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28歳の最強お姉さん冒険者は、自己肯定感ゼロの俺を放っておけない  作者: 慈架太子


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111/119

111:死者の軍団

 雨だった。


 灰色の空から落ちる水は冷たく、崩れかけた石畳を静かに濡らしている。


 ヴァルゼア防衛都市。


 人類反撃開始から七日。


 都市は勝利の熱気に包まれていた――はずだった。


 だが現実は甘くない。


 反撃したからこそ、人類は見てしまった。


 魔物側の本当の規模を。


 世界各地で同時発生するダンジョン暴走。


 空間裂け目。


 従魔群。


 巨大種。


 転移能力者。


 そして。


 死者。


 死んだはずの兵士たちが、再び立ち上がっている。


 北部戦線。


 第三砦。


 壊滅。


 生存者ゼロ。


 報告を聞いた作戦会議室は静まり返っていた。


「……死者が、動いた?」


 王国軍将校が震える声で言う。


 魔導通信士は青ざめていた。


「確認済みです……」


「討伐済み兵士が再活動」


「肉体損壊後も停止せず」


「闇属性系統……死霊術式の可能性大」


 空気が重い。


 誰も口を開かない。


 戦場を知る者ほど理解していた。


 死者の軍勢。


 それは最悪だ。


 兵士の心が壊れる。


 昨日まで隣で飯を食っていた仲間を斬らなければならない。


 精神が耐えない。


 セレナは黙って地図を見ていた。


 銀髪が静かに揺れる。


「レイン」


「……はい」


「顔色悪い」


「少しだけ」


 嘘だった。


 かなり悪い。


 レインは吐き気を堪えていた。


 死体。


 蘇る兵士。


 仲間同士で殺し合う光景。


 想像するだけで胃が軋む。


 セレナはそれを見抜いていた。


「外、行くわよ」


「え?」


「空気悪い」


 彼女は会議室を出た。


 レインも慌てて追う。


 廊下。


 窓の外では雨が降っている。


 避難民たちは炊き出しの列に並んでいた。


 子供を抱えた母親。


 疲れ切った兵士。


 包帯だらけの冒険者。


 それでも皆、生きている。


 レインはその光景を見る。


「……守らないと」


 小さな声だった。


 セレナは横目で彼を見る。


「うん」


「でも」


 彼女は続けた。


「全部背負うな」


 レインは黙る。


 その沈黙で、セレナには十分だった。


 彼は抱え込む。


 自分を責める。


 守れなかった命を忘れない。


 だから壊れそうになる。


「レイン」


「はい」


「ちゃんと食べてる?」


「……昨日は少しだけ」


「少しじゃ駄目」


「すみません」


「あと寝てない」


「……」


「図星」


 レインは目を逸らした。


 セレナは小さく息を吐く。


「本当に不器用」


「ごめんなさい」


「謝るところじゃない」


 その時。


 広場から甘い匂い。


 レインが顔を上げる。


 屋台だった。


 焼き菓子。


 蜂蜜を使った簡易菓子。


 セレナは視線を逸らした。


「……買う」


「甘い物好きなんですね」


「別に」


「好きですよね」


「……うるさい」


 少しだけ頬が赤い。


 レインは少し笑った。


 こういう時間がある。


 戦場だけじゃない。


 傷の手当。


 一緒の食事。


 洗濯。


 雨宿り。


 静かな会話。


 そういう積み重ねが、彼を支えていた。


 屋台の主人が頭を下げる。


「セレナ様!」


「いつもありがとうございます!」


「この都市が残ってるの、あんたらのおかげだ!」


 周囲の視線が集まる。


 尊敬。


 感謝。


 希望。


 セレナは慣れていた。


 でもレインはまだ慣れない。


 視線が怖い。


 胃が痛い。


 自分なんかが。


 そんな感覚が消えない。


