。


 指先が震えている。


 吐き気もまだ消えていなかった。


 魔力を使いすぎた反動。


 加えて、死霊の瘴気を大量に浴びた。


 身体が重い。


 頭も痛い。


 それでも彼は眠れなかった。


 セレナが隣へ座る。


 大きな木皿を差し出した。


「食べなさい」


 湯気。


 温かい匂い。


 塩気。


 少し焦げた玉ねぎ。


 レインは受け取る。


「……ありがとうございます」


「手、震えてる」


「すみません」


「謝らなくていい」


 セレナは前を見る。


 朝焼け前の暗い街。


 疲弊した人々。


「怖かった?」


 レインは少し黙った。


 そして小さく頷く。


「……すごく」


「死体も」


「臭いも」


「全部」


 彼は俯く。


「情けないですよね」


「みんな戦ってるのに」


「僕だけ」


「ずっと怖がってる」


 セレナはスープを飲む。


「普通よ」


「……え?」


「怖くない方がおかしい」


 彼女は淡々と言った。


「死は怖い」


「壊れるのも怖い」


「仲間を失うのも怖い」


「慣れることはある」


「でも、平気にはならない」


 レインは静かに聞いていた。


 セレナは続ける。


「それでも前に出るから、戦士なの」


「震えない人間じゃない」


「震えながら立てる人間」


 レインは少しだけ目を開く。


 朝の冷たい風。


 静かな空気。


 遠くから鍋を混ぜる音が聞こえる。


 そんな何気ない音の中で。


 彼は少しだけ呼吸が楽になっていた。


「……セレナさん」


「なに」


「昨日」


「怒ってましたよね」


 セレナは少し黙る。


「ええ」


「あの子を使われたから?」


「それもある」


 彼女は目を細める。


「でも一番許せなかったのは」


「名前も覚えてなかったこと」


 レインは何も言わない。


「死んだ人間を使うなら」


「せめて覚えていなさいって思う」


「誰だったのか」


「何を好きだったのか」


「何を怖がってたのか」


「どう生きたのか」


 セレナの声は静かだった。


「それを全部消して」


「兵器に変えるのは」


「私は嫌い」


 レインは彼女を見る。


 強い人だと思う。


 でも。


 強いだけじゃない。


 痛みを忘れていない。


 だから。


 人を見ている。


 その時だった。


 レインの頭に激痛が走る。


「っ……!」


 彼は頭を押さえる。


 視界が揺れる。


 黒い魔力。


 昨日のネクロマンサー。


 残滓。


 いや。


 違う。


 吸っている。


 吸収している。


「レイン!?」


 セレナが支える。


 彼の身体から黒い魔力が溢れ始める。


 闇。


 死霊。


 腐敗。


 大量。


 周囲の兵士が慌てて後退する。


「魔力暴走!?」


「違う!」


 レインは歯を食いしばる。


「これは……!」


 頭の中に情報が流れ込む。


 術式。


 魔法陣。


 死霊制御。


 魂接続。


 魔力変換。


 そして。


 強奪。


 彼のスキル。


【スキル強奪】


 今まで不完全だった。


 吸うだけ。


 奪えない。


 壊れる。


 制御できない。


 だが。


 ネクロマンサーとの戦闘。


 死霊魔法との接触。


 大量の魔力干渉。


 それが引き金になった。


 完成する。


 スキルが。


 進化する。


 レインの目が開く。


 黒い光。


 そして。


 白い光。


 闇と光が同時に混ざる。


 異常な現象だった。


 セレナがレインを抱える。


「落ち着いて!」


「呼吸しなさい!」


「っ……!」


 レインは吐く。


 血。


 黒い魔力。


 地面が腐食する。


 だが。


 次の瞬間。


 吸収が始まった。


 周囲に漂う死霊魔力。


 全部。


 レインへ吸い込まれていく。


 空気が震える。


 兵士たちが絶句する。


「なんだ……?」


「魔力を食ってる……?」


 レインの頭に声が響く。


【適合開始】


【強奪率上昇】


【術式解析完了】


【死霊属性適応】


【空間干渉適応】


【スキル強奪 進化】


 レインは苦悶する。


 怖い。


 自分の身体じゃないみたいだった。


 でも。


 逃げない。


 彼は歯を食いしばる。


「……っ!」


 膨大な魔力。


 普通なら壊れる。


 脳が焼ける。


 人格が崩れる。


 だが。


 彼には無限魔力がある。


 だから耐えてしまう。


 耐えられてしまう。


 それが逆に危険だった。


 セレナは彼を抱えたまま言う。


「レイン!」


「こっち見て!」


 彼は苦しそうに目を向ける。


「……セレナ、さん」


「ここにいる」


「一人じゃない」


 その言葉だけで。


 レインの暴走が少し落ち着く。


 彼は息を吸う。


 ゆっくり。


 ゆっくり。


 魔力を押さえ込む。


 すると。


 周囲の魔力が静かになっていく。


 黒い光が消える。


 風が止む。


 静寂。


 レインはそのまま倒れ込んだ。


 セレナが受け止める。


「……終わった?」


 兵士が呟く。


 レインは荒い呼吸のまま空を見る。


 夜明けだった。


 薄青い空。


 冷たい風。


 遠くで鳥が鳴いている。


「……成功、した」


 セレナが眉を寄せる。


「何が」


 レインは震える手を見る。


 そこに。


 黒い紋様が浮かんでいた。


 新しい術式。


 死霊魔法。


 空間固定。


 魔力接続。


 全部理解できる。


「……奪えたんです」


「完全に」


 セレナは少しだけ目を細めた。


「強奪」


「完成したのね」


 レインは頷く。


 嬉しくなかった。


 強くなった実感もない。


 ただ。


 怖かった。


 人の力を奪う。


 その感覚。


 頭の奥に残る他人の記憶。


 断片。


 感情。


 死臭。


 全部。


 気持ち悪い。


 彼は俯く。


「……僕」


「本当に人間なんでしょうか」


 セレナは即答した。


「人間よ」


「でも」


「怖がってるでしょ」


 レインは目を開く。


「力を怖いと思えるなら」


「まだ大丈夫」


 セレナは立ち上がる。


 そして手を差し出した。


「歩ける?」


 レインはその手を見る。


 大きい。


 傷だらけ。


 強い手。


 でも。


 温かい。


 彼はゆっくりその手を掴んだ。


「……はい」


 二人は並んで歩き出す。


 壊れた街の中を。


 朝日が少しずつ差し込む。


 炊き出しの匂い。


 洗濯物を干す音。


 泣き疲れた子供。


 瓦礫を運ぶ兵士。


 生きている街だった。


 完全じゃない。


 綺麗でもない。


 それでも。


 まだ終わっていない。


 セレナが小さく言う。


「今日は休みなさい」


「また倒れる」


「……でも」


「命令」


 レインは少し困った顔をする。


 セレナは笑った。


 珍しく。


 柔らかく。


「その代わり」


「夕飯、一緒に食べるわよ」


「ちゃんとしたもの」


 レインは少しだけ目を丸くする。


「……はい」


 その返事は。


 昨日より少しだけ。


 ちゃんと前を向いていた。







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