現実と向き合う準備をする⑤
あの後皆から「少しは気が晴れたか」と聞かれたが、叫んでスッキリしたと言うだけでもやっと感は残ったままである。
逆に、実は凄くリアルな夢を見ているんじゃないかと思っていたのに夢でもなくて現実なのだと思い知らされた。
痛みを感じる夢とか凄いななんて、これが現実だと思いたくなくて現実逃避をしていたのだ。
(これを現実と受け止めて今後の事を考えないとか。うーん・・・
帰る方法とかはなさそうだよなぁ)
帰れない可能性が高いと考えれば、子供達や孫達にももう会えないのかと寂しくなる。
きゅうりとトマトが育ちすぎてしまうなとか、枝豆の収穫時期がとかネズミ対策がとか。
そんな事が頭をよぎる。
(あれ、意外と儂逞しい? 落ち込むとか泣くとか無さそうだ・・・)
仕方がない、野菜はシカやイノシシが食べるだろう。
家の事なんかは子供達がなんとかしてくれるだろう。
別れの言葉もなんもなかったけどすまんな、おかんも想定外なんよ。
あんたらならまぁ大丈夫でしょ。
そう心の中で呟いて現実と向き合う覚悟を決めた。
「イザベルさん、少し教えて欲しい事があるんだけど」
「はい、なんでございましょう。私でお教えできる事でしたらなんなりと」
「この世界、というかこの国についていろいろと教えて欲しいんです。
これからこの国で生活するにあたり何も知らないのでは困ると思うので」
「確かにそうですね。
では図書室に行ってみますか?
そこにある物を使ってご説明いたします。
その方が分かりやすいと思いますし、本を読んでみるのも良いかと思いますよ」
「なるほど、では案内をお願いできますか」
「はい、承知いたしました」
長い廊下を右へ左へと曲がり階段を上り下りして辿り着いた図書室で、壁に掛けられた絵を見ながら説明を受ける。
この国の名前がウォール王国。
北方大陸の中央より少し北に位置する国で主に人族が暮らしている。
人族以外にも他国には亜人種(獣人やドワーフを含む魔人族、エルフを含む有翼人種)が存在している。
この国にも少数ではあるが亜人種も住んでいる。
3代前の国王が招き人に諭されて、人種間の差別や偏見が減ってきてはいるものの、貴族の中にはいまだに差別意識や偏見を持った者もいる。
この世界には魔法や精霊も存在し妖獣や魔獣、魔物も存在しており、ダンジョンなんかもある。
なので冒険者という職業も存在する。
とここまで説明を受けたマォは(ケームに似ている世界観か)と思うのだった。
その後は人々の暮らしや通貨や物価についても教えてもらった。
通貨や物価について教えてくれたのは護衛についてくれた騎士だった。
イザベルも貴族なので、街中で買い物をするという事が無く分からなかったのだ。
通貨はすべて硬貨で感覚的には円と同じだろうか。
物価は日本よりも安価に思う。
話を聞き終えたマォは手っ取り早く生活費を稼ぐならやはり冒険者だろうかと、妖獣図鑑と魔獣・魔物図鑑、植物図鑑を借りて部屋に戻った。
イザベルも騎士も招き人は国で生活の保障をしてもらえるからお金の心配は無いと言うけれど、それって出所は税金なんだから無駄に使ったらだめじゃないかと思うマォだった。
そして部屋でのんびりと本を読んでいると来訪者があった。
「王妃殿下が招き人様をお茶に招待したいと仰せです」
来訪者はあの侍女長だった。
王妃とお茶なんて恐れ多いと断ろうと思ったのだが招き人は準王族扱いだから気にせずになどと言われてしまい断れなかった。
(まぁ妃殿下と仲良くしておいても損はないか)
そう思い直し侍女長に着いて行くとサンルームに案内された。
「マォ殿ようこそおこし下さいました」
テーブルにはすでに王妃が座っていた。
「妃殿下にあらせられましたはご機嫌麗しゅう。
お招きありがとうございます」
「堅苦しいのは無しにして座ってちょうだい」
どうやら王妃は何か聞きたい事でもあるのかそわそわしている。
「本当に胸がスカッといたしましたわ!
我が息子ながらまったくもって腹立だしい。
私でもあの どつく 行為は出来るかしら?」
「ぶほっ」
せっかく淹れてもらったお茶を吹いてしまった。
(危な、とっさに横向いてよかったよ・・・)
いやいやらなくていいしやらないでいただきたい、王妃なんだからね?