 セレナは菓子を一つ差し出した。


「食べる?」


「……甘すぎません?」


「疲れてる時は必要」


「セレナさん、いつもそれ言いますね」


「正しいから」


 レインは小さく笑って受け取った。


 その瞬間だった。


 都市全体に警鐘。


 空気が変わる。


 兵士たちが走る。


「北門!!」


「北門に死霊軍確認!!」


「数……数が多すぎる!!」


 セレナの顔が変わった。


「行くわよ」


「はい!」


 二人は走る。


 北門。


 そこにいたのは。


 絶望だった。


 雨の中。


 黒い軍勢が歩いてくる。


 腐敗した兵士。


 崩れた騎士。


 骨だけになった魔導士。


 目が死んでいる。


 でも動いている。


 数千。


 いや。


 一万を超えている。


 兵士たちが震えていた。


「……嘘だろ」


「第三砦の連中だ……」


「昨日まで一緒だった……」


 心が折れ始める。


 それを見たセレナが前へ出た。


「下向くな!!」


 怒声。


 全員が顔を上げる。


「死んだ仲間を利用されてるだけよ!!」


「泣くのは終わってからにしなさい!!」


 戦場の声だった。


 強い。


 揺れない。


 だから皆が立て直す。


 レインはその背中を見る。


 綺麗だった。


 怖いくらいに。


 セレナは大剣を抜いた。


 炎が走る。


「レイン」


「はい!」


「後ろは任せる」


「……はい」


 震えている。


 でも。


 逃げない。


 レインは前へ出た。


 胃が痛い。


 吐きそう。


 呼吸が浅い。


 それでも立つ。


 彼の鑑定が発動する。


【死霊術式】

・中核術者存在

・魔力糸による統制

・核破壊で崩壊可能


 見える。


 空の奥。


 巨大な闇。


「……いました」


「どこ」


「後方」


「空間座標固定」


「死霊術者です」


 セレナが笑う。


「いい」


「やること分かりやすい」


 次の瞬間。


 死者の軍団が突撃。


 咆哮。


 轟音。


 戦争が始まる。


 セレナが飛び込む。


 炎。


 一閃。


 数十体が消し飛ぶ。


 圧倒的。


 まさに最強。


 でも敵は止まらない。


 斬っても。


 焼いても。


 死体が立ち上がる。


「ちっ……面倒」


 レインは術式を展開。


「光属性展開!!」


 巨大光陣。


 浄化。


 死霊たちが崩れ始める。


 兵士たちが叫ぶ。


「効いてる!!」


「押し返せ!!」


 戦線が持ち直す。


 だが。


 空が裂けた。


 巨大な黒い魔法陣。


 そこから降りてくる人影。


 黒衣。


 痩せた男。


 死人のような顔。


「……人類」


 男が笑う。


「まだ抗うか」


 レインの全身に悪寒。


【死霊王ベルグ=ノア】

・超高位死霊術者

・大規模蘇生

・精神侵食

・空間干渉


 レインの喉が震える。


「……まずい」


 セレナが前へ出る。


「強い?」


「……たぶん」


「なら殺す」


 シンプルだった。


 ベルグ=ノアが笑う。


「面白い女だ」


「その女も死体にしてやろう」


 空気が変わる。


 闇が広がる。


 死者たちがさらに立ち上がる。


 都市全体が悲鳴に包まれる。


 レインの足が震える。


 怖い。


 本当に怖い。


 勝てる気がしない。


 それでも。


 隣を見る。


 セレナがいた。


「レイン」


「……はい」


「逃げる?」


 彼は震えながら。


 それでも首を横に振った。


「……逃げません」


「うん」


 セレナは少し笑った。


「それでいい」


 雨が強くなる。


 炎と闇がぶつかる。


 死者の軍団が迫る。


 その中心で。


 弱くて。


 怖くて。


 それでも最後だけは逃げない青年が。


 静かに剣を握り直した。







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