アルノー②
誰も言葉を発せずしばらく川を眺めていた。
やがて招き人が口を開く。
「なぁルーク。
すべての国民がそうだとは思わない。
特に王都は酷いだけなのかもしれない。
だがな、3代前に現れた招き人の思いはどこへ行ったんだろうな」
「一体私は何を見てきたのだろうな、情けない・・・」
「仕方ありませんよ宰相殿。
宰相殿や王子殿下が視察に出る時は根回しがされていたのでしょうから」
そう、宰相は知らなかったがアルノーは知っていた。
ここまで酷い物には遭遇しなかったとはいえ、殴るけるなどの暴力や店から締め出されるなどの扱いは目撃していたのだ。
間に入り止める事もあったとはいえ、宰相に伝える事はなかった自分もあいつらと同罪ではないだろうかとアルノーは思う。
「「「 はぁ・・・」」」
3人はそれぞれの思いを秘めたまま深い溜息をつく。
「城に戻るか?」
「戻りたくねぇなぁ・・・」
「気持ちは分りますが・・・」
3人は木陰に腰掛けたまま遠くを眺め再び溜息をつく。
このまま町を散策する気にもなれず、かと言って城に戻るにも気が重い。
どうしたものかと考えまた溜息が零れる。
気が付けば空はオレンジ色に染まっていた。
「仕方がない、戻るか・・・」
3人はゆっくりと重い腰を上げる。
その時視界の先に人影が見えた。
肩には大きめの麻袋を乗せている。
何をするのかと見ていれば、川へと投げ捨てたではないか。
きょろきょろと周囲を確認し誰も居ないと思ったのかそのまま足早に去って行った。
「何を投げ入れたんじゃろか」
「ごみの不法投棄だろうか」
「いや違いますね。微かに子供の鳴き声が聞こえます」
アルノーは辺境育ちで母に鍛えられた為一般よりも耳が良い。
なので微かな鳴き声も拾う事が出来たのだ。
考えるよりも体が先に動いていた。
幸い麻袋はまだ浮いたまま流されている。
アルノーはジャブジャブと川の中を進んで行き麻袋を拾い上げ騎士へと戻った。
そっと地面に降ろし結んであった麻縄を解いてみれば、中には生後間もない赤ん坊がいた。
「なんという事を・・・」
「・・・」
宰相は苦虫を潰したような顔になり、招き人は絶句している。
アルノーは急いで赤ん坊を取り出すと自分のシャツを脱いで包んでやった。
この赤ん坊をどうするか放っておく事も出来ないだろうと宰相に問いかければ、答えたのは招き人だった。
「儂が育てる」
こう見えても子育て経験は豊富なんだと言うが城に連れて行く事は無理ではなかろうか。
アルノーはその事を伝える。
「城に連れ帰るのは難しいかと」
「なんで? この子が捨てられた子だから?」
「いえ、そうではなくてですね。
先程くるんだ時に背中に突起があるのを見つけまして。
この子は有翼人種もしくはそのハーフなのでしょう」
「なるほど、だから捨てられたのか。
そして城勤めの連中も偏見と差別意識を持っていると・・・」
招き人は顔をしかめてしまった。
どうしたものかと3人で考え込んでいると宰相が思いついたように言った。
「獣騎士団に預ければよいのでは」
なるほどそれは名案だと話はその方向で進むのだが、騎士達で赤ん坊の世話ができるのかという疑問がわ湧いた。
「儂がそこに住んで赤ん坊育てる」
招き人が獣騎士団に住み込むと言い出したのでアルノーは焦ってしまう。
騎士とはいえども男の集団である。
そんな中にマォ1人で住まわせる訳にはいくまい。
ならば自分も一緒に移動するかと考えたのであった。
このままここで話し続ける訳にもいかず、まずは獣騎士団へと移動する事になった。
モファームに乗り移動すれば、到着したのに招き人は降りようとせず固まってしまっている。
(いくら男勝りと・・・肝が太いとは言えさすがに騎獣には驚いたか)
そう思ったアルノーだったが実際は違っていた。
「マォ殿、大丈夫ですか」
と顔を見れば、目が輝き頬が色付いている。
「ごめんごめん、つい見惚れてもぉた」
その後も触れるだろうかなどとわくわくしている様子。
触らせてやりたいと一瞬考えたが、まずは赤ん坊の事が先だろうと思い直す。
そしてリオル団長を探し出して話をするのだが、事態は思わぬ方向に進んで行く。
とは言え、いつかこうなるだろうなとアルノーは考えていたのでさほど驚くことはなかった。
「同胞を、部下の家族を殺したこの国の頼みなど聞く必要もないのでな」
と自国へすぐに帰るといいだしたのだ。
それはそうだろうとアルノーは納得する。
自分であってもそうするだろうと思った。
ならばこの赤ん坊はどうするべきだろうかと考えていれば宰相が突拍子も無い事を言い出す。
「ならばマォ殿我々も国を出ようではないか」
この言葉に驚いたのはアルノーだけではなかった。
義息子でもあるリオル団長は目玉が落ちるのではないかというくらいに目を見開き驚いている。
