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28歳の最強お姉さん冒険者は、自己肯定感ゼロの俺を放っておけない  作者: 慈架太子


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113/119

113:セレナの過去

 夜だった。


 ヴァルゼア防衛都市は、まだ戦場の匂いを残している。


 焼けた石。


 血。


 濡れた灰。


 死霊軍との戦いから二日。


 都市は辛うじて持ちこたえた。


 だが被害は大きい。


 北区画は半壊。


 兵士の損耗も深刻。


 避難民は増え続け、食料倉庫は日に日に空になる。


 それでも。


 炊き出しの煙は止まらない。


 鍋の匂いが広場に広がる。


 人は食べる。


 食べなければ、生きる気力が消える。


 レインは炊き出し場の隅で、水を運んでいた。


 細い腕。


 疲れ切った顔。


 それでも黙々と動く。


「ありがとうね、お兄ちゃん」


 老婆が頭を下げる。


 レインは慌てて首を振った。


「い、いえ……」


 目を合わせられない。


 声も小さい。


 だが以前より少しだけ違った。


 逃げなくなっている。


 怖がりなまま。


 震えたまま。


 それでも、人の前に立てるようになっていた。


 その様子を、少し離れた場所でセレナが見ていた。


 銀髪を夜風が揺らす。


 長い脚。


 包帯の巻かれた肩。


 戦いの傷はまだ残っている。


 それでも彼女は立っていた。


「……変わった」


 小さく呟く。


 レインは気づいていない。


 でも確実に変わっていた。


 昔なら。


 避難民の視線だけで吐いていた。


 今も怖い。


 今も苦しい。


 でも。


 逃げない。


 セレナは静かに目を細めた。


 その時。


 レインがこちらに気づいた。


「あ……セレナさん」


「終わった?」


「はい。たぶん」


「たぶんって顔じゃない」


「……疲れました」


「そうでしょうね」


 セレナは近づく。


「飯食べた?」


「まだです」


「また」


「忙しくて……」


「忙しい時ほど食べるの」


 言いながら、彼女は包みを差し出した。


 パン。


 干し肉。


 温かいスープ。


 そして小さな焼き菓子。


 レインが少し笑う。


「甘い物ありますね」


「偶然」


「絶対好きですよね」


「うるさい」


 セレナは視線を逸らした。


 レインは少しだけ笑った。


 こういう時間が増えていた。


 戦場の合間。


 静かな会話。


 一緒の食事。


 洗濯物を干す朝。


 眠れない夜。


 怪我の手当。


 誰かと生きる時間。


 それが、少しずつ二人を変えていた。


 セレナは壁際に腰を下ろした。


 レインも隣に座る。


 夜風が冷たい。


 しばらく無言だった。


 それでも気まずくない。


 レインはスープを飲みながら、小さく息を吐いた。


「……怖かったです」


「うん」


「アルベルトさん」


「……」


「英雄だったんですよね」


 セレナは静かに頷いた。


「昔、見たことある」


「え?」


「私が駆け出しだった頃」


 レインが顔を上げる。


 セレナは夜空を見るように目を細めた。


「十五歳くらいだった」


「まだ弱くて」


「馬鹿で」


「勢いだけでダンジョン潜って」


「死にかけてた」


 少し笑う。


 今の彼女からは想像しにくい。


「その時に助けられた」


「アルベルトさんに?」


「うん」


 セレナの声は静かだった。


「強かった」


「本当に」


「一人で全部片付けた」


「魔物の群れも」


「崩落も」


「怪我人も」


「全部」


 レインは黙って聞いていた。


「みんな英雄って呼んでた」


「子供だった私も憧れた」


「こんな風になりたいって思った」


 セレナは少し笑った。


 でもその笑みは、どこか苦い。


「結果はこれ」


 自分の身体を見る。


 傷跡。


 火傷。


 切り傷。


 生き残り続けた身体。


「強くなった」


「でも」


「幸せにはなれなかった」


 レインは何も言えない。


 セレナは続けた。


「仲間も死んだ」


「弟子も死んだ」


「男を見る目もなかった」


「利用されたし」


「裏切られたし」


「何回も失敗した」


 夜風が吹く。


「それでも戦うしかなかった」


「強かったから」


「生き残ったから」


「前に出るしかなかった」


 レインは静かに聞いていた。


 セレナは強い。


 でも。


 最初から強かったわけじゃない。


 失って。


 傷ついて。


 それでも立っている。


 彼女は少し笑った。


「若い頃は恋愛とかも考えてたのよ」


 レインが少し目を見開く。


「意外そうな顔」


「……少しだけ」


「失礼ね」


 セレナは肩をすくめた。


「でも途中で諦めた」


「戦場の人間は重い」


「普通に生きられない」


「隣にいる人間も壊れる」


「だから向いてないって思った」


 レインは黙る。


 セレナは彼を横目で見た。


「怖い?」


「え?」


「こういう女」


 レインは少し考えた。


 長い沈黙。


 セレナは目を細める。


「正直でいい」


「……怖いです」


「でしょうね」


「でも」


 レインは言葉を探す。


「一緒にいると」


「落ち着きます」


 セレナが少しだけ止まる。


 レインは続けた。


「怖いし」


「強いし」


「綺麗だし」


「近寄り難いし」


「……すごく年上ですし」


「そこ強調しなくていい」


「でも」


 レインは視線を下げた。


「ちゃんと見てくれるから」


「だから」


「安心します」


 静かだった。


 セレナは何も言わない。


 ただ。


 少しだけ目を伏せる。


 彼女は知っている。


 レインは口が上手くない。


 不器用だ。


 気の利いた台詞も言えない。


 でも。


 嘘を言わない。


 それが分かる。


 だから刺さる。


 セレナは小さく息を吐いた。


「……ずるいわね」


「え?」


「そういうところ」


 レインは意味が分からず首を傾げた。


 セレナは笑う。


 本当に少しだけ。


 柔らかい笑み。


「レイン」


「はい」


「死ぬ時は勝手に死なないで」


 レインが固まる。


「ちゃんと」


 セレナは静かに続けた。


「帰ってきなさい」


 夜風が吹いた。


 遠くで炊き出しの鍋が鳴る。


 人の声が聞こえる。


 誰かが笑っている。


 戦争の中。


 崩れかけた都市の片隅で。


 二人は静かに座っていた。


 恋愛イベントなんかじゃない。


 告白でもない。


 ただ。


 一緒に生きる時間だった。


 レインは小さく頷いた。


「……はい」


 その返事を聞いて。


 セレナは少しだけ安心したように目を閉じた。


 彼女はまだ知らない。


 自分がもう。


 この弱くて不器用な青年を。


 一人で死なせたくないと思い始めていることを。







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