プリローダ⑥
その後もマォは眠り続け、休憩場所で起こそうと試みるも起きる気配は無かった。
揺さぶっても駄目、軽くたたいても駄目、ならばとくすぐっても見たが起きなかったのだ。
よほど眠たかったのだろうとそのまま寝かす事にしたのだが、もっちゃんは甲斐甲斐しく世話をしていた。
器用に触手を使って、びよんと口を開け果物を放り込み顎と頭を掴んで動かして咀嚼させている。
(器用だな)
(だが私はちょっと勘弁して欲しいかな)
(まぁ寝ていれば意識は無いし・・・)
((( 見なかった事にしよう )))
アルノー達は何とも言えないこの光景を見なかった事にしようと決めた。
その後も休憩を挟みながら進み、3日目にはプリローダへと戻る事が出来たのだが皆遠い目になっている。
水中や地中を走る事は何度か経験していたし、垂直の崖や滝を上り下りするのも経験済みだ。
だがドラゴンの腹の下を潜り流れる溶岩と並走するなど誰が想像するだろうか。
皆阿鼻叫喚となり魂が抜けそうな経験をしたのだった。
そんな中でもマォはぐっすりと寝たままだったのだが・・・
マォが目覚めたのは戻った日の夕方だった。
「ん~っ、寝過ぎた。体がバキバキいいよる」
伸びをした後に体を軽くほぐせば腰や背中の辺りからバキバキと音がするのだ。
もっちゃんの背中の上で寝ていたので変な風に凝り固まっているのかもしれない。
体をほぐしながら家の中をうろつく。
見慣れた天井に見慣れた床、そして竈に囲炉裏。
我が家に帰って来たのだと実感が湧く。
(それにしても腰が痛い・・・)
腰に手を当てトントンと軽く叩く。
「おかん、風呂で体を温めたらどうだ?」
「確かにその方がほぐれそうな気がする」
「その後で皆に顔を見せてやってくれ」
「あー、そうじゃね。皆に心配掛けてしもぉた」
アルノーに言われて風呂へと向かう。
ちゃぽりと湯船に浸かれば少し体が楽になる。
(ふぃ~、気持ちええ。このまま寝れそう・・・
いや駄目じゃろう、どんだけ寝るんよ儂・・・)
ずっと浸かって居たい気もするがそうもいかないのでササッと体を洗い風呂から上がる事にした。
身支度を終えたマォはアルノーと共に食堂へと移動する。
食堂前の庭にはオルガ達が集まっている。
『マォ!良かった。皆心配した』
「オルガ!心配かけてごめんよ」
『チョコ達と相談した。森の警備強化する』
「ん?」
オルガの話によればマォが攫われた後、魔獣や魔物達と相談し侵入者の罠を増やしたり巡回回数を増やす事にしたらしい。
『騎獣達の仲間も協力する』
「ん?・・・仲間って?」
『番や親兄弟 集まったらしい』
「へ? 集まったって、そねぇに数増えて大丈夫なん」
『森の主 許可した』
「そうなんじゃ。 って待って。今森の主ゆうた?
儂挨拶しちょらん気がするんじゃけど!
うわぁぁ、マジか主さんおるんか。挨拶いかんにゃぁ・・・」
『マォ、落ち着け。主来てる』
「ちょ、先にそれ言ってよ!主さん何処?!」
軽くパニックになるマォ。
元の世界でも山や森、大きな川や湖などには主と呼ばれる存在は居た。
ただ単に長く生きている者の事だったりもするのだが、地域によっては信仰対象となったりもする。
僻地暮らしだったマォにとって主とはその地の守り神に近い物だった。
その主に挨拶もせず住み着いているとはなんという非礼だろうかと慌ててしまったのだ。
『マォ、落ち着け。深呼吸する』
「そ、そうじゃね」
『それにまず皆に顔を見せる。皆心配してた』
「あ、そうじゃった・・・」
そもそもが皆に顔を見せに来たのだと思い出したマォである。
深呼吸をして少し落ち着きを取り戻し、オーガの皆に挨拶をしてから食堂の中へと入った。
「ぶっ・・・」
中に入った瞬間、マォは鼻血を吹いた。
食堂には上半身は絶世の美女、下半身は蜘蛛な所謂アラクネが皆とテーブルを囲み茶を飲んでいたのだ。
しかもこのアラクネ、マォがゲームの中で一番のお気に入りだったダンジョンボスに似ている。
マォにとっては推しともいえる存在が居た為一気に血圧が上がり鼻血が出たのだが、まさかこんなことになるとは当の本人も思っていなかった。
「「「 うわぁ、マォ大丈夫か! 」」」
「マォ様!今すぐ止血いたします!」
「待たぬかイザベラ!鼻を押さえれば窒息してしまう!」
「大丈夫じゃけぇ、見な落ち着いて」
マォは渡されたタオルで鼻血を拭いながら皆に落ち着くよう言うのだが、マォも内心は落ち着けない。
(推しが、推しが目の前に!)
そう考えると再び鼻血が垂れてくる。
(あかん、落ち着け儂。ここで貧血でも起こしたら推しが見れなくなる!)