招き人は一瞬驚いたものの、悪い笑みを浮かべている。
これは立ち話で済ませるようなものでは無いと判断したリオル団長が部屋への移動を促した。
時々話が脱線しかける事もあったが、皆この国を出るという意見で纏まった。
勿論アルノーはこのまま招き人に着いて行くつもりである。
招き人はせっかく護衛騎士まで上り詰めたのにもったいないと言うが、アルノーにとってはどうでもよい事だった。
憧れて騎士になったわけではない、自分を育ててくれた前団長への恩返しだった。
それにアルノーは先程河原で遺灰を撒く時に、心の中で誓いを立てた。
母によく似て男勝りな面もあれば心優しい面も持ち合わせるこの女性を一生かけて守っていこうと。
「ん? 儂に誓い立てたの?だめじゃん・・・」
「まぁまぁマォ殿。すべての騎士が国に仕える訳ではないのだ。
自分の命を懸けても良いと思える人物に出会う事が出来れば
個人に誓いを立てる事もあるのだよ」
リオル団長が説明をいれてくれ、なんとか受け入れてくれた招き人だったが、条件を出してきた。
「騎士の誓いを立ててくれると言うならさ、どうせなら息子になってくれんかね?」
まさかそんな提案を受けるとは思いもせずに動揺するアルノー。
(母さんと呼んでもいいのか。
いや、落ち着け俺。
確かにマォ殿は無き母を思わせる言動も多く・・・
年齢的にも親子で通りはするが、俺なんかが息子でよいのだろうか。
息子であれば離れずにずっと守る事も出来るが・・・
マォ殿は黙って守られている人ではない気もするし。
だがマォ殿は家族と引き裂かれている。
俺で少しはその寂しさを埋める事が出来るだろうか)
しばし自問自答を続け最終的には母さんと呼びたい願望が勝ち、気が付けば「未熟な息子ではありますがよろしくお願いします」と答えていた。
話し合いを終えた後は一旦宰相の政務室へと立ち寄った後に陛下と対面する予定となった。
だが予定は予定でありすぐに崩れた。
政務室に国王がオーウェン団長と共に居たのである。
「おや3人共おかえ・・・その赤ん坊は?」
「儂の孫だ」
2人共あんぐりと口を開けたまま固まってしまった。
オーウェン団長が立ち去った後の出来事なので驚くのも無理はない事だ。
第二王子の件で赤子まで巻き込んだのかと勘違いする国王にマォが敬意を説明した。
「そのような事が・・・
マォ殿には嫌な思いをさせてしまい申し訳ない」
と、ここまではまだよかった。
だがこの後に続いた言葉が招き人の心を逆なでした。
招き人と国王は口論となり、感情任せに勢いで放った国王の言葉が招き人の逆鱗に触れたようだった。
「よそ者に何が分かる!」
「エルフィン!言葉を慎まぬか!」
宰相が止めに入るもすでに遅い。吐いた言葉は飲み込む事が出来ない、無かった事には出来ないのだ。
「よそ者か、ああ確かに儂はよそ者さ。
国どころか世界が、次元が違うんだからな。
どっかの阿呆に拉致られたんだからな。
よそ者はこの国からさっさと退散するさ、じゃあな!」
招き人は啖呵を切って部屋を荒々しく出て行く。
アルノーも慌てて部屋を出て行くがすぐに思い直して戻ってくる。
「陛下これまでお世話になりました。
今を持ちまして職を辞することにいたします。
母がよそ者であるならば息子である私もよそ者でしょう。
それに母を愚弄する人物に仕える気がありませんので、では失礼いたします」
途中で国王が何か言っていたようだがアルノーは聞く気が無い。
招き人に追いつこうと早歩きで移動しているとまずは宰相が追い付き、続いてオーウェンが。
最後にダルクが息を切らして追いついた。
「アルノー、急ぐぞ」
「兄上はまだ放心中です。今のうちに早く出ましょう」
「でましょうと言うと団長もですか」
「その呼び方はやめてくれ。私はもうただのオーウェンだ」
「私もただのルークだ。そう呼んでくれ」
なんとか招き人の元へと追いつき声を掛ける。
「マォ殿、待ってくれ」
「あのさ、儂一刻も早くここ出たいん。話は出てからにせん?」
そう言い、自分は私物を持ち出したいのだと言った。
ルーク・オーウェン・アルノーの3人はこのまますぐに出れるといい、ダルクは何処から持ち出したのかリュックを背中にしょっている。
アルノーはこのまま招き人と行動する事にし、残りの3人は先に城を出る事にした。
そして招き人の部屋へと戻ってみればすでに準備がされていてアルノーは驚く。
「では参りましょうか、マォ様」
にこやかに微笑むこの侍女イザベル、じつは元騎士でありアルノーの同期だったりする。
アルノーはさすがだなと思いながら先導するイザベルと招き人を追うのだった。
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