ほら侍女達も頷いてるしと思ったのも束の間
「私達もスッキリいたしましたし護身にあの どつく をご伝授いただきたく」
「ぶはっ」
またも盛大に吹いてしまう。
ご令嬢方なら護身術はもっと違う物を覚えた方がよいかと・・・
と言うか侍女長、あなた頷いてないで止めなさいよと思わなくもない。
このままではよろしくないので話の流れを変える事にした。
雑談というか、この国について色々と聞いてみる事にした。
生活水準とか基礎知識とか、先程イザベル達にも教えて貰ったが視点が変われば違ったものも見えてくると思うのだ。
質問に答えてくれるのは主に侍女達だ。
流行りのファッションや人気のお菓子、お勧めの化粧品などの話も出てくる。
その流れで年齢の話も出て
「え! 平均寿命って60?! 嘘でしょ!儂後1年?!」
「「「「 えぇ?! 」」」」
マォは驚きのあまり私ではなく儂が出てしまった。
妃殿下と侍女一同が驚きの声を上げたのだがそれはどういう意味合いでだろうか。
老けて見える事は無いと思う思いたい。
「あのマォ殿。失礼かとは思いますが平均寿命まであと1年と言う事は・・・」
「今59ですね」
嘘でしょうとざわめきが起こる。
「信じられませんわ!私と同じかと思ってましたわ」
いやいや殿下35だと聞いたし儂の上の娘と同じ年じゃないか。
さすがにそれは言い過ぎだよと思うのだが、若く見られるのはちょっとだけ嬉しかったりもする。
「マォ殿の国では平均寿命はどのくらいですの?」
「確か80は超えてた気がしますね、長生きだと100超える方も居ますよ」
「「「 ・・・ 」」」
皆絶句した、そりゃそうなるだろうと思う。
この国からすれば80なんて未知数だろうし100ともなればね。
「この国との違いは他にもありますの?」
王妃はさらに興味を持ったようで聞いてくる。
まず魔力や魔法が存在しないと答えればやはり驚かれ、魔獣や妖獣は勿論亜人種も居ないと言えばまた驚かれ。
代わりに科学という分野が進み生活には電気を利用した器具が活用されていると伝えればまた驚かれ
移動に使う車や電車・飛行機・船は言葉で説明するのも難しいので簡単な絵を描いて説明して驚かれた。
この世界では乗り物は主に馬車だそうで、馬ではなくモファームという生き物が牽いている。
他国には一応船もあるが昔の人が漁に使っていたような小舟、カヤックににたものらしい。
ではほかの大陸との交流はどうするのだろうと思ったが、海に住む魔獣(知能が高く性格も温厚)に乗せて貰っているのだとか。
「私の主観ではありますが、
機械文明や化学なんかの異世界文明は取り入れない方がよいと思いますよ?
環境問題とか生態系の調和とかもあるし何より専門知識は儂持ってないですし。
今のままでも十分素晴らしいと思うんですよね、ほら魔道具とか」
「そうね、そうよねぇ。
でも・・・お菓子も駄目かしら?
中央大陸の国で招き人様のお菓子が人気だったと聞いた事があるの。
異世界のお菓子、とても興味ありますのよ」
「以前にも招き人、異世界人が居たことが?」
「ええ、時々現れる事があるみたいですの。
でもマォ殿のように召喚ではないと聞いた事がありますわね」
「なるほど・・・」
神隠しじゃないけどそうやって神の意志での転移って事なのかな。
まぁ当事者に聞いた訳じゃないからなんとも言えない。
お菓子・・・お菓子くらいなら大丈夫だろうか?
ただ作れるお菓子は限られてくるし素材があるのかも不明だ。
それにお菓子を作ってしまえばきっと料理だって作りたくなると思うのだ。
異世界料理を広めたい訳ではない。
でも・・・お菓子。 1つか2つ程度なら大丈夫か。
「そうですね、材料があれば作ってみましょうか。
ただお洒落なお菓子などは専門職ではないので無理ですよ?」
「まぁ嬉しいわ!ありがとうマォ殿。
必要な材料はあとでイザベルに申し付けてちょうだい」
王妃殿下のみならず侍女達の目までがキラキラ輝いている。
え? もしかして人数分作るの? まさか・・・ね?
一抹の不安が過るマォだった。
読んで下さりありがとうございます。




