エルフィン②
「陛下、もう我慢なりません。
あれはダメです、少しも反省しておりませんわ。
それどころか世迷い事を言います始末・・・」
エルフィンが気を取り直して書類に目を通していると、珍しく声を荒げた王妃が入室してきた。
一瞬驚いたものの何事かと王妃に問いかける。
「僕は兄上達と違って素晴らしい知識と経験があるのだとか
前世の記憶があるんだとか訳の分からぬ事を言い出しましたのよ!
誰が見てもエウリケやミランダより劣っているのに何を思っているのかしら。
しかも僕の為にボンキュッボンの聖女は必ず現れる
とこれまた訳の分からぬ事を言い出しますし、
ボンキュッボンとは何でしょう・・・
自分が禁術で召喚した女性に関しては・・・口にしたくありませんわ。
本当に腹ただしい、どうしてあのような子になってしまったのかしら。
思わず私・・・扇を投げつけてしまいました!」
「は? 扇を? そ、そうか・・・」
隣で一緒に仕事をしていた宰相も驚いて手が止まったようだった。
扇を・・・投げつけ・・・それはまた王妃らしくもないとエルフィンは思う。
王妃アムリタは普段温厚で優しい女性だ。
身分が低い使用人に対しても分け隔てなく接している。
そんなアムリタが扇を投げつけるなど、よほど怒りが収まらなかったという事なのだろう。
美しかった王妃の髪も最近はアレのせいで白い物がチラホラ見える様になってしまった。
お互い気苦労が絶えぬなとエルフィンは少し申し訳なく思ってしまった。
しかし前世とは・・・古史にでも影響されたのだろうか。
確かに340年前には前世の記憶を持つ者が現れたと言う記録が残されてはいたが、その者は幼き頃より大人びた発言も多かったと記されている。
アレにその気配はなかったし、家庭教師との勉強や剣術の稽古もさぼっていると聞く。
一般的なマナーにも不安がよぎるような始末だ。
周囲の誰かによからぬ話を聞かされたのだろうかと思ったが、アレの側近候補が宰相の甥だった。
エルフィンがチラリと宰相をみれば、大きな溜息をつきながらムニムニと眉間を揉んでいた。
「いったいあれは何をしておるのか・・・
今回の様な事が起きる前に止めるべきだし手に負えないなら私に相談すべきだろう」
宰相の言うあれとは甥の事である。
甥は年が近い事もあり幼いころから第二王子の遊び相手として城に来ていた。
第二王子が甥を気に入りそのまま側近候補として共に勉学に励んできたと思っていたのだが。
宰相やその弟からも教えられていたはずだ。
使える主が道を外すような事があれば体を張ってでもお止めしていさめるべきだと。
それなのに同調するとは何事か。
弟と共にもう一度叩き込まねばなるまいと思う宰相の頭頂部も心なしか少々風通しがよい・・・
「そうそう、件の女性ですが先程私もお会いしてきましたの。
私、あの方とは仲良く出来そうですわ、と言うより仲良くなりたいですわ」
王妃は宰相の様子を見て話題を変える事にした。
王族たるものたやすく頭を下げてはならぬと言われてきた。
だが今回ばかりは母親として、同じ女性としてどうしても謝罪をしたかった。
きっと彼女にも家庭や友人があっただろう。
もしかしたら可愛い子とて居たやもしれぬ。
あの馬鹿息子がこちらへと召喚してしまい彼女のすべてが失われてしまった。
幸い命は取り留めたものの、謝罪したとて許されるようなものではない。
自己満足と言われればそれまでかもしれない、それでも王妃は謝罪せずにはいられなかったのだ。
「謝罪の時についつい第二王子の愚痴を洩らしてしまって。
そうしたらうんうんと頷きながら理解してくださったのよ。
きっとあの方にもお子がいらっしゃったのでしょうね。
本当にどうお詫びすればよいのか・・・
侍女たちの手前長くは話せませんでしたが
同じ母親として何かよいアドバイスを頂けるかもしれません。
それに・・・
こちらで友の1人も居ないというのは寂し過ぎるではあえいませんか・・・」
「そうだな・・・
王妃よ、すまないが気に掛けてやってくれるか」
「もちろんですわ」
確かに気心が置けぬ存在は必要だろう。
それに信頼できる者も必要となってくるだろう。
誰を宛がうのがよいだろうかなどと考えるエルフィンだったが、信頼関係など誰かに与えられて築けるような物ではない。
周囲と接するうちにこつこつと築き上げられるものだ。
エルフィンを始めとする王侯貴族は親に友や側近を宛がわれる。
だがそれはきっかけに過ぎず、自分たちの言動によって友情関係や信頼関係が築かれた訳だが王侯貴族はいまいちそれを理解していなかったりするのだ。
よって宛がうなどという考えに至ったのだろう。
のちに招き人からどやされる事をこの時のエルフィンは知らない。
「ところで王妃。
アレの処遇をどうしたものかと悩んで居るのだが」
「困りましたわね。ずっとこのまま自室に軟禁とも行きませんし。
そう言えば彼女が
やはり一度会って直接文句を言いたい とおっしゃってましたわ」
何故かキラキラと目を輝かせて王妃が言う。
だがエルフィンには不安がある。
「気持ちは解らなくもないが、正直アレがまた暴言でも吐いたらと思うと」
「私もそう言いましたのよ? そうしたら彼女・・・
その時はどつくから大丈夫 と朗らかに、それはもうとてもいい笑顔で。
どつくとは何でしょう?陛下御存じで?」
「いや、私もわからんな・・・」
王妃はどつくに興味津々だった。
エルフィンは招き人の叫びを思い出す。
余程うっぷんが溜まっているのだろう。
ため込み過ぎはよろしくない、吐き出させる事も必要であろうと考えたエルフィンは護衛騎士を付けた上での対面を許可することにした。
「陛下、私も立ち会いたいのですが」
「しかしな王妃よ。我々の前では委縮してしまうのではないか」
「そうかしら。あの方、肝が据わっている様に思えます。
それに、どつく の正体が気になりません事?」
「それを言われると・・・気になるな」
「私も気になりますな」
「宰相はまだ顔も併せておるまい、却下だな」
「む、ですが」
「宰相殿には後からご報告いたしますわ、ね?」
王妃にそう言われてしまえば黙るしかない宰相であった。
「そうと決まればあの方の衣装や身の回り品を揃えなければ。
着ていたものは修復不可能な状態だったそうですから。
では陛下、失礼いたしますわね」
晴れ晴れとした笑顔でさっそうと退室していった王妃を見て少しはうっぷんも晴れたのだろうかとエルフィンは安堵した。
「陛下、招き人ご本人の希望をお聞きしなくともよいのですかね。
きっとご本人にも好みがあるのでは?」
「はっ、ルーク!そういう事は早く言え!」
「すこぶる楽しそうな妃殿下に私が言えるとでも?」
「くっ、今更水を差すような事を言う勇気はないぞ・・・」
「 ・・・ 」
せめて王妃が自分の趣味全開で準備しませんように、と祈る2人であった。
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