そう思い違う事を考える事にしたのだが、浮かんだのは何故か禿散らかした狸だった。
(ちっがーう!何故それが浮かんだ儂よ!あねぇなん出てくんな)
自分で思い浮かべておいて突っ込みをいれるマォである。
お陰で鼻血は止まった。
取り合えずは席に着くようアルノーに促され、席に着けばコルディがハーブティを差し出してくれる。
ほんのりとラベンダーの香りがするので落ちつけるように淹れてくれたのだろう。
「まずは無事戻って来てくれて良かった。お帰りマォ」
「ただいま!心配掛けてごめんね。
探してく迎えに来てくれた皆も、留守を守ってくれた皆もありがとうね」
「マムが無事でよかったであります!」
「それにしてもよく見つける事が出来たね」
「転移の魔法陣の跡をダルクが見つけてな。周囲に白い羽も落ちていたので
魔法に長けた有翼人という事で的を絞ったのだ」
「兄が有翼人の長達に問い合わせた結果
彼の国の白羽と呼ばれる一族が浮上したのだよ」
「そこからは即行動であります!」
「なんせ我々よりも騎獣達の方が気が急いておったのだろう。
荷造りもなにも無く背中に乗せられましたからね」
「しかも我々を乗せた後に誰が行くかで揉め始めてな・・・」
「ええ、おかげで出発前から私達もボロボロで・・・」
「寝袋さえ用意させてもらえずそれはもぉ過酷な旅で・・・」
「食料も現地調達で塩も無くてな・・・」
マォに説明しながらも思い出したのだろう、皆遠い目になっている。
マォが攫われたと判明し捕らわれた先が南にある国だと見当がついた時、真っ先に動いたのはチョコである。
単身で動き始めたので慌ててジャックがチョコに飛び乗る。
それを見たクッキーともふりんはリオルとアルノーをそれぞれ乗せて後を追いかける。
そしてもっふる・サブレ・ササミと続いたのだ。
残りの者達もすぐに後を追おうとしたのだが、プリローダを守る者も必要となる。
仕方が無いと留守番をする事となったのだが話を聞いて留守番で良かったと思うのであった。
兎に角騎獣達は南へと爆走しながらもっちゃんの匂いを探した。
森を突き抜け川を渡り湖の底を疾走し、谷を飛び越えマンティコアの巣を乗り越えワイバーンの背を飛び石の如く渡り南の国にある森へと到達した。
食事休憩は挟んだものの、ほぼ不眠不休で3日。
アルノー達は限界を迎えたので休憩を取る事にしたのだが、丁度仮眠を終えた時にマォ達が現れたのである。
「自分まさかマンティコアの巣を横切るとは思わなかったであります」
「俺もまさか湖の底を疾走するとは思わなかったさ・・・」
「谷を飛び越えた時は下腹部がヒュッと浮いたような感覚が・・・」
「うわぁ・・・ 皆大変じゃったんじゃねぇ・・・」
思わず遠い目になるマォである。
「おかんも大変だったのでは?」
「あー、うんまぁ。儂よりももっちゃんの方が大変じゃったんじゃないかな」
思い出すだけでも腹が立つのでマォは簡単な説明だけする事にした。
「塔に閉じ込められて魔封じの首輪付けられちょったん。
首輪が壊せんかったけぇ鎖事引っこ抜いて塔から抜け出したん。
んでもっちゃんとガイア探したんじゃけど
もっちゃんはこれでもかってくらい楔打ち込まれて
鎖で雁字搦めになっちょって、ガイアは変なもん飲まされたんか
目が虚ろになっちょったけぇちょっと脅して助け出したん。
んで戻る途中に皆と出会う事ができたんよね」
「待て待ておかん、随分と端折ってないか」
「ちょっと脅したと言うがちょっとどころではない気がするのだが」
「鎖を引き抜くとか常人は無理ではないだろうか」
「なんか聞き捨てならん言葉がある気もするけど
まぁ気にせんで? 今後あそこの国とは関わらんにゃええんじゃけぇ」
「もとよりそのつもりだ」
「それよりもさ。
森の主さんはそこのアラクネ美人さんでええんじゃろか」
「ああ、彼女がこの森の主らしい」
「そっか]
マォは主の近くへと移動し頭を下げ挨拶をする。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。
どこぞの阿呆に拉致られてこの世界に来ました異世界人のマォです。
今更ですがこの森に住まう事をお許しいただけると幸いなのですが」
『良い良い。堅苦しいのは抜きじゃ。
以前現れた招き人と違い我等を忌避するでもなし。
我は其方を気に入っておるのじゃ。
それよりもじゃ、我が眠っている間に不届き者が出たようじゃの。
警戒態勢を整えたで今後はそのような事もなかろう』
「ありがとうございます」
「時にちと尋ねるのだが。
其方何故先程鼻より血を流したのだ」
「うげ、それ聞いちゃう?・・・」
主に見つめられマォは再び鼻血を出しそうになるのをなんとか耐え、推しとは何なのかを説明するのだった。
その説明を聞きながら満足そうに主は微笑むのだがその笑みに魅入ったのはマォだけではなかった。